歪ー22
修道女に案内されながら礼拝堂へ戻ろうと廊下を歩いていると、前方から数人の騎士がこちらへ向かってくるのが見えた。
白銀の鎧には、聖リヴォニア騎士団の紋章が刻まれている。
その先頭を歩いていた男が俺の姿に気づき、足を止めた。
「これは、オルメヴィーラ公ではありませんか」
聖リヴォニア騎士団の副隊長、ガラハッド・パーシヴァルだった。
以前会った時と変わらず、屈強な身体を白銀の鎧で包み、こちらへ人懐っこい笑みを向けている。
「まさかこのようなところでお会いするとは。今日は教会に何か御用で?」
「ええ。少し寄付をしようと思って、先ほど主任司祭と話をしていたところです」
「それはありがたい。教会に代わって礼を申し上げます」
ガラハッド卿はそう言って軽く頭を下げた。
「ガラハッド卿は?」
「私は騎士団の用事でこちらへ。ちょうど大聖堂長への報告を終えたところです」
「そうでしたか」
「そういえば――」
ガラハッド卿が何かを思い出したように俺を見る。
「オルメヴィーラ公は、エルドルンから戻ってこられたと聞いておりますが」
「ええ。数日前に王都へ到着したばかりです」
「やはりそうでしたか」
ガラハッド卿はそう言うと、少し表情を曇らせた。
「……エルドルンが魔族の襲撃によって壊滅したという話も耳にしたのですが、それは本当なのですか?」
「はい。残念ながら」
「そうですか……」
ガラハッド卿の表情が険しくなる。
「騎士団にもいくつか話は入ってきているのですが、どうにも情報が錯綜しておりましてな。どこまでが正確なものなのか、まだ分かっていないのです」
「エルドルンが魔族に襲撃されたのは間違いありません。街にいた人たちは魔族に襲われ、そのほとんどが殺されました」
「……そこまで酷い状況だったのですか」
「ええ。生き残った人も、ほんの僅かです」
ガラハッド卿は険しい表情のまま、しばらく黙り込んだ。
やがて小さく息を吐くと、俺の方へ視線を戻す。
「……今回の件は、聖リヴォニア騎士団が対応に当たるんですか?」
「今のところ、具体的な方針は決まっておりません。ただ、各地にいる部隊を王都へ集めるよう、教会から指示が出ております」
「王都に?」
「ええ。近く評議会が開かれると聞いておりますので、その決定に備えてのことでしょう」
ガラハッド卿はそう答えると、少し間を置いた。
「今回の評議会については、パーシヴァル家でもかなり気にしているようでしてな」
「パーシヴァル家でも?」
「ええ。ここ最近、父も王都の貴族たちと頻繁に会っているようです」
大派閥の筆頭に位置するパーシヴァル家だ。
近く評議会が開かれる以上、その当主が他の貴族たちと話し合っていること自体は不思議ではない。
「教会の方とも何か話を?」
俺が尋ねると、ガラハッド卿は少し考えてから頷いた。
「先日、父が大聖堂長と会っていたことは知っています。ただ、何を話していたのかまでは私も聞いておりません」
「……そうですか。しかし、聖リヴォニア騎士団が対応に当たってくれるなら、領民たちの不安も少しは解消されるでしょう」
「そう言っていただけるとありがたいです。我々が対応することになれば、できる限りのことはするつもりです」
ガラハッド卿は力強く頷いた。
話が一段落したところで、今度はガラハッド卿が口を開いた。
「ところで、オルメヴィーラ公。騎士団長の具合はいかがですか?」
ガラハッド卿の表情から、先ほどまでの柔らかな笑みが消える。
「オルメヴィーラ領で静養されているとは聞いているのですが、その後の容体が気になっておりまして」
「セレナから騎士団に連絡は?」
「いえ。今のところ何も」
ガラハッド卿は小さく首を横に振った。
「魔族との戦いで大怪我を負ったと聞いて以来、騎士団長とは一度もお会いできておりませんので」
ガラハッド卿は心配そうに眉を寄せる。
「……ですから、今どうされているのか気になっておりましてな」
「そうだったんですか。ですが、彼女の事なら心配ありません。メリダが付きっきりで世話をしてくれているはずですから」
「メリダ?」
「セレナを慕う聖リヴォニア教会の修道女ですよ。彼女が傍でずっと看てくれているはずです」
「そうでしたか」
ガラハッド卿は安堵したように息を吐いた。
表情を緩めたガラハッド卿だったが、少しして再び俺を見る。
「……オルメヴィーラ公。一つ、お願いしてもよろしいでしょうか」
「何でしょう?」
「次に騎士団長とお会いになった時、伝えていただきたいのです」
ガラハッド卿は真剣な表情で俺を見る。
「私たち聖リヴォニア騎士団は騎士団長の席を、ずっと空けて待っていると」
一度言葉を切ると、その表情を僅かに緩めた。
「ですから、元気になったら戻ってきてほしい、と」
「……分かりました。戻ったら必ず伝えておきます」
「ありがとうございます」
ガラハッド卿は深く頷いた。
騎士団長が不在の間、彼らが騎士団を支えている。
それでもセレナの席を空けたままにしているということは、それだけ彼女の帰りを待っているのだろう。
「では、我々はこれで。まだ済ませなければならない用事が残っておりますので」
「お引き止めしてすみません」
「いえ。こちらこそ、お時間をいただきありがとうございました」
ガラハッド卿は軽く頭を下げると、後ろに控えていた騎士たちを連れて廊下の奥へと歩いていった。
俺たちもそのまま出口へ向かう。
「――教会も随分と慌ただしそうじゃな」
隣を歩いていたドワ娘が口を開いた。
「騎士団の部隊まで王都へ集めているとなると、教会も評議会の結果をかなり重く見ているのでしょう」
ラフィテアの言葉に、俺も頷く。
大聖堂を出ると、広場では変わらず多くの人々が行き交っていた。
祈りを捧げる者がいて、修道女たちは貧しい人々に食事を配っている。
そんな穏やかな光景の裏で、教会は評議会に備えて各地の騎士団を王都へ集め、貴族たちも動き始めている。
同じ教会でありながら、広場から見える姿と、その内側で進んでいる動きは随分と違って見えた。
俺はもう一度だけ背後の大聖堂を振り返ると、ラフィテアたちと広場を後にした。




