歪ー15 大派閥
クロマの言葉通り、店内は現在の盛況ぶりを物語るかのように息つく暇もないほどの活気と慌ただしさに包まれていた。
使い慣れた帳場の棚や商談用の机の上には、ひっきりなしに持ち込まれる新たな取引の書状や注文書が山のように積み上げられ、従業員たちがせわしなく行き交っている。
その様子を少し離れた場所から眺めながら、ドワ娘がふと疑問を口にした。
「しかし、なぜ貴族たちはそこまで資金集めに必死になっておるのじゃ?」
その率直な疑問に、ハンスは少し肩をすくめて軽く答えた。
「――貴族という身分は、一度手に入れた華美な生活水準や社交界での体面をそう簡単には落としたくないものだからな」
ハンスはやれやれといった様子で言葉を続ける。
「邸宅の維持、召使の雇用、定期的な夜会にドレスや装飾品の調達……。そうした慢性的な赤字を、連中はこれまでヘルメースからの潤沢な融資で埋め合わせていたのだろう。だがヘルメースが機能不全に陥り、新たな資金のあてが絶たれた途端――」
「贅沢な暮らしのツケが、一気に回ってきたのですね」
ラフィテアのその言葉に、ハンスは軽く頷いた。
「表向きの遊興費だけでなく、投資や私兵の維持といった貴族が抱える事情の多くもギルドからの融資で支えられていたのだろう」
ハンスはそこで一度言葉を切り、鋭い目を細めて付け加える。
「しかし、それが一番の理由ではない。ユークリッド王国は絶対王政とはいえ、実際の国政は貴族たちの合意や意見なしには動かない。特に大貴族たちは資金力に物を言わせ、王宮や議会で常に主導権を握り続けてきたのだ。 ヘルメースはそうした一部の有力貴族たちへ集中的に資金を配り、互いの利権を広げ合っていた。彼らは潤沢な資金力を背景に、派閥内の結束を固め、莫大な賄賂で官僚を取り込み、さらには国政を動かすための政治工作や情報戦まで有利に展開していたのだ。そうして作り上げた経済的な優位こそが、そのまま王城内における強大な発言力となっていた。だが、その資金を失った今、積み上げてきた力関係には確実に歪みが生じているはず」
ハンスは冷ややかな笑みを浮かべ、確信に満ちた眼差しで先を続けた。
「上層からの資金供給が途絶えれば、上位の貴族にぶら下がっている下級貴族や追従者たちも派閥に上納する金を工面しなければ自分たちの地位や立場を維持できない」
「だから、下級貴族たちは慌てて資金調達に翻弄しているのか」
「ああ。足元が揺らいだ派閥の結束などあっという間に崩れ去る。おそらく王国全体の勢力図も大きく塗り替えられることになるとみていい」
俺の言葉に、ハンスは頷き返した。
そのハンスの話を聞きながら、ドワ娘は不敵な笑みを浮かべ面白そうに鼻を鳴らした。
「つまり、王国内に巣くう害虫共を一掃するにはまたとない機会という訳じゃな」
「――そうだな。私はそう考えている」
ハンスが静かに頷き返す。
だが、彼はすぐにやれやれといった調子で首を横に振った。
「……とは言え、そう簡単にはいかないだろうな」
ハンスの含みのある言い方に、俺は眉をひそめた。
「他に何か問題でも?」
俺の問いに、ハンスは思案げに顎に手をやると言葉を選ぶように一呼吸置いてから低い声音で答えた。
「大派閥の背後には、『聖リヴォニア教会』がついている。ヘルメースから資金提供が止まったのは痛手だろうが、彼等の資金源は一つだけではない。教会から大派閥へも資金は流れている。王政への関与を強めたい教会側にとっても、大派閥は切り捨てられない重要なパートナー。双方の思惑が絡み合っている以上、経済的な打撃だけで連中を追い落とすのは容易ではない」
「聖リヴォニア教会か」
「政治に宗教が絡むと碌な事がありませんね」
ラフィテアのどこか冷ややかな視線に同意し、俺はやれやれと肩をすくめた。
「ラフィテアの言う通りだな。……そう言えば聖リヴォニア騎士団の副団長、えっと名前は、……そうそう、ガラハッド。確かあの副団長、パーシヴァル家の出身とか言っていたな」
「聖リヴォニア騎士団副団長ガラハッド・パーシヴァル。彼はパーシヴァル家の長男でありパーシヴァル家の次期当主。そしてパーシヴァル家は大派閥の筆頭貴族だ。――教会が持つ武力と信仰の求心力が、そのまま大貴族たちの権力を裏打ちしている。だからこそ、一筋縄ではいかんのさ」
ハンスは険しい表情のまま暗雲立ち込める王城を見やった。




