歪ー14
――魔導帆船は朝日の中を突き進んでいく。
オブシリスを出発した俺たちはクブン街道に出ると、王都に向けその舵を切った。
数日間にわたる街道沿いの旅を経て、ようやく到着したユークリッドの街は以前と変わらず活気に満ちた賑やかな姿を見せていた。
堅固な外壁を抜けて一歩足を踏み入れれば、石畳の通りを行き交う人々の足取りに焦りはなく、軒を連ねる商店からは威勢の良い売り子の声や香ばしい焼き菓子の匂いが流れてくる。
行き交う馬車の車輪が乾いた音を響かせ、街の表面上には、何一つ不穏な影など微塵も感じられない。
だが、その平穏な表向きの裏側では、確実に潮目が変わりつつあった。
カフカの失踪によって水面下の歯車が狂い始めたことなど知る由もないまま、俺たちは海洋都市での一件を報告するため、静かに王都の敷居を跨いだのだった。
魔導帆船を降りたハンスが、周囲を見回しながら俺に問いかけてきた。
「私とラック公はこのまま王城に向かうとして、彼女たちはどうする?」
「……そうだな」
すぐ城へ向かうにしても、流石にヴェルやラフィテアたちを王城に連れていくわけにもいかない。
手続きや謁見にはしばらく時間もかかるだろうから、どこかで待っていてもらった方がいいだろう。
とは言っても、王都に大した知り合いのいない俺は、どうしたものかと少し思案する。
「なんじゃ、わらわ達の事なら別に気にしなくてもいいぞ。そこいらの酒場で飯でも食べて待っておるからの」
ふんぞりかえった様子でそう言い放つドワ娘に、俺は思わず呆れた目を向けた。
「お前、こんな昼間から飲むつもりじゃないだろうな?」
「そうじゃ、何か問題でもあるのかの?」
堂々と胸を張るその姿に、俺は深々とため息をつく。
「ったくしょうがないな……」
見かねたように周囲の空気を和ませるため、ラフィテアがそっと言葉を挟んできた。
「ラック様、久しぶりの王都ですし、クロマ商会に顔を出してみてはいかがですか?」
「クロマ商会か。確かにそうだな。随分顔を出していないし、あそこなら何か王都の耳寄りな情報が得られるかもしれない」
俺の返答にハンスが頷き、一行はそのまま街の一角にあるクロマ商会の王都支部へと向かった。
重厚な扉を開けて支部の店内に足を踏み入れると、使い慣れた帳場の奥から見慣れた壮年の男がひょっこりと姿を現す。
「おや、これはラック様ではありませんか。いやはや、もう王都に戻られていたのですな」
「クロマ、久しぶりだな」
商用で王都に滞在していたらしい彼は、驚きと商人の笑みを混ぜ合わせた表情で俺たちに出迎えの声を上げた。
「今は王都で仕事を?」 俺が問いかけると、クロマは恭しく一礼して答えた。
「ええ、ここ最近色々と多忙でして」
「それはよかったじゃないか」
「へえ、これも全てラック様のおかげですよ。ところで彼女、リッツアの姿が見えませんが今は一緒ではないのですか?」
その問いに、俺は隣に控えるラフィテア達と顔を見合わせた。
話すかどうか少し悩んだが、リッツアを紹介してくれたのは他ならぬクロマ商会だ。
これまでの経緯を説明しておくべきだと思い、俺はクロマに海洋都市で起きたことを説明した。
エルドルンが魔族の襲撃を受けたこと、そしてリッツアがあの街を再び活気のある街にするために現地に残ったことを。
「……そうですか。エルドルンが魔族に……」
クロマは驚きに目を見張りつつも、すぐに真剣な表情へと切り替える。
「すまない、リッツアの件は事前に一言断るべきだったな」
「いえ、いえ、ラック様が謝る事ではございません。リッツアがそう判断したのなら、それが彼女にとって一番の利益だったのでしょう。彼女も一人前の商人ですから。それに、それはそれでこちらとしても都合がいいと言いますか」
「都合がいい?」
首を傾げる俺に、クロマは少し言葉を選んでから続けた。
「あっ、いえ、別にこちらの話でございます。……ところで皆様は、どうしてこちらに?」
クロマが疑問を隠さない様子で首を傾げる。
俺はハンスと視線を交わしてから、そのまま率直に答えることにした。
「俺たちは、海洋都市エルドルンで起きた一件をユークリッド王に報告しに来たんだ」
「ほう、王城へのご報告でございますか」
クロマの表情がわずかに引き締まる。
俺はその機微を逃さず、さらに一歩踏み込んだ。
「あぁ。それでな、クロマ。お前は王都に長く滞在しているようだが……最近、この街や貴族たちの間で何か変わった話を耳にしていないか?」
俺がそう問いかけると、クロマは少しだけ口元を引き締め、わずかに視線を泳がせた。
値踏みをするような、あるいはどこまで話すべきか頭の中で算段をつけているような沈黙が流れる。
やがて、彼は小さく息をつくと、低い声で話し始めた。
「……そうですね。表立った大きな事件というわけではございませんが、商売をしている身として、少しばかり首を傾げたくなるような奇妙な話はございます」
「奇妙?」
「ええ。ここ最近、資金繰りに窮した貴族たちが、我がクロマ商会へ密かに足を運んできまして、手元にある家宝や美術品といった金目の物を、『どうにか買い取れないか』、あるいは『担保に金を貸してくれ』と相談に訪れるケースが妙に増えているのです」
「貴族たちが?」
「はい、どの方も切羽詰まった様子で、必死になって資金を集めておられるのです」
クロマはそこで一度言葉を切り、ふっとその口元に含みのある笑みを浮かべた。
「それから今の話とは別にもう一つありまして。西方の流通がここ最近ひどく滞りがちで、それでうちに注文や問い合わせが、あちこちから殺到していましてね」
クロマのその言葉を聞いた瞬間、俺とハンスは思わず視線を合わせた。
どうやら海洋都市エルドルンの一件――その混乱が、少しずつすでに西方の経済や流通へじわじわと波及し始めていることを、クロマの言葉は如実に物語っていた。
「なるほどな……」
俺が小さく呟くと、クロマはふっと口元に笑みを浮かべた。
「しかし、ラック様のおかげでその原因がよく分かりました。……先ほど伺ったエルドルンの一件――ヘルメースがそんなことになっていれば、西方一帯の商圏がマヒするのも道理。我がクロマ商会に注文が殺到している理由が、ようやく腑に落ちましたよ」




