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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十五章

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歪ー13




 「――エルドルンの壊滅により、ヘルメース本部の機能は完全に停止いたしました」


 会議室に、文官の硬い声が響く。


 男は地図の上に広げられた書き付けを指し、議論の要点を淡々と紐解いていった。


 「これにより我が領内でも混乱は避けられないものと考えます。想定されるものとして『市場の買占め』、『物流網の分断』、『流言による社会の混乱』、『取引の停止による経済の麻痺』が挙げられます」


 文官は地図上の要衝を指で辿り、ハンス公たちに視線を向けた。


 「本部を失った今、各支部は保身のために動いており、放置すれば領内は内側から崩壊しかねません。そこでここオブシリスを暫定統括拠点とし、リヒテンシュタインとグロスターの合同派遣団を投入したいと考えております。派遣要員が各支部の在庫を集約して管理下に置き、公的な支払保証を打ち出す。この手段で停滞する取引を繋ぎ止めるのが肝要です」


 文官は地図の上の駒を整え、整理した内容を告げる。


 「また、混乱収束までは各支部の資金を我々の管理下に置き決済を代行します。川沿いの主要ルートには護衛付きの輸送団を編成し、領主府から正しい情報を発信して流言を封じる。……これらの施策をもって各支部を直接統制下に置く、というのが我々の至った方針でございます」


 文官が説明を終えると、ハンス公が納得したようにゆっくりと口を開いた。


 「……そうだな。これなら流通の混乱も最小限に抑えられるはずだ。ただ、この対応はあくまで目下の急場を凌ぐものに過ぎん。本格的な対応策については、早急に王国へ上奏し、中央の決定を仰ぐ必要があるだろう」


 シャルティア公も地図から視線を上げ、静かに告げた。


 「ええ、そうですね。王都への直訴は二人にお任せします。それまでの間、グロスターとリヒテンシュタイン領の事は私に任せてください」


 ハンスはシャルティア公に向かって深く頭を下げた。


 「……感謝する、シャルティア公。貴女に預けられるのなら、これほど心強いことはない」


 「いえ、感謝すべきは、むしろ私の方です。貴方たちが真っ先に報せてくれなければ、グロスターも無策のまま混乱を招いていたに違いありませんから」


 その言葉に、ハンスの緊張していた面差しがわずかに和らいだ。



 会議室の喧騒は、外に出ても止むことはなかった。


 ハンス公とシャルティア公が対応策で合意に至ったとはいえ、実務を担う者たちにとっては、ここからが真の戦いの始まりだからだ。


 文官たちは流通の混乱を食い止めるため、呼吸を忘れたかのように執務に没頭している。


 彼らの前には、水運の動脈となる河川と主要な港が記された地図が広げられ、各拠点の在庫をいかにして公的な管理下へ移し、円滑な供給を再開させるか、必死の模索が続いていた。


  「……水運の要である海洋都市が死んでいる以上、河川交通を即座に再編せねばなりません。まずは各支部の在庫を集約し、公的な支払保証を打ち出して流通を再開させるのだ!  各船団への緊急通達を急急がせろ!」


 すでに彼らの表情には、疲労が色濃く滲んでいた。



 ヘルメース本部の崩壊は、そのまま物流の麻痺を意味する。


 情報の空白が長引けば、領内に物資が届かなくなり、民の生活はたちまち困窮する。



 それだけは何としても回避しなけれならなかった。



 文官たちが寝る間も惜しみ激務に明け暮れる一方、対応策を確実なものにするため、ハンス公の書状を持った従者たちが、夜の闇に紛れて急ぎリヒテンシュタイン領へと向かっていった。



 オブシリスの街は、まだ平穏の中にある。


 この街が誇る学問と武勇の伝統は、外部で起きている嵐を少しの間だけ忘れさせてくれるかのようだった。


 やがて、空が白み始め、東の空から微かな光が差し込んできた。



  早朝、俺たちはシャルティア公に別れを告げると王都に向かうべく魔導帆船へと急ぎ乗り込んだ。


 船体が滑らかに動き出し、オブシリスの通りへと静かに滑り出す。



 俺の後に続いて乗り込んできた二つの影。



 ――そう言えばラフィテアとドワ娘は、俺の窮状を知り、海洋都市へと駆けつけてくれた。


 彼女たちのおかげで俺は命拾いをしたのだが、バラマール領での無詠唱魔法の研究はどうなったのだろうか。


 ふと気になり、俺は二人に尋ねた。


 「ラフィテア、そう言えば無詠唱魔法の研究はもういいのか?」


 「はい。魔晶石のデータは一通り取れましたから。お陰で試作品がこうして――」



 そこまで言うとラフィテアは自身の袖を少し捲り上げ、手首にはめられた鈍い銀色に光る腕輪を見せた。


 「今までは一度でも魔法を使用すると魔晶石に刻印された魔法陣は魔素の消失と共に失われていました。ですが、この新しい刻印なら一度魔法を使用しても、魔晶石に魔素がある限り魔方陣は失われません」


 「それってつまり、魔素が尽きない限り何回でも無詠唱魔法を使えると?」


 「はい。ただ、現時点ではやはり一つの魔晶石に一つの魔法陣しか固定できなくて……」


 ラフィテアは腕輪の魔晶石へと視線を落とし、眉をわずかにひそめて少し残念そうに肩を落とした。


 彼女としては、完璧な成果とまではいかなかったのがもどかしいのだろう。


 「けど、今までは使い捨てだったことを考えるとこの短期間でかなりの進歩だな」


 「そうですね。おそらくイクスなら近いうちに――」



 その横で、ドワ娘が顔を真っ赤にして喚き散らし始めた。


 「なにが近いうちに、じゃ! このわらわを散々こき使いおって! あれはただの酷使じゃ! 酷使! もう二度とあんな女の手伝いなどするものか!」


 「そんなに大変だったわけ? けど、なんだかんだ言ってエルドルンに来れたんだから良かったじゃない。 ……まっ、私としては、もう少しあの海でバカンスを楽しみたかったけどね」


 その言葉に、ドワ娘がはっとして動きを止めた。


 「……そうじゃ! エルドルンで新鮮な魚介をたらふく食べて、美味い酒を飲もうと心待ちにしておったのに! あの魔族のせいですべて台無しじゃ!」


 ドワ娘は大きく両手を空に伸ばしそのまま項垂れると、怒りと悔しさの感情に一人その身をわなわなと震わせていた。


 




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