歪ー11
「……しかし、ネージュ一族はよくロアが護衛になることを許可したな。一族にとって彼女は代えがたい存在であったはず。いくら相手が領主の娘とは言え、断っていてもおかしくはない」
俺が疑問を口にすると、シャルティアは夜風に揺れる髪をかき上げ、微かに自嘲の笑みを浮かべた。
「……そうですね。私は領主の娘とはいえ一介の貴族の娘に過ぎませんでしたから。――当時、あの子は自分の命をまるで軽く扱っているかのような危うさを抱えていました。その戦いぶりを見れば、誰もが彼女の生への執着のなさを悟ったことでしょう。きっとネージュ一族の当主は、彼女が私の護衛に付くことで、環境を変え、何かしらの変化が生まれることを願った――だから、あえて私たちに預け続けることを許したのだと思います」
「……なるほど。ネージュ一族も六眼を宿したロアにそれだけの期待を寄せていたんだな」
俺の言葉に、シャルティアはふっと息を吐くように笑った。
「ええ。……実際、あの子は私の傍で、少しずつ――ただ死を待つだけの剣から、誰かを守るための剣へと、その身の在り方を変えていきましたから」
彼女の瞳が、ふたたびバルコニーの向こうに広がる街の灯を見つめる。
シャルティアの護衛として剣を磨き続けたロアは、やがて王国を代表する『四剣聖』にまで名を連ねるに至った。
だが、今は魔族にその身を奪われ行方知れず。
彼女の事を誰よりも近くで見守ってきたシャルティアの胸中には、今、どれほどの想いが去来しているのだろうか。
夜風が強まり、広間の賑わいが少しだけ遠ざかる。
俺たちはそれからしばらくの間、言葉を交わさず、ただ静かな夜の帳に身を委ねていた。
翌朝、俺はシャルティアの屋敷を後にした。
単身で会いに来るようにという指示に従い、ラフィテアたちを屋敷に残してネージュ一族の屋敷へと向かった。
昨日と同じ部屋に通されると、石造りの壁が冷気を蓄え相変わらずの静寂と闇が支配していた。
明かり一つ灯されていない空間で、俺の足音だけが硬質な床に響く。
紗幕の向こう側、暗闇の中に座るオルガが杖をコツリと床に突いてゆっくりと立ち上がった。
音もなく木組みの衝立が横へと引かれ、遮るものがなくなった空間で俺と彼女の距離が縮まる。
「――約束通り、お前にネージュ一族の秘密を語って聞かせよう。だが、その代わりとしてお前には魔族から六眼を取り返してもらう」
それはオルガからの淡々とした提案だった。
彼女にとって、俺に協力を求めることは一族の願いを叶えるためのただの「手段」に過ぎないのだろう。
俺がその要求をのめば情報をやる。
のまないのなら、話はここでおしまい。
そんな、損得勘定だけで突きつけられた空気が部屋に満ちていた。
「……もし、六眼を取り返せなかったら?」
俺が低く問い返すと、彼女は冷たい響きを帯びた声で切り返した。
「その時は、代償を払ってもらうだけの事」
背筋に冷たいものが走る。
俺が言葉を詰まらせるのを確認したかのようにオルガは一歩、暗闇からこちらへと踏み出し、枯れた指先をゆっくりと俺の方へ向けた。
「――今から私がお前の眼に呪印を施す。もし、お前が約束を違えれば、呪印が貴様の記憶を吸い上げ、その瞳は永遠に光を失う」
彼女の指先は空中で微動だにせず、じっと俺を値踏みしているようだった。
「……それでも六眼の秘密を聞く覚悟はあるのかい?」
俺は沈黙の中で思考を巡らせる。
魔王を倒すため、手に入れた竜の刀剣。
だが、その前には王国内で暗躍する魔族が立ちはだかり、奴等は六眼の力を用いて何かを企てている。
このまま奴等を放っておけば、さらに深刻な被害が出るのは間違いない。
奴等の目的を阻止するには、いまここで六眼の秘密を知る他ない。
それにシャルティアやあの老従者はロアを救いたいと願っている。
ネージュ一族の事が分かれば、ロアを救い出す手がかりにもなるはずだ。
一方で、ロアの願いは、神の眼という呪いに縛られた一族を解放すること。
だから彼女は魔族に自分の身体を差し出したのだ。
魔族が六眼の力を欲しているのを知っていて。
きっと六眼をネージュ一族の渡すことは彼女の願いを踏みにじる行為に等しい。
――俺は小さく息を吐き、それから少しして覚悟を定め静かに頷いた。
オルガは俺の無言の肯定を受け取ると細く枯れた指を俺の眉間に当てた。
冷たい氷のような感触が肌を伝う。
「目を――」
その言葉に従い瞼を閉じると眼球の奥を焼き付けるような鋭い痛み――熱い刻印が刻まれる感覚が走る。
まるで視神経に直接、冷たい楔を打ち込まれたかのような不快感。
「……その眼に呪印を刻んだ。ゆめゆめ約束を違えぬことだ」
痛みはすぐには引かず、ズキズキと脈打っている。
俺が目を開けると、暗闇の中、瞳のない深淵のような顔で彼女は俺をじっと見下ろしていた。




