歪ー8
ガルドの言葉が途切れると、室内には耐えがたい沈黙が降りた。
ラフィテアは息を呑んで立ち尽くし、隣にいたヴェルは、小さく俺の服の袖を掴んだ。
外から聞こえてくる街の営みは、まるでこの場所とは無関係な遠い世界の出来事のようで、ガルドの語るあまりに凄惨な過去をより現実離れしたもののように際立たせていた。
「――それから祭司たちは、他の子供たちと同様にロア様の適合を確かめるため淡々と儀式を進めていきました。最初に宿した『神の眼』は、ロア様の資質が優れていたからか、拒絶反応もなく馴染んでいたように思います。七眼の一つを授かって生まれてきたのですから、当然なのかもしれません」
ガルドは記憶を噛み締めるように、ぽつりと呟いた。
「あの時、私は……適合の儀式で命を落としていく子供たちを目の当たりにしました。しかし、ロア様が死なずに済んだことにひどく安堵したのです。あの方は他の子たちとは違う。彼女ならこの試練も無事乗り越えられると。しかし、その安堵はあまりに浅はかでした」
ガルドは自嘲するように口元を歪め、痛みに耐えるように語りを続けた。
「適合が確認されると、祭司たちは休む間もなく次の処置へと取り掛かりました。七眼という悲願の完成に向け、彼らは次々と『神の眼』をロア様へと組み込んでいったのです。
両目が埋まり、次いで左腕、右腕、そして両手と……。
確かにロア様には”神の眼”に高い親和性があったのでしょう。
しかし、幾ら親和性があるからといって彼女の身体に負担がないはずはなかった。
新しい眼がその身に宿るたびに、神の眼の魔力が小さな身体を内側から引き裂き、あの方は激痛に身を捩り、声を枯らしてうなされた。
祭司たちはロア様の身体が神の眼に適合し、容体が一度落ち着くのを見届けてから、また次なる眼の移植へと取り掛かりました。
そんな非道な作業が、一週間もの間、寸暇を惜しむように休むことなく繰り返されていたのです」
ドワ娘は、あまりの惨状に押し黙ったまま、ガルドの言葉を食い入るように聞いていた。
「しかし、儀式が始まって七日目の朝、唐突にそれは終わりを迎えました。六つ目の眼を宿した時、とうとうロア様の肉体は限界を迎えました。神の眼が放つ強大な魔力は、あの方の資質を以てしても、六つが限界だったのです。
結局、一族の悲願である『七眼』まではあと一歩のところで届かなかった。
それでも、一族の者たちは落胆するどころか、『初めて六眼を宿した者が誕生した』という事実に、ようやく悲願が形を成したのだと安堵の表情を浮かべておりました」
ガルドは顔を覆い、絞り出すような声で続けた。
「しかし、その傍らで六眼を宿したロア様は、魂の抜け殻のようになっておりました。あの方は、もう叫ぶことさえ出来ませんでした。ただ、虚ろな瞳の奥から血の涙を零し続けておられました」
この日を境に、ロアの顔からは笑みが消え、その両眼には神の眼を覆い隠す灰色の包帯が何重にも巻かれていたという。
――俺たちはガルドの家を後にした。
シャルティアの屋敷に戻る道中、路地裏に広がる黄昏の空は、いつになく暗く沈んでいるように見えた。
脳裏を支配するのは、神の眼に焼かれ、血の涙を流し続ける少女の姿だった。
ロア――彼女が歩んできたのは、あまりにも長い地獄。
一族の悲願という名の狂気に翻弄され、愛する者を奪われ、最後には魂さえも侵食された。
ガルドの懇願が耳から離れない。
家を出る直前、老従者は震える手で俺の袖を掴み、絞り出すように言葉を放った。
「――ラック様、この老いぼれにこのようなことを頼む資格などないのは重々承知しております。あなたにお願いするのも、まったくのお門違いであることも……。ですが、どうか、どうかあの方を……ロア様を、救ってはただけないでしょうか。魔族にその身を奪われた今も、あの方の魂はきっと、奥底で永劫の苦痛に喘いでおられるはず……。あの方がこれ以上、救いのない闇に囚われ続ける必要などないのです。ですから、どうか、どうかロア様を……!」
部屋に重い沈黙が広がる中、俺はガルドの眼を真っ直ぐに見つめ、その切実な願いをただ静かに受け止めた。
老従者が背負ってきた果てしない後悔と、少女の魂を救ってほしいという悲痛なまでの願い。
たとえロアを救い出せたとしても、その傷跡は一生癒えることはないだろう。
そしてその身体に刻まれた『六眼』という呪いを解かない限り、彼女が真に自由になることはないのかもしれない。
俺はセレナとの戦いで見せた彼女の笑みを思い出しながら、冷たい風の中を歩き続けた。




