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朝日さんの面倒ごと  作者: 日の太郎
第3章
28/42

朝日さんは怒る

朝日は――走った。


ただひたすらに、走った。


妹の鈴葉を探すために。

そして、最悪の結末を避けるために。


どんな言葉も頭を通り過ぎていった。ただ、心臓の鼓動が耳元で爆音のように鳴っていた。

そして、ついに――その姿を見つけた。


数十メートル先。

黒いコートを纏った男が、今まさに鈴葉を殺そうとしていた。


「……っ!」


朝日は反射的にデバイスから鉄球を取り出すと、右手の親指と人差し指の間に糸を張り、そのまま鉄球をはじいた。

弾かれた鉄球は一直線に、鈴葉の首を掴んでいた男の左腕に向かって飛んでいく。


「――ッ!」


男は気配を察知し、鈴葉を手放した。その直後、右手に持っていた剣で鉄球を弾き飛ばす。


だが――それで十分だった。


その一瞬の隙を、朝日は見逃さなかった。


猛然と駆け抜けると、鈴葉と男の間に割って入り、糸で形成した拳大の硬化糸を三連撃で放つ。

男の顔面、首、みぞおちへと。


男はそれをすべて受け止め、距離を取って後退する。


「鈴葉……!」


朝日はすぐに彼女の容態を確認する。

全身に傷があるが、息はある。意識は……ないが、生きている。


「はぁ……良かった……」


胸を撫で下ろしたその時だった。


「……何者だ?」


鋭い視線を投げかけながら、黒衣の男が剣を構えつつ尋ねてきた。


「また、その質問かよ……。俺はこいつの兄、大空朝日だ」


朝日は鈴葉を指しながら自分の名を告げた。


「兄、か。……なるほど、それで邪魔をしてきたというわけか」


「当たり前だろ。自分の妹を『どうぞご自由に殺してください』なんて言う兄がどこにいるってんだよ」


「……確かに。いないだろうな」


男は一度構えを解き、剣を肩に担ぐ。


「で、お前は? テロリストの仲間ってのはわかるけど……」


朝日は睨みながら問う。

この手合い……只者じゃない。さっきの剣技だけで、それは十分に伝わってきた。


「ふむ、名乗らせておいて、自分は名乗らないというのも失礼だな……。私は“ナイト”。ジョーカーズのナンバー2だ」


「へぇ……やっぱり幹部ってわけね。で? そのナンバー2様が、なんで鈴葉をこんなになるまでボコってたわけ? あんたらの目的は春川とかいう女だったんじゃないの?」


「……その娘が私の前に立ちはだかった。ただ、それだけだ。ならば倒すのは当然のことだろう」


「なるほど。敵に向かって武器を向けられれば、返すのは当然だ……。でもな、実力差は明らかだったろ」


そう――鈴葉は一方的にやられていた。

あれは戦いじゃない。ただの蹂躙だ。


「瞬殺することだってできたはずだ。そうすれば、俺が追いつくこともなかった」


「……」


「なのに、そうしなかった。あんたが戦っていたのは“敵”だからじゃない。“鈴葉”という人間と、戦いたかっただけだ」


それは、狂気だった。


「私はテロリストである前に、戦士なのだ。戦うこと、それが私の本質……。そしてあの娘は、勝てぬと知りながらも、剣を抜いた。だから戦ってみたくなった。ただ、それだけだ」


「……戦闘狂ってわけね。俺が一番嫌いなタイプだよ」


朝日は苦々しく吐き捨てる。


「だが、安心しろ。貴様が割って入ってから、戦意は失せている。私は春川を追うことが目的なのだからな。この場は引こう。貴様、その娘を連れて去るがいい。命までは取らん」


そう言いながら、ナイトは剣をデバイスへとしまう。


「ふ〜〜ん、さすがナンバー2。お心が広くて助かるよ」


朝日は鈴葉を抱き上げ、その場を立ち去ろうとする。


だが――数歩歩いたところで彼女を近くの木にもたれかけさせ、再びナイトの前に戻った。


「……何の真似だ?」


「見たまんまだよ。俺はここから離れねぇ」


「死にたいのか?」


「誰が好き好んで死にたいってんだ。俺だって本当は戦いたくねぇし、痛いのは嫌いだ」


「なら、なぜ立ち塞がる?」


「……お前、勘違いしてるよ。俺は春川なんて、ぶっちゃけどうでもいいんだ。会ったこともないし、生死すら知らねぇ。お前らがどうしようが知ったこっちゃない」


朝日は低く、静かに言った。


「ただな……俺は、鈴葉をここまでボロボロにしたお前を、どうしても許せねぇ。それだけだ。――俺は、お前に対して……ブチ切れてんだよ!!」


怒らないわけがない。

あんな姿を見せられて、怒らずにいられるはずがなかった。


「……いいだろう。ならば、貴様を倒すまでだ」


ナイトは再び剣を抜き、両手に構える。

朝日も背中から四本の糸を展開し、身構える。


両者、沈黙。


視線が交錯し、空気が張り詰める。


そして――


二人は、同時に動いた。


ナイトは剣を振るい、朝日は糸を操る。

一撃、一撃を凌ぎ、反撃を重ね、間合いが変化する。


朝日は距離を取り、二本の糸を射出。

ナイトはそれを弾き、すぐさま踏み込み斬撃を放つ。


朝日は腕に巻いた糸でそれを受け止め――


「いいぞ、貴様!」


ナイトが興奮したように叫び、左手の剣で朝日の胴を横薙ぎに斬りつける。

だが朝日は身を屈めてその一撃を避け、即座に糸を射出してナイトの左足に絡ませた。

バランスを崩したナイトが体勢を崩す。

朝日はその一瞬の隙を逃さず、糸を槍のように硬化させて、地に倒れたナイト目がけて突き刺す。


「チッ!」


ナイトは咄嗟に転がってそれを回避、さらに足に絡んだ糸を剣で断ち切るとすぐさま立ち上がり、反撃の剣を振るった。

朝日は糸の槍でその斬撃を受け止め、隙を見つけては突きを放つ。

ナイトはそれを華麗に避け、両手に持つ剣で目にも留まらぬ速度で斬りかかる。


——攻防は一進一退。互いに一歩も譲らぬ激しい戦いが続く。


「まさか、貴様のような男がいるとはな」


突きをかわしたナイトが距離を取って言う。


「我々は学院の要注意人物をリストアップしていたはずだが……。貴様の顔はその中には無かったな」


「リスト? へぇ、どんな基準か知らないけど、俺みたいなのが入ってるわけないよ。何せ、俺は“下位ランカー”だからな」


朝日はにやりと笑いながら糸の槍を消す。


「下位ランカー、だと? それでその強さ……少々、異常ではないか?」


ナイトは剣を構え直し、鋭い視線で朝日を睨みつける。


「異常でも何でもないさ。下位にも強い奴はいる。ただ、表に出てこないだけでな」


そう言って、朝日は先ほどよりも多くの糸を出現させる。


「ほう……興味深いな。学院の裏事情、というわけか?」


「まあ、そんなところ」


ニソニソと笑う朝日。その態度にナイトは更なる興味を示す。


「なるほど……俄然、貴様に興味が湧いた」


ナイトが突進する。

だが次の瞬間、ナイトの背後から剣が二本、猛スピードで朝日に飛来する!


「っ……!」


朝日は咄嗟に糸でその剣を撃ち落とす。だが、その隙をナイトが逃すはずもなく、追撃が迫る!

朝日は増やした糸で応戦するが、今度は左右からも剣が飛来する。体をひねって避け、ナイトの攻撃にも同時に対応する。


——どうやら、ナイトの能力は“剣を浮かせて操る力”らしい。


「……念力の能力か? 剣を浮かせるって、まるで立花みたいだな」


「ふふ、その通り。だが少し、違うな」


不敵な笑みを浮かべるナイトは、さらに剣の数を増やしていく。

その数、両手の剣も含めて——十本。


(……立花でも、こんなに操れなかったはず)


しかも、ナイトの剣の動きは異様なまでに正確だった。


「……お前の念力、ちょっとおかしいぜ。普通の念力なら、こんな精密な操作はできない」


飛んでくる剣は、避けにくい死角から、こちらの嫌なところを狙ってくる。

まるで、朝日の心理すら読み切っているかのように——。


「ハハッ、そうだろうな。何せ私の念力は、“普通”じゃないからな」


そして——ナイトは八本の剣を一斉に放った!


「くっ!」


朝日は全ての糸を駆使してこれを防ぐが、直後、ナイトが肉薄。

新たな糸でガードしようとするが一瞬間に合わず——制服の脇腹が裂かれる。


「上手く避けたな。制服しか斬れなかったとは」


「お前……! 学生が新しい制服買う余裕あると思ってんのか……!」


涙目になりながら距離を取る朝日。

ちらと空を見上げれば——無数の剣が、まるで星のように浮かんでいた。


(……気づいてたよ。戦ってる間に、少しずつ並べてたんだな)


「止めなかったのか?」


「いや、戦いが楽しすぎてな。止めるの忘れてた」


「愚かだな。もう範囲外には出られん! 覚悟するがいい!」


ナイトの左手が朝日を指し——


「我が能力極地、《流星剣》ッ!!」


――無数の剣が、一斉に降り注ぐ。


「終わったな……!」


だが――次の瞬間。ナイトの目が見開かれる。


「な……っ!?」


剣が、朝日に当たっていない。


いや、避けたのではない。剣の方が、朝日を避けているのだ。


地に深く突き刺さる剣の群れ。その中で、朝日だけが無傷で立っていた。


「バ、バカな……!」


「止めなかっただけで、対策しなかったとは言ってないぜ?」


朝日は手から糸を出す。その糸は、透明だった。


「糸の色を……!?」


「ああ、俺の糸は色も操れる。今回は透明にして、あんたに気づかれないように剣の“軌道”をいじったんだよ。ビリヤードの玉みたいに、な」


「……そんなことで私の流星剣が……!」


ナイトがもう一度、剣を操ろうとする——だがその体が、突如として動かなくなる。


「なにッ!?」


「もう一つ、仕込んでたのさ。戦ってる間に、超極細の繊維をお前の服に仕込んでたんだ。カッコいい黒服だったけど、今じゃ俺の糸でガッチガチだぜ?」


動けぬナイトの肩に、朝日は軽く手を置く。


「……なぜもっと早くこれを使わなかった! お前なら、私の技を封じることなど——!」


「最初に言ったろ? 俺は“怒ってる”んだよ。だから、あんたの全てを叩き潰したかった。渾身の必殺技をあっさり防がれ、実は最初から勝負は決まってました……ってな。あんたに一番、屈辱的な形で、勝ちたかったんだよ」


「くっ、貴様ぁぁぁッ!」


ナイトの叫びが、空しく響いた。


「俺は紳士じゃない。勝つためなら、どんな手だって使う。――それが、俺のやり方だ」


朝日の冷たい言葉に、ナイトは悔しそうに歯を噛みしめた。


「くっ……!」


剣を操ろうとするも、それすら許されない。

ナイトの身体を、極細の糸が締め上げる。それはまるで全身を鎖で縛られているような感覚――いや、それ以上だ。皮膚の一枚一枚が悲鳴を上げ、筋肉が引きちぎられそうなほどの圧力が襲ってくる。


「がっ、あぐぅっ……!」


ナイトの口から苦悶の呻きが漏れる。


「さて――そろそろ仕上げといこうか」


朝日は、わざとらしく肩を回しながら、にやりと笑った。


「あんた、ここから十二号館の通信タワーまで、どれくらいあると思う?」


ニヤつきながら、手をかざす。


「答えは――約八百メートル。で、今ようやく、あんたとそのタワーを、一本の糸で繋いだところだ」


ナイトの目が見開かれる。


「……ッ!」


「わかるよな? あとは――」


朝日は、右手の指を軽く鳴らした。


「音速で吹っ飛びやがれ、この野郎!!」


バシュッ!!


鋭い音と共に、ナイトの身体は弾丸のように発射される。風を切る音が遅れて聞こえ、遠くの通信タワーから凄まじい衝撃音が響き渡った。


地響きと共に、静寂が訪れる。


朝日はその様子を軽く確認すると、すぐさま踵を返し、鈴葉のもとへと歩み寄った。


――その鈴葉は、地面に横たわりながら、スースーと穏やかな寝息を立てていた。


「……手間かけさせやがって」


小さく悪態をつきながらも、朝日はそっと鈴葉を背負い上げる。


「……まぁ、でも。一人で、よく頑張ったな」


ぽつりと、そう言って歩き出す。


その背中で、鈴葉がもぞりと小さく動いた。


「ん……き、りゅう……せんぱい……?」


まるで寝言のような声が、朝日の耳に届く。


……その言葉を聞いた朝日は、しばし無言のまま歩き続け、やがて小さく呟いた。


「……馬鹿野郎」


それだけ言って、彼は夜の闇へと歩み去っていった。

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