朝日さんは撃ち抜く!
鈴葉は機龍たちと共に闘技場の方へと走っていた。
今日はまだ使用予定がないためか、この辺りに人影は見当たらない。
走りながら、鈴葉はちらりと後ろを振り返る。
追っ手の姿は、まだ見えない。
――もしかしたら、このまま逃げきれるかも!
そんな希望が胸をよぎった、次の瞬間だった。
「このまま逃げ切れたらよかったけど……そう簡単にはいかないか」
機龍が突然足を止め、呟く。
「どうしたんですか?」
鈴葉が不思議そうに尋ねると、機龍は前を顎で指し示す。
「前を見てごらん……」
言われるままに視線を向けた先、木陰や柱の影からアンドロイドたちが次々と現れ、こちらを取り囲んでいた。
「なっ⁈ さっきまであんなのいなかったのに、なんで!?」
鈴葉は驚きの声を上げた。
「待ち伏せか、それとも別の策か……。どっちにせよ、倒さないと先には進めそうにないな」
機龍が刀に手をかけたその時、隣にいた笹野がそれを制した。
「待てよ、機龍。ここは俺に任せて、お前たちは先に行け」
そう言って、笹野は拳を鳴らしながら前に出る。
「おい笹野! 何言って――」
「……機龍。やっぱ俺、逃げるのは性に合わねぇんだわ」
にやりと笑い、笹野は拳を構える。
「ここらで一発、ストレス発散させてもらうぜ!」
「でも……!」
鈴葉が声を上げるが、笹野は気にする様子もない。
「心配すんな。俺があんなアンドロイドごときに負けるわけねぇからさ。お前は、春川を守ってやれ」
機龍は悔しそうに拳を握りしめるが、その手を止め、うなずいた。
「……わかった。春川は絶対に守る」
「ああ。終わったら、また打ち上げしようぜ。今度はお前ん家でな!」
笹野は豪快に笑い、機龍に背を向ける。
「……そうだな。美味いもん用意して待ってるよ」
そう答えると、機龍は春川を抱え直し、アンドロイドの数が少ない方へと駆け出す。鈴葉もそれに続いた。
振り返ると、笹野がアンドロイドたちの前に堂々と立ちはだかっていた――その姿を、鈴葉は歯を食いしばりながら見つめるのだった。
◇
笹野と別れてから、しばらく時間が経った。
鈴葉の胸には、不甲斐なさだけが募っていた。
――私は、まだ何もしていない。ただ逃げているだけだ……。
立花先輩も、無元先輩も、圧倒的な強敵を前に勇気を持って立ち向かい、逃げる時間を稼いでくれた。
笹野先輩も、数で劣る状況をものともせず、道を切り拓いてくれた。
けれど自分は……。
強大な力に怯えて動けなかった。多勢の敵を見て、諦めてしまった。
情けなくて、不甲斐なくて、惨めで……カッコ悪い。――最低だ。
だが――。
一番辛いのは、前を走る機龍先輩のはずだ。
春川先輩を抱えながらも、その背中はどこか悲しげだった。
理由は、想像するまでもない。
仲間を三人も、あの場に残してきたのだ。悔しく、悲しくないはずがない。
そして、鈴葉はその現実を思い出しては、さらに自分の弱さを噛み締めるのだった。
がむしゃらに、ただひたすら走る。
その時――またしても、機龍先輩が立ち止まった。
視線の先。そこには――あの少年、「キング」が、余裕の笑みを浮かべて立っていた。
その右隣には、ナイトと呼ばれた男もいる。
「いや〜〜〜、最近の学生はなかなか優秀だね。クラブが相手だったとはいえ、2対1であれだけ時間を稼ぐとはねぇ。
それに、道中でアンドロイドをなぎ倒してた子もいたし……あれは凄かったな〜〜」
キングは楽しげに頷く。
「……三人は、無事なのか」
機龍が問いかける。
「さあ? 二つとも最後までは見てないしね。心配なら、見に行ってみたらどう?
もっとも――その春川さんは、置いていってもらうけどさ」
キングは後ろを指差して、挑発的に言った。
「……いや、断る。俺は仲間を信じてるからな」
機龍先輩は、力強く言い放った。
「そっか〜〜。……残念。じゃあ、奪うしかないね」
キングは不敵に笑みを浮かべながら、じりじりとこちらに歩み寄ってくる。
――今だ!
今こそ、勇気を持って立ち向かう時だ!
……だけど。
鈴葉の体は動かなかった。
足がすくみ、前に出るどころか一歩も動けない。
目の前に立つ、圧倒的な存在。勝てるはずがない。何もできない――。
「うっ……」
怯えたように後ずさる鈴葉。
今にも逃げ出してしまいそうになった、その時――。
「鈴葉!」
不意に、機龍先輩が鋭く呼びかけてきた。
「鈴葉、よく聞け。春川を連れて、できるだけ遠くまで逃げろ! たぶん、もうすぐ外部からの応援が来る。それまでに、逃げきるんだ。俺はその間、あいつらを全力で足止めする!」
そう言って機龍先輩は、春川先輩を鈴葉に託す。
そして、刀を構えたまま、ほんの一瞬だけ鈴葉のほうに振り返り――
「頼んだよ、鈴葉!」
その言葉に、鈴葉の中で何かが――確かに、動いた。
それが何なのか、自分でもよく分からなかった。
けれど、はっきりと分かるのは――
「それは、イヤだ。絶対に、イヤだ!」
その瞬間、鈴葉の体は勝手に動いていた。
機龍先輩よりも前に出ると、風を操る力で春川先輩を背後へ飛ばし、同時に、自分を中心にして風のドームを展開。キングとその傍らの男を閉じ込める。
「鈴葉! 何やって――」
「機龍先輩は逃げてください」
「でも、お前……!」
機龍先輩は鈴葉が恐怖で動けなかったことに、気づいていたのだろう。
「お気遣い、ありがとうございます。でも――私はもう、大丈夫です。少しくらい、カッコつけさせてください」
そう言い残すと、鈴葉はさらに風で機龍先輩たちを遠くへ飛ばす。
「あれ〜〜? また逃げられちゃったな〜〜。これは計算外だよ。君がここで立ち向かってくるなんてさ。さっきまで動けなかったんじゃないのかい? まったく、人間の精神構造って本当に分からないな〜〜」
キングは肩をすくめながら、鈴葉を見つめる。
「キング様……ここは私がやりましょう」
男が前に出る。
「へえ〜〜。君がそう言うとはね。……もしかして、あの子に興味でも湧いた?」
「ええ。少々、興味深いものを感じました」
「そう。分かったよ。じゃあ、ここは任せるね」
キングはにこやかに笑うと、鈴葉の方へ向き直り――
「お嬢ちゃん。君の相手は、そこのお兄さんがしてくれるってさ。せいぜい頑張りなよ」
そのまま、スッと――消えた。
「なっ……!?」
鈴葉の目の前から、キングの姿が影に吸い込まれるように消えたのだ。
何が起きたのか、全く理解できなかった。
「何を呆けている――」
はっ!と、鈴葉は声のした方を見る。
「キング様は、こんな程度の能力で捕らえられるお方ではない。……まあ、私も同様だがな」
男は一振り、刀を抜き放つと――次の瞬間、目にも止まらぬ速さで風のドームに斬りかかる。
斬られたドームはバランスを崩し、霧散した。
「くっ……!」
鈴葉は冷や汗を浮かべる。
やはり、実力が違いすぎる。
今の技を、こんなにも容易く破った相手なんて、今まで誰一人としていなかった。
「な、なかなかやるじゃない……」
「ふん、たわいもない。……だが、貴様、随分と顔つきが良くなったな」
男はじっと、鈴葉の顔を見据える。
「顔つき……?」
鈴葉が戸惑いながら尋ね返すと、男はうなずいた。
「ああ。さっきまでは恐怖と絶望に支配されていた顔だったが、今は違う。今の貴様は――勇気を持って立ち向かおうとしている」
男は楽しげに、うっすらと笑みを浮かべる。
「戦いの中で成長する者は多いが……精神的に成長する者こそ最も厄介で、そして――面白い!」
「だから、私は貴様と戦ってみたくなったのだよ。それと、紹介が遅れたな。私の名はナイト。ジョーカーズの中では、同率ながらナンバー2の座にいる。そして、さっきのクラブはナンバー3だ」
「そう……私は……大空鈴葉。ここは……絶対に通さない!」
鈴葉はデバイスを起動し、二本の小太刀を展開する。
今までの決闘戦にはルールがあり、勝つことが目的だった。
だが、これから始まるのは、純粋な殺し合い。ルールなんて存在しない。相手は、殺す気でくる。
鈴葉は唾を飲み込んだ。
「いい名だな……では、自己紹介も済んだことだ。始めよう」
ナイトは刀をだらりと下げ、構える。
鈴葉も二刀を構え、対峙した。
一瞬の静寂の後――ナイトが動いた。
疾風のように距離を詰め、鈴葉めがけて刀を振り下ろす。
鈴葉は反射的に小太刀で受け止めた――が、
「重っ……!」
想像を遥かに超えた重さ。あの体格からは考えられない一撃。
身体強化の能力を使っているのか?
なんとか受け流して距離を取るが、手がしびれていた。
「どうした、始まったばかりだぞ」
間髪入れず、ナイトは斬りかかる。
「くっ!」
どうにか受け止めるが、徐々に反応が追いつかなくなる。
そして――
「きゃっ!」
ナイトの刀が二の腕をかすめ、次の瞬間、鈴葉の小太刀をはたき落とし、腹部に強烈な蹴りを叩き込む!
鈴葉は吹き飛ばされ、地面に転がった。
ゲホゲホと咳き込みながら、なんとか立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。
「ほら、立て。これでは拍子抜けだ」
ナイトの言葉が冷たく響く。
「うっ……!」
鈴葉は震える足でどうにか立ち上がり、小太刀を構える。
風を操り、体の周囲に風の層を纏わせた。
「ほう……風の鎧か。なかなか面白いことを考えるじゃないか」
ナイトは目を細めて感心する。
鈴葉自身も驚いていた。
これは、元々持っていた技ではない。
今、この瞬間、思いついたばかり――そして、できてしまったのだ。
「行くぞ!」
ナイトが再び突撃。
鈴葉は構え直し、斬撃を受け止めた。
重い――でも、さっきよりは軽い!
風が筋力を補ってくれているのかもしれない。
受け流しつつ、もう一方の小太刀で反撃。
ナイトはギリギリでそれをかわす。
「力も速さも、格段に上がっているな! 面白い、実に面白いぞ、貴様!」
ナイトは興奮を隠せない様子で笑う。
鈴葉も、今持てる力すべてを振り絞り、斬りかかる。
――行ける!
――さっきまでとは違う!
――倒せる……!
そして、チャンスが訪れた。
ナイトの刀を弾いた、その一瞬――!
鈴葉は二本の小太刀に風を纏わせる。
それは、機龍先輩たちと出会って間もない頃、必殺技がなかった自分に、先輩たちが一緒に考えてくれた技。
「小太刀二刀流――《風花》!」
風を纏った双剣がナイトを直撃し、彼の体を吹き飛ばす。
巻き起こる風で辺りに砂埃が舞い上がる。
「あ……当たった……」
鈴葉はその場にぺたりと座り込んだ。
体中の力が抜けて、もう動けない。
でも、倒した……あのナイトを、自分が……!
「これで少しは、先輩たちの役に――」
「……いい一撃だったな」
その声に、鈴葉の体が硬直した。
――聞こえるはずのない声。
「まさか、中学生相手に刀をもう一本抜き、能力まで使う羽目になるとは……恐れ入ったよ。だが、火力が足りなかったな」
砂煙の中から、ナイトが姿を現す。無傷ではないが、まだ動ける。
鈴葉は反射的に立ち上がり、小太刀を構える。
だが、もはや力は残っていなかった。
「そろそろ、終わりにしようか」
ナイトがふっと消える。
いや――見えなかっただけだ。
次の瞬間、彼は鈴葉の目の前に現れ、その首を掴み、持ち上げる。
「がはっ……!」
鈴葉は衝撃で小太刀を落とす。
「誇っていい。私は本気ではなかったとはいえ、能力を使ったのだからな」
もがいても、掴まれた手は岩のように動かない。
力が、どんどん首に加わっていく。
「だが……悲しいものだ。やはり勇気だけでは、圧倒的な力には勝てぬか」
もはや、鈴葉は抵抗することすらやめていた。
――ああ、私は、死ぬんだ。
その瞬間、数えきれないほどの思い出が走馬灯のように脳裏をよぎった。
先輩たちと笑い合った日々。練習、買い物、喧嘩、涙――
そして――
「……お兄ちゃん……」
思い出すのは、最後に交わした言葉。
喧嘩したあの朝から、もう一言も口をきいていない。
怒りにまかせて言ってしまったあの言葉。
本当は、ずっと謝りたかったのに。
「ご……め……ん……ね……お……にい……ちゃ……ん……」
ぽつりと、口からこぼれたその言葉。
その時だった。
急に首の圧迫がなくなった。
気がつけば、自分は地面に倒れ込んでいた。
朦朧とする意識の中、視界に映るのは――
銀色に輝く鉄球。
それが何なのかを理解する前に、鈴葉の意識は完全に闇へと落ちた。




