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朝日さんの面倒ごと  作者: 日の太郎
第3章
24/42

朝日さんは坂を登る

「どういうことだ!」


機龍先輩が怒声を上げ、目の前に立つキングと名乗る少年を睨みつける。

無理もない。だって、目の前のその少年は——。


「ん? どういうことって、言葉通りだよ。そこにいる春川木葉さんをさらいに来たの」


キングはまるで当然だと言わんばかりに、さらりと言ってのけた。


「わ、私!? ど、どうして……!」


春川先輩は戸惑い、思わず後ずさる。


「どうして、か。——それは君がいちばんよく分かってるんじゃない?」


キングは一歩、春川先輩へと近づく。


「思い出せないの? 君はね、世界に三人しかいない“能力無効系”の能力者なんだよ」


それはまるで宝物でも語るように、キングは心底楽しそうに話す。


「君みたいな存在を、細胞のひとつひとつまで研究したがる連中は山ほどいる。僕ら《ジョーカーズ》も、そのひとつってわけさ」


キングは春川先輩をじっと見つめ、不敵に笑った。


「わ、私は……知らない……そんなの……!」


春川先輩は両肩を抱え、震え出す。


「あれ? ……君、もしかして自覚ないの? あ〜〜、今までずっと守られて生きてきたんだね。まったく、あの組織は本当に過保護なんだから」


キングはわざとらしく溜め息をついた。


「守られて……?」


春川先輩が震えながら顔を上げる。


「そうさ。君の力は“珍しい”なんてレベルじゃない。国家の防衛に能力者が必要不可欠なこの時代に、その能力を封じる力があったら? ……最高だと思わない?」


キングの口調は次第に熱を帯びていく。


「だから、君は守られていた。いろんな人たちにね。で、そのせいで僕たちはその“組織”と戦うハメになったわけだ。まあ、苦労した甲斐はあったけどさ」


キングはイタズラが成功した子どものように、くすくすと笑う。


「知らない! そんな組織……私は知らない!」


春川先輩は耳を塞ぎ、身を縮めた。


「春川!」


機龍先輩が春川先輩を抱きとめるように支える。


「……おい。これ以上、春川に変なことを言うんじゃねぇ……」


機龍先輩の目には怒りの炎が宿っていた。


「変なこと、だなんて。僕はただ、真実を話しているだけだよ? それに、僕が話してるのは君じゃない」


キングはもう一度、春川先輩の方へ向き直る。


「ねぇ、春川さん」


春川先輩はビクリと体を強ばらせ、恐る恐るキングを見る。


「僕、あんまり無駄な争いは好きじゃないんだ。君が素直について来てくれるなら、誰にも手は出さないよ。どうかな?」


キングは優しい笑顔を浮かべながら、そっと手を差し伸べる。


「その友達にも手を出さない。学院中にいる僕の“家族”も撤退させる。——そして、何より……君の“家族”にも手を出さないよ」


その言葉に、春川先輩の瞳が大きく見開かれた。


「……どう? ついてくる気になったかい?」


キングはそのまま手を差し出し、にこりと微笑む。


「家族……」


春川先輩は、か細い声でつぶやいた。


「うん、家族。大事だよね?」


優しい声だった。だが、その中にはどこかぞっとするような冷たさが潜んでいた。


春川先輩はふらふらと立ち上がり、震える脚を動かして、キングの方へ歩き出す。


「家族は……いや……。だから……行く……ついて行くから……なにも……しないで!」


その姿を、鈴葉はただ見ているしかなかった。

恐怖に足がすくんで、体が動かない。

止めたいのに——止めなきゃいけないのに!


(このままじゃ、春川先輩が——)


「待てよ……」


そのとき、機龍先輩が春川先輩の腕を掴んだ。

そして、そのまま強く引き寄せ、彼女を抱きしめる。


「春川。昔、約束しただろ? お前のことは、俺が守るって」


「……でも、それは昔の——」


「昔だろうが関係ねぇ。俺は、約束を破るのが嫌いなんだよ」


そう言って、機龍先輩はゆっくりとキングに向き直った。


「キング……お前に春川は渡さない。春川の家族だって、傷つけさせやしない!」


鋭い眼光で、機龍先輩はキングを睨み据える。


「は〜〜……やっぱ、そう来るか。まあ、予想はしてたけどね。……それじゃあ、まずは周りの友達から排除しようか。クラブ、よろしく頼める?」


キングが左隣にいた大柄な男へ視線を送る。


「お安いご用です、キング様。すぐに片づけてみせましょう」


名を呼ばれたクラブと呼ばれる男は、前に一歩出るとデバイスを展開し、そこから巨大な斧を取り出した。


「いやあ、久々に暴れられると思うと、つい笑顔になっちまいますよ」


クラブはニィッと口元を吊り上げる。


「クラブ、あまり羽目を外しすぎないでね。あと、子どもだからって油断もしないように」


「承知しました」


クラブはゆっくりと斧を構える。

そして——


「ウオォォーーーーーッ!!」


猛々しい雄叫びとともに、こちらに突っ込んできた!


機龍先輩はすぐさまデバイスから愛刀《零》を取り出し、応戦する構えをとる。

鈴葉は動けなかった。恐怖で、ただ目をぎゅっとつぶってしまう。


——ガキィイイィィン!!


金属がぶつかり合う、鋭い音。


恐る恐る目を開けると——そこには、六本の剣で斧を受け止めている立花先輩の姿があった。


「立花先輩!?」


鈴葉は思わず叫ぶ。


「鈴葉ちゃん、大丈夫? 怪我はない?」


立花先輩は斧を受け止めたまま、こちらに声をかける。

さっきまで、そこにいなかったはずなのに——。


「ふ〜〜、どうやら間に合ったみたいだね」


今度は背後から別の声がする。

振り返ると、そこには無元先輩が立っていた。


「明日香! 無元!」


機龍先輩も驚いたように声を上げる。

どうやら、機龍先輩が斧を受け止める前に、立花先輩が割って入ってくれたようだった——。


「どうして、ここに先輩たちが⁉︎」


鈴葉が無元先輩に問いかけた。


「爆発が起きたって聞いて、心配になってね。急いで駆けつけたんだ。……とにかく、間に合ってよかった。それで鈴葉さん、今の状況って?」


鈴葉は手短に、今まで起きたことを無元先輩に伝えた。


「なるほど……把握したよ」


無元先輩は頷くと、すぐに機龍先輩のほうを振り向いた。


「機龍くん。ここは僕と立花さんが食い止める。君は春川さんと鈴葉さん、それに笹野さんを連れて、できるだけ早く逃げてくれ」


そう言いながら、無元先輩はデバイスから拳銃を取り出した。


「無元! お前たちを置いて行けるわけ——」


機龍先輩が言いかけたその時、


「機龍くん! 敵の目的は春川さんだ! 外部からの応援が来るまで、彼女を守り抜く。それが最優先だ!」


「でも……!」


機龍先輩が食い下がろうとしたが、


「翼! ここは私たちに任せて、早く逃げて!」


立花先輩が顔を歪めながら叫んだ。6本の剣で押さえつけていた斧が、徐々に押され始めていた。


「私たちが作った時間を、無駄にしないで」


その言葉に、機龍先輩はぎゅっと唇を噛み、春川先輩をそっと抱きかかえる。


「笹野! 鈴葉! ひとまずここを離れるぞ!」


そう叫ぶと、春川先輩をお姫様抱っこしたまま、後方へと走り出す。鈴葉も、その背を追った。



無元は機龍たちが無事に逃げ切ったのを確認すると、キングと名乗った少年を睨みつけた。


だが、キングは追う素振りも見せず、まるで芝居の幕が下りたかのように、手で顔を覆いながらため息をつく。


「あ〜〜、もう! 邪魔しないでよ、逃げられちゃったじゃないか」


「その割には、すぐに追わないんですね」


無元先輩は銃口を向けたまま冷静に言う。


「まあね。すぐに追いつけるし……。でも、確かに早めに行ったほうがいいかも。クラブ、そこの二人は頼んだよ。僕とナイトで春川さんを追う」


そう言って、キングはすっと機龍たちが逃げた方へと足を向ける。


「行かせると思いますか」


無元が銃口を向けたその時、


「クラブ」


キングの一声。


すると、立花先輩と交戦していたクラブが剣ごと彼女を吹き飛ばし、信じられない速さで無元とキングの間に割って入った。


「キング様の邪魔はさせん!」


クラブの斧が、うなりを上げて無元へと振り下ろされる。無元は紙一重でそれをかわし、大きく距離を取った。


「君たちはクラブの相手をしてて。せいぜい、死なないようにね」


キングはさらりと笑いながら、背後の男と共に、まるで霧のように姿を消した。


「小僧、どこを見ている?」


次の瞬間、背後に回り込んでいたクラブが無元へと斧を振り抜く。


「くっ!」


無元は間一髪でかわし、すかさず銃を連射する。しかしクラブは斧を盾のように使い、すべての弾丸を弾き落とした。


「無元! 無事か!?」


そこへ立花先輩が駆け寄ってくる。彼女の体は傷だらけだった。


「立花さんこそ、大丈夫ですか?」


「ええ、なんとか。直撃は避けたわ」


立花先輩は再び6本の剣を展開する。


「とにかく、こいつを倒して春川さんたちを追いましょう」


「ええ、急いで終わらせて、助けに行きましょう」


無元先輩はそう答えると、再び拳銃を構えた。



学院付近の坂道――


「なんか今日は、やたら坂がキツくないか? やっぱ自転車の調子悪いのか……?」


朝日は汗をだらだら流しながら、必死にペダルを漕いでいた。


「それにしても、学院の方がなんだか騒がしい気がする……。ま、競技祭の日だからそんなもんか」


特に気にも留めず、朝日はそのまま坂を登り続けていく。


――朝日は、まだ学院にたどり着いていなかった。

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