朝日さんは修理中です
ついに、競技祭も三日目を迎えた。
無元は学院のベンチに腰を下ろし、この二日間を静かに振り返っていた。
最初は「面倒くさいな」としか思えなかった競技祭。それが今では、今日で終わってしまうことが寂しいとさえ感じている。
それだけ、みんなが本気で頑張っていたということだろう。
とはいえ、どれだけ名残惜しくても競技祭は今日で終わる。
ならば、やるべきことはただひとつ。
そう、最後まで全力で楽しむこと。
無元はそう心に決め、ベンチにもたれかかっていた、そのとき。
「あっ、やっと見つけたわよ、無元!」
突然の呼び声に顔を上げると、立花が前方から駆け寄ってきていた。
「どうしたの、立花さん?」
「翼があんたを探してたのよ。時間も時間だから、いろいろ話しておきたいことがあるってさ」
それを聞いた無元は腕時計に目を落とす。
時刻は午前9時8分。
棒倒しの開始まで、もう1時間を切っていた。
「話しておきたいこと、ね……。わかった、行こう」
無元はベンチから立ち上がると、立花とともに棒倒しが行われる第一グラウンドへと向かった。
「ねぇ無元、朝日はどうしたのよ? 一緒にいると思ってたんだけど」
「ああ、今日はまだ来てないみたいだね」
「もしかして……また来ないとか!?」
「さすがにそれはないと思うよ。昨日来なかったのも、ちゃんと理由があったみたいだし」
「理由? でもあんた、昨日は泊まりだったでしょ。会ってないんじゃないの?」
「昨日の夜、電話したんだよ。そのときに、ちょっと話してさ。何があったかは詳しく教えてくれなかったけどね」
「ふーん……。サボったわけじゃなかったのね」
立花は苦笑いを浮かべ、肩の力を抜いた。
「ずいぶんあっさり信じるんだ。もしかしたら、朝日さんのウソかもしれないのに?」
「バカね。私だって朝日と一緒に部活してるのよ。あいつがどんな奴かくらい、わかるわよ。悪い奴じゃないってことくらい」
「なるほどね。まあ、底が知れないって意味じゃ、僕も同意かな」
「……で、本当に何も言ってなかったの? 理由とか」
「う〜ん。なんて言うか……ちょっと嫌な予感を感じさせる言い方だったかな」
無元は、昨日の夜に交わした電話の内容を思い出す。
確かに、朝日の口ぶりはどこか引っかかるものがあった。
「あいつ、何か抱えてるのかしら……」
立花は真剣な表情で目を細め、思案に沈んだ。
「ねぇ、その“嫌な予感”って」
そのときだった。
ドォン!!
突如として、巨大な爆発音があたりに響き渡る。
「無元、今のって……!」
立花が血相を変えて、音のした方向、第一グラウンドを睨む。
どうやら、あちらで何かが起きたようだった。
「“噂をすれば”って、こういう時に使う言葉なんだろうね。……急ごう!」
無元と立花は顔を見合わせ、第一グラウンドへと駆け出した。
◇
そこはまさに、混乱の渦だった。
突如としてグラウンド内に奇妙なアンドロイドが現れたかと思えば、次の瞬間には観客席付近で爆発が起きたのだ。
観客たちはパニックに陥り、逃げまどうばかりで状況はまったく収拾がついていなかった。
「な、なにこれ……」
反対側の観客席にいた大空鈴葉は、その光景を目の当たりにし、言葉を失っていた。
ついさっきまで、機龍先輩や春川先輩、笹野先輩たちと棒倒しについて談笑していたのに、まさかこんな事態になるなんて。
「おいおい、一体なんだこれは!」
隣にいた笹野先輩が、目を見開いて声を上げる。
機龍先輩もまた、事態の深刻さに気づいたのか、表情を硬くしていた。
「なんだよ、あれ……」
その呟きは、機龍先輩の口から自然と漏れたものだった。
「機龍先輩! これは一体!?」
鈴葉はパニック気味に問いかける。
「……分からない。とにかく、寧々先生に連絡を!」
機龍先輩は素早くデバイスを取り出し、スピーカーモードで通話を始める。
「繋がった……! 寧々先生、これは一体どういうことですか!?」
焦った様子で機龍先輩が叫ぶ。
『機龍くん!? 無事だったんですね、よかった!』
『はい。こちらは全員無事です。とにかく、風紀員の応援をお願いします!』
『それが……難しいのです。今、学院全体がテロの被害に遭っていて、教師たちと風紀員は各所で交戦中なんです。人手が足りていません。現在、外部機関にも応援を要請していますが……』
「ということは、こちらへの応援は……?」
『外部の……応援を待つしか……ありません……』
寧々先生の声は、どこか諦めを含んでいた。
『とにかく、助けが来るまで逃げてください! 戦闘はなるべく避けて――きゃっ!』
突如、短い悲鳴が響き、通話は途切れてしまった。
「先生! 先生!!」
機龍先輩は何度も呼びかけるが、応答はなかった。
「機龍……今のって……」
春川先輩が不安げに声をかける。
機龍先輩は静かに首を振った。
「……応援は来ない。どうやら、今起きているのはこの場所だけじゃないみたいだ」
「じゃあ、私たちはどうすれば……」
春川先輩の目には、涙が浮かんでいた。その肩は微かに震えている。
鈴葉は黙って険しい顔をする。
応援は来ない。頼れるのは自分たちだけ。絶望的な状況だ。
「大丈夫さ。きっと、なんとかなる。だから、そんな顔すんなよ」
機龍先輩はそっと春川先輩の頭を撫でて、優しく微笑んだ。
「で、どうする? 自分たちで何とかするしかないってことだよな」
笹野先輩が落ち着いた声で尋ねる。
「そうだな。とりあえず先生たちと合流しよう。行動するならそれが一番いい」
「了解! 邪魔者をぶっ飛ばしながら先生たちを探す! 私の得意分野だ!」
笹野先輩は拳を鳴らしながら、不敵に笑う。
「よし、それじゃあ行こう!」
機龍先輩が頼もしく言うと、鈴葉の胸にあった不安が少し和らいだ気がした。
きっと、大丈夫。機龍先輩も、笹野先輩もいる。だから、なんとかなる。きっと。
その時だった。
「あ〜〜、いたいた」
どこからともなく、緩い声が響いてきた。
鈴葉が振り向くと、そこには少年と二人の男が立っていた。
「やっと見つけたよ〜。結構探したんだからね〜」
少年はニコニコと笑っていたが、その笑顔はどこか薄気味悪かった。
「え、えっと……もしかして逃げ遅れた人ですか?」
機龍先輩が問いかける。
「逃げ遅れた?」
少年は首をかしげた。
「さっきの爆発で……その、逃げ遅れたんじゃないんですか?」
少し困惑気味に問い直す機龍先輩。
「爆発……ああ、うん!」
少年は手をポンと打った。
「いやいや、大丈夫。見てのとおり、怪我もしてないしね。だって、自分で仕掛けた爆弾で怪我なんて、するわけないでしょ?」
無邪気な笑みを浮かべながら、少年は言った。
「じ、自分で……爆弾を……?」
機龍先輩が驚愕の表情を浮かべる。
「うん。いや〜、さすがはダイヤちゃん。ああいう発明はお手のものなんだよ」
少年は誇らしげにうんうんと頷いた。
鈴葉は、目の前の光景が現実だとは思えなかった。あまりに唐突で、非現実的すぎて、理解が追いつかない。
「ごめんごめん、紹介が遅れたね。僕の名前は“キング”。ジョーカーズ日本支部のボスをやってま〜す」
そう名乗った少年は、クスクスと笑いながら続ける。
「じゃあ……お前が、これを……!」
機龍先輩が怒気を込めて問い詰める。
「うん、そうだよ。本当に大変だったんだよ? 今頃、学院中の先生や風紀員たちは、僕の“家族”とアンドロイドに足止めされてる頃かな」
キングはにこやかなまま、淡々と語る。
「唯一の誤算は、計画実行前にアンドロイドが見つかって破壊されたことかな。見つかるのはいいんだけど、まさか返り討ちに遭うなんて。あれに対抗できる生徒がいるとは思わなかったよ。おかげで学院内のアンドロイドはほとんど駆除されちゃったし、警備も強化されちゃった。まあ、計画は成功したから問題なかったけどね〜」
そう言って、キングは軽く手をひらひらさせた。
「後は、目的の“人”を回収するだけ」
その瞳が鋭く細められる。
「目的の……人……?」
機龍先輩が訝しげに問う。
「うん、そこにいる――」
キングはまっすぐ指をさす。
「春川木葉さんを、ね」
その声とともに、場の空気が凍りついた。
キングは不気味な笑みを浮かべながら、静かに笑い続けていた。
一方その頃、朝日はというと。
「ったく、なんでだよ! 久々に早く学校行こうとした時に限って自転車が壊れるなんて……!」
朝日はカチャカチャと手を動かしながら、自転車を必死に修理していた。
時刻は午前9時10分。
彼は、まだ学院にたどり着いていなかった。




