朝日さんは腹ペコです
朝日は、自分の足元に転がるものを見下ろしていた。
そこには、バチバチとショート音を響かせながら、微動だにしないアンドロイドが転がっている。
「……何だったんだ、こいつ」
ガンガンとアンドロイドを蹴って様子を確かめるが、やはり反応はない。
それもそのはず。アンドロイドの顔面と胸のど真ん中には、拳大の穴がぽっかりと開いているのだから当然だ。
もちろん、それを開けたのは朝日自身だ。
あのとき――このアンドロイドに襲われそうになった朝日は、とっさに糸の能力を使い、ロッカールームの天井へと張り付いて攻撃を回避。続けざまに、背中から拳ほどの太さの糸を硬化させて射出し、アンドロイドを貫いたのだ。
狙いどおり、糸はアンドロイドのコアを粉砕して行動不能にし、現在に至る。
……不良のイタズラにしては、やりすぎなんてレベルじゃない。これはもう、特殊機動隊が動いてもおかしくない話だ。
朝日はしゃがみこみ、アンドロイドをまじまじと調べる。
どうやらこれは、量産型のアンドロイドではないらしい。通常では見かけない高性能なパーツがいくつも組み込まれている。
さらに調べていくと、アンドロイドの腕の部分に、見慣れない小さなエンブレムがあることに気づいた。
それは、赤く塗られたジョーカーの絵柄――まるでトランプのジョーカーを模したような不気味なマークだった。
「……なんだ、これ?」
朝日はそのエンブレムをじっと見つめるが、どうにも見覚えがない。少なくとも、一般流通しているモデルではなさそうだ。
少し考えた朝日は、状況の深刻さを理解し、デバイスを取り出して電話をかける。
『はいはい、学院長の仙崎だが?』
応答したのは、学院長・仙崎薫。その口調からして、電話越しでもニソニソとした笑顔が浮かんでくるようだ。
「学院長、今すぐ旧第3グラウンド地下ロッカールームに来てください。詳しい話は、到着してから」
『おいおい、いきなり何だ? 私は競技祭の準備で忙しいんだぞ? 私用なら後にしてくれ』
「わかってます。けど、これは本当に大事なことなんです」
『……ふむ。さては愛の告白か? 言っとくが私は既婚者で子持ちだぞ?』
「学院長、冗談でもそういうこと言っちゃダメですよ」
呆れながらも、朝日は反論する。
『はっは、すまんすまん。で……何があった?』
仙崎の声が、先ほどより低く落ち着いたものになる。状況の異常さを察したらしい。
「だから、それも含めて早く来てください」
『……わかった』
通話が切れ、しばらくするとロッカールームの扉が開いた。姿を現したのは学院長・仙崎薫。
「朝日。何が――……これは……」
仙崎は足元のアンドロイドに目をやり、しゃがみこんで調べはじめた。
「俺、そのアンドロイドに襲われたんですよ」
朝日は、今までの出来事をすべて話した。
仙崎は黙って話を聞き、アンドロイドの各部を念入りに確認していく。
「朝日、そういえばお前、怪我はないか?」
「学院長……。それって普通、真っ先に聞くことじゃないですか?」
「そう言えるってことは無傷だな」
仙崎は相変わらずアンドロイドから目を離さない。
「まあ、確かに怪我はしてませんよ。で、何かわかりましたか?」
「……ああ。とりあえず、このアンドロイドがただのものじゃないってことと、ウチの学院がちょっとヤバいってことくらいだな」
そう言って、仙崎はアンドロイドの腕にあるエンブレムを指さす。
「そのエンブレムが、何か?」
「これはな、アンドロイドの機種を示すものじゃない。――ジョーカーズのマークだ」
「ジョーカーズ……?」
耳慣れない単語に、朝日は首をかしげる。
「ジョーカーズってのは、国際指名手配中のテロリスト集団だよ」
「なるほど……それなら、いきなり襲ってきたのも納得できますね」
朝日はアンドロイドを見下ろしながらつぶやく。
「だとしたら、このジョーカーズってやつらの目的は何なんでしょうね?」
「さあな。だが、すぐに調査を進めないといけないな。学院のセキュリティも強化が必要だ」
「競技祭は、中止しないんですか?」
「しない方がいい。中止にして混乱を招いたら、もっと面倒になる」
「そうですか……」
(中止になってくれた方が助かったのにな)と、朝日は内心ぼやく。
「今、中止になってくれって思ったろ?」
「……いえ、全く」
図星だった。
「はあ〜……まあ、いい。とりあえずお前には一緒に来てもらうからな」
「えっ?」
思いがけない言葉に、朝日は目を丸くする。
「当たり前だろ。襲撃を受けたのはお前だけなんだから、聞きたいことが山ほどある」
「でも、俺、棒倒しがあるんですけど……」
朝日が言うと、仙崎は腕時計を確認する。
「……とっくに始まってるぞ」
「ですよね。こっちでいろいろあったんで……」
「まあな。だが問題ない。お前が抜けても大した影響はないさ。どうせ本気出す気もなかったんだろう? それにあそこには機龍がいる。あいつがいれば、“勇気”とか“希望”とか“絆の力”でなんとかなるさ」
「急にそれっぽいこと言い出しましたね」
「ハハッ、若いのはそういう言葉が好きだろ? まあ、こっちはそういうの抜きで――捜査と作戦、そして武力で解決するとしようじゃないか」
なかなかに物騒なセリフだった。
「穏やかじゃないですね……」
「それが大人のやり方ってやつだ」
仙崎はアンドロイドの残骸を自分の能力で空間に収納すると、出口に向かう。
「さ、行くぞ」
「わかりました。でも、その前に……」
朝日はある重大な問題を思い出した。
「どうした?」
仙崎が少し警戒した声で聞く。
「学院長……。昼ご飯、食べさせてください」
その直後、朝日の腹がグ〜〜ッと鳴った。
「……お前、昼食ってなかったのか?」
「いろいろありまして」
「っていうか……よく見たら、アザだらけじゃないか」
「ほんと、いろいろあったんですよ……」
朝日は自分の腕をさすりながら力なく笑う。
「お前も苦労してるんだな。……よし、昼飯は私が奢ってやるよ」
「それはありがたいですね。では、遠慮なくご馳走になります」
こうして、朝日は棒倒しには出場せず、学院長とともに食堂へと向かうのだった。




