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朝日さんの面倒ごと  作者: 日の太郎
第3章
20/42

朝日は来ません......

 朝日は全身アザだらけの体を引きずりながら、第3グラウンドへと向かっていた。

 気づけば、昼休みはとっくに終わっており、棒倒しが始まるまで、もう時間がなかった。


 というのも──障害物走の表彰式が終わったあと、朝日はアナウンス席を吹き飛ばした件の責任を取らされ、昼休みを丸々使って復旧作業の手伝いをさせられていたのだ。


 そのせいで昼食は抜き、休憩もゼロ。

 いまだに体中が痛む。


 手に持っていた賞状に視線を落とす。


「賞状 障害物走 第一位 大空朝日殿」


 ──そう書かれていた。


 本来なら喜ばしいはずなのに、今はまったく嬉しくなかった。

 朝日は賞状をクシャリと丸めそうになる手を押しとどめ、痛む体をさすりながら足を速めた。


 このまま普通のルートで行っては間に合わない。

 朝日は8号館の裏手にある、少し近道になる脇道を使うことにした。


 ──その途中のことだった。


 ふと、どこからか音が聞こえたような気がして、朝日はそちらへ視線を向ける。

 すると、普段なら閉まっているはずの扉が開いていた。


 それは第3グラウンドの旧地下ロッカールームのドアだった。


 この地下ロッカールームは、かつては更衣室として使われていたものの、第3グラウンドから遠すぎる上、地下にあって薄暗く不気味だという理由で、数年前に閉鎖されたはずだ。

 今は南京錠で施錠され、使えなくなっているはずなのだが……。


(誰かが臨時で使ってる……?)


 そう思いつつ、朝日はゆっくりと近づいた。


 ドアの前まで来たとき──足元で「ガリッ」と、何かを踏んだ音がした。

 驚いて足をどけ、音の正体を拾い上げてみると……それは、見るも無惨に破壊された南京錠だった。


 グニャグニャにねじれ、原形を留めていない。


 鍵で開けたわけでもない、無理やりこじ開けたというレベルでもない。

 明らかに、何か異常な力が働いた痕跡だ。


 臨時で使うだけなら、鍵を使えば済む話。

 それをわざわざこんな風に壊す必要なんてない。


(……不自然すぎる)


 警戒心を強めながら、朝日はドアの隙間から中を覗き込んだ。

 中は地下へと続く階段が、薄暗くぽっかりと口を開けている。


 朝日は糸の能力を使い、階段の脇にあったスイッチを操作して明かりをつけた。

 パッと灯る蛍光灯──だが、反応はない。


 気配は感じない。

 朝日は慎重に中へと足を踏み入れ、音を立てぬよう階段を降りていった。


 地下のロッカールームのドア前に立つと、再び糸で明かりを点灯。

 やはり、中に誰かがいる様子はない。


 そっとドアを開け、ロッカールームの中に入る。

 そして、目を凝らして辺りを見回した。


 ──無人。


 そのまま一周しても、人の姿はどこにもなかった。


「……やっぱりな」


 肩の力を抜いた朝日は、小さくため息をついた。


 おそらく、どこかの不良がこのロッカールームを溜まり場にでもしていたのだろう。

 南京錠を壊したのも、そういう類の能力者だ。

 学院には、あんな錠前をグニャグニャにできる程度の能力者なんて、腐るほどいる。


 そう思って、踵を返したとき──


「あっ! 棒倒し!!」


 すっかり頭から抜けていたことを思い出し、時間を確認する。


 集合時間まで、残り3分──!


「ヤベッ!!」


 叫ぶと同時に、出口に向かって全力ダッシュ。

 今からなら、ギリギリ間に合うはずだ。


 ドアノブに手をかけた、その瞬間──


 背後に、強烈な気配を感じた。


「……!」


 朝日は反射的に振り返る。


 そこには──



「朝日さん、遅いな〜〜」


 無元は第3グラウンドを見回しながらつぶやいた。

 すでに集合時間は過ぎていて、今は作戦の打ち合わせの真っ最中。もう間もなく棒倒しが始まろうとしている。


「無元、どうしたの?」


 立花が不思議そうに声をかけてきた。


「朝日さんが来ないなって思ってさ」


「朝日?」


 立花も辺りを見回す。


「そういえば、いないわね」


 どうやら、今になって朝日がいないことに気づいたらしい。


「どうしたのかしらね……」


 そんなふたりの会話に気づいたのか、機龍翼が小走りで近づいてきた。

 背後にはおなじみのメンバー、妹のななみ、中学時代の幼なじみ・春川木葉はるかわこのは、風紀委員の笹野時雨ささのしぐれ、そして朝日の妹である大空鈴葉が連れ立っている。

 ちなみに、彼らはみんな機龍の応援に来ただけで、棒倒しには参加しない。Bクラス所属は立花のみで、他は別クラスか別学年だ。


「どうした? 何かあったか?」


「それが……まだ来てない人がいるんだ」


 無元は少し戸惑った様子で説明する。


「来てない人? 誰よ?」


「朝日、大空朝日。そこにいる鈴葉ちゃんの兄」


 立花が説明すると、機龍はグラウンドを見渡した。


「本当だ、いないな。何かあったのか?」


「知らないわ」


 立花は首を振る。


「無元、お前は何か知ってるか?」


「いや、今日は朝日さんと一度も会ってないから……」


 無元も首を横に振った。

 機龍は再び辺りを見回すが、やはり朝日の姿はなかった。


「翼……どうかした?」


 様子を気にした春川木葉が声をかける。

 この春川という少女は、立花に次ぐ機龍のもう一人の幼なじみ。小柄で無表情、静かな雰囲気の中に可憐さを感じさせる少女だ。

 能力は非常に珍しく、世界に三人しかいないとされる“無効系能力者”のひとりでもある。


「それがね……まだ来てない人がいて」


「遅刻する人にロクなやつはいない……待つ必要なんて、ない」


 春川が淡々とした口調で言い放つ。


「それも一理あるけど……今回の棒倒しは一人でも多く人手が欲しいからな」


 機龍は、一回戦とは違い、今回の戦いがかなり厳しいものになると見ていた。そのため、ひとり欠けるだけでも戦力ダウンになる。


 その時――


「翼、遅刻してるやつって、強いのか?」


 風紀委員の笹野時雨が尋ねた。


「いや……強いか弱いかは知らないが、多分、弱い分類だと思う」


 機龍がそう答えると、笹野は腕を組んで鼻を鳴らした。


「はっ、翼、お前そんなやつあてにしてるのかよ。遅刻してるだけでも最低なのに、しかも弱いとか、あてにするだけ無駄だぜ」


 この笹野という少女は、男勝りで気の強い性格。風紀委員のエースとして活躍しており、整った容姿とスタイルで女子人気も高い。

 公式ファンクラブが存在するほどで、"可愛い"というより"美少女"という表現がふさわしいだろう。

 機龍とは以前、風紀委員の仕事中に助けられたことがきっかけで惚れ込み、今では仕事以外でも機龍にべったりである。


「それもそうだな……とりあえず、朝日が担当する予定だったポールは、別のやつに守らせよう」


 機龍はそう言って配置変更の指示を出す。


「でも、本当にどうしたのかしら。あいつ、こういう行事にはちゃんと出てくるタイプだと思ってたけど」


 立花が不安げに呟くと、無元も小さくうなずいた。


「同感ですね。朝日さんは確かに面倒くさがりですけど、成績に響くようなことは絶対にしませんから」


 すると――


「お兄ちゃん、来てないんですか……?」


 小さな声が聞こえた。

 みんなが声の方を向くと、そこには鈴葉が肩を震わせて立っていた。顔を伏せ、涙をこらえているようだった。


「鈴葉ちゃん、まだ“来ない”って決まったわけじゃ……」


 立花が優しく言いかけたが、鈴葉はいきなり頭を下げた。


「本当にすいません! うちのバカお兄ちゃんが、こんな大事なときに……迷惑かけて……本当にすいません!」


 鈴葉は何度も何度も頭を下げ、涙をこぼした。


「すいません……本当に……すいません……」


 兄に対して責任を感じているのだろう。

 その時――


「それは違う!」


 機龍の力強い声が鈴葉の涙を止めた。


「鈴葉ちゃん、それは違う! 君が謝る必要なんて、どこにもない!」


「でも……あの人は私のお兄ちゃんで……」


「確かに兄妹だ。でも、それでも別人だ! たとえ血を分けた兄妹でも、人生は別物だ! 君は君自身の道を進まなきゃいけない!」


 鈴葉にはずっと、兄・朝日に対するコンプレックスがあった。

 兄は下位ランカー、自分は上位ランカー。

 才能の差は明らかで、その差に対して罪悪感すら抱いていた。


 “自分だけ、幸せでいいのか?”


 そう思い詰めていた心を、目の前の機龍は強く否定してくれた。

 “君は君の道を進めばいい”――そう、はっきりと。


「……本当?」


 鈴葉は恐る恐る問いかける。


「もちろん!」


 その瞬間、鈴葉の中で何かが音を立ててほどけた。

 もう、兄に縛られなくてもいい――そう感じた。


「……はい」


 鈴葉は小さく頷いた。

 機龍は優しく、彼女の頭をクシャクシャと撫でた。


……なんとも感動的なシーンなのだが。


 その様子を見ていた無元は、ふぅっと大きなため息をついた。


「朝日さんも、大変ですね……」


 そう呟きながら、もう一度辺りを見渡す。

 だが、やはり朝日の姿はなかった。


 無元は言いようのない胸騒ぎを感じながら、棒倒し第二回戦へと挑んでいく――。

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