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朝日さんの面倒ごと  作者: 日の太郎
第3章
19/42

朝日は1位になります!

 次の日の朝。

 朝日がリビングへ行くと、そこに鈴葉の姿はなかった。

 どうやら、いつもより早く出かけてしまったらしい。

 普段ならこの時間にはまだいるはずだが、どうやら朝日の顔を見たくなかったようだ。無理もない。昨日の朝、喧嘩してからというもの、二人は一言も口をきいていなかったのだから。


 おかげで昨日は本当に地獄だった。

 想像してほしい。妹が終始、無言の圧力と冷たい視線を放ち続けるあの空間を。

 朝日は昨晩の残りのカレーを電子レンジで温める。カレーは一晩置いたほうが美味しいと聞いたことがあったが、今日ほどそれを実感した日はない。少なくとも、昨日、鈴葉と無言で食べたカレーの十倍は美味しく感じた。



 学院は昨日と同じく、活気に満ち溢れていた。

 朝日は教室に着くと、荷物を置き、手元のデバイスで今日の予定を確認する。午前は障害物走、午後は棒倒しの二種目だ。


 まだ障害物走まで時間はあるが、無元は朝から綱引きに始まり、チーム戦のボール当て、棒倒し、そして決闘戦と、四種目もこなさなければならない超多忙なスケジュール。一緒に暇を潰す余裕はない。


 さて、これからどうやって時間を潰そうか──そう考えていると。


「お〜い、朝日〜!」


 背後から声をかけられた。振り返ると、そこには同じクラスの藤木(ふじき)拓郎(たくろう)と、岡野(おかの)(りょう)が立っていた。


「藤木に岡野か。こんなところで何してるんだ?」

「これから岡野と一緒に3号館の食堂行って、トランプでもしようと思ってさ。朝日も来るか? どうせ暇だろ?」


 藤木はポケットからトランプを取り出し、3号館の方を指差した。


「暇とかひどくないか? ……まあ、行くけどさ」


 そうして朝日は、藤木と岡野の誘いに乗り、3号館の食堂で一緒にトランプをして時間を潰すことにした。


 3号館の食堂に着くと、さすがに朝早いだけあって、席はガラガラに空いていた。


「いや〜〜〜〜助かったぜ、朝日。さすがに二人でトランプしても面白くねーからな。ゲームは無難にババ抜きでいいか?」

「俺はそれでいいよ」


 朝日がそう答えると、岡野も小さく頷く。

 藤木はカードをケースから取り出し、三人に配って、さっそくババ抜きを始めた。


「そういえば藤木。お前、この後の種目って何に出るんだ?」


 朝日は藤木のカードを引きながら尋ねる。


「俺と岡野は午後の部、最初の棒倒しに出たら終わりだよ」

「マジかよ! 楽でいいな、それ」


 朝日は岡野にカードを引かせながらそう言った。


「だろ? だから今日はもう遊び倒すつもりなんだよ」


 藤木もカードを引きながら笑う。


「げっ!」


 藤木が驚いたような声を上げた。どうやら岡野が持っていたジョーカーを引いてしまったらしい。その様子を見て、岡野は鼻でフッと笑っていた。


「そういや朝日、お前は今日、なんか出るのか?」


 藤木が聞いてくる。


「俺は午前の部、最後の障害物走と、午後の部、最初の棒倒しに出るよ」


 朝日は迷いなく、藤木の持つカードの一番左を引く。もちろん、ジョーカーではなかった。


「なんでジョーカー取らねぇんだよ!」

「お前、顔に出すぎなんだよ」


 そんなこんなでゲームは進行し、結局、圧倒的な強さで岡野が一抜け、朝日が二抜け、そして藤木がダントツのビリという結果に。

 その後もポーカーや大富豪にゲームを変えながら時間を潰していると、気づけば障害物走の開始時間が近づいていた。


「藤木、岡野。そろそろ障害物走が始まるから行くわ」


 朝日はトランプを置いて席を立つ。


「ああ、頑張れよ、朝日! 俺たちはもうちょいここで遊んでるから」

「そうか」


 朝日はそう答え、ふと岡野の方に目をやる。

 岡野はその視線に気づき、ニィーっと笑って見せた。


「……岡野、手加減してやれよ」

「……それは無理」


 岡野の口から返ってきたのは、実に無慈悲な一言だった。


「えっ! ちょっと、今の話、何!?」


 うろたえる藤木を後にして、朝日は3号館の食堂を後にし、障害物走が行われる第1グラウンドへと向かった。



 第1グラウンドに着くと、すでに何人かのランナーたちが集まり、準備体操をしていた。

 うちの学院で行われる障害物走は、普通の学校のものとはまるで別物だ。


 この学院の障害物走──いや、もはや“障害物マラソン”と呼ぶべきだろう──は、全ランナー30名が一斉に第1グラウンドをスタートし、学院の外周をぐるりと一周して、再びこのグラウンドに戻ってくるという超ロングコース。

 しかも、途中に設置された障害物がまたえげつない。年々その過酷さに拍車がかかっており、完走できるのは参加者の半分にも満たないという。


 にもかかわらず、このレースを見に来る人はほとんどいない。

 というのも、この時間帯にはちょうど、決闘戦の目玉勝負が開催されているからだ。

 「障害物マラソン」と「決闘戦の目玉勝負」、どちらを見るかと問われれば──ほぼ全員が後者を選ぶだろう。

 というわけで、肉体的にも精神的にも“過酷”な種目なのである。


 ……では、なぜそんな種目に朝日が出場しているのかというと。

 種目決めの時間、居眠りしていたせいで、寧々先生に勝手にエントリーされていたのだ。

 実に迷惑な話である。


『障害物走に参加する選手の皆さん、まもなく開始時刻となりますので、スタートライン付近に集合してください』


 アナウンスが場内に響き、朝日はスタートラインへと向かった。

 近くでは係の人がゼッケンを配っており、それを受け取った朝日は胸元に安全ピンで留める。

 彼の番号は、26番。


『選手の皆さんの準備が整ったようですので、これよりルール説明を行います』


 アナウンスの声が簡潔なルール説明を始める。

 とはいえ、毎年ほぼ同じ内容だ。走って、避けて、耐え抜け。それだけである。


『ルール説明は以上です。それでは時間となりましたので、選手の皆さんはスタートラインについてください』


 指示に従い、選手たちはスタートラインに並ぶ。

 全員が準備を整えたことを確認すると、アナウンスの声が続いた。


『それではカウントを始めます』


 目の前の電光掲示板が「30秒」のカウントダウンを始める。


『この障害物走は、例年多くの脱落者が出る過酷な種目です。ですが、全選手がゴールを目指せるよう、全力で頑張ってください』


 その言葉と同時に、カウントがゼロを指し、スピーカーからブザーが鳴り響く。


 こうして、今年もまた──地獄の障害物マラソンが始まったのだった。


 第1グラウンドをスタートし、学院の外に出ると、すぐに最初の障害物が目に入ってきた。


 それは、貸し切った道路を塞ぐように立ちはだかる巨大な壁の数々だった。

 壁は全部で五枚。それぞれ一枚越えるごとに、少しずつ高さが上がっていく仕様になっている。


 朝日は自分の能力──糸を──一枚目の壁に引っかけ、器用に登っていく。

 そのまま二枚目、三枚目、四枚目とテンポよくクリアし、ついに最後の五枚目に到達した。


 このラストの壁は、目測で朝日の身長の五倍はありそうだったが、それでも彼は動じなかった。

 糸を高所に引っかけ、スルスルと壁を登りきる。

 難なく突破──さすがは“糸使い”といったところか。


 現在の順位はおおよそ10位前後。

 「まだいける」──そう判断した朝日は、さらにギアを上げた。


 勝負事は嫌いじゃない。

 決闘戦のような殺伐とした争いは苦手だが、スポーツやゲームのようなフェアな勝負ならむしろ好きな方だ。

 目指すは──一位!


 朝日はその目標に向かって、再び走り出した。


 しばらく走ると、第二の障害物が現れる。


 今度の相手は──ペイント弾を連射するマシンガン。

 機関銃のように並べられた装置が、約50メートルの距離にわたり設置されており、黄色いラインの中で動くものを自動で狙い撃つ。

 しかも、ルール上、ゼッケンにペイント弾が一発でも当たった時点で即失格。


 選手たちは黄色いラインの前で立ち尽くし、どう突破するか悩んでいる様子だった。

 当然、朝日もその一人だ。


「うぉおおおおーーー!!」


 突然、雄叫びとともに一人の選手が猛ダッシュで飛び出した。

 どうやら、スピード勝負で弾幕をかいくぐろうとしたらしい。


 だが、その判断は甘かった。

 マシンガンの弾速は想像以上に速く、わずか3秒と経たぬうちに、彼は全身ペイントだらけになっていた。


『13番の選手はゼッケンにペイント弾が命中したため、失格となります。直ちに退場してください』


 無情なアナウンスが響き、13番の選手は肩を落として退場していった。

 見ているだけで戦意が削がれるような状況だ。


 ──だが、朝日はすでに突破方法を思いついていた。


 そう、答えは簡単。糸で“盾”を作ればいい。

 朝日の能力は、糸を自在に操るだけではなく、編み込んで硬化させることも可能なのだ。


 彼はすぐさま、手を動かして盾の製作に取りかかった。

 その間にも何人かの選手がマシンガンに挑み、少数ながら突破していく者もいた。


 このままでは差を広げられてしまう──そう焦った朝日は、急ピッチで盾を完成させた。


 できあがった盾を胸元にぴったりと装着し、全力疾走で弾幕地帯へ突入!

 無数のペイント弾が飛び交う中を、朝日は盾でガードしながら駆け抜ける。


 なんとか無事に突破すると、後ろを振り返った。

 そこには、ゼッケンに弾を受けて脱落した者たちがバタバタと倒れている。


 ──まさに地獄絵図だった。

 朝日は思わず引き気味な表情を浮かべながら、次の障害へと足を向けた。


 その後も試練は続く。


 逆流するプールを力で泳ぎ切り、迫り来る大岩から命がけで逃げ、そして100メートル級の崖をよじ登る……。

 数々の障害物を乗り越え、ついに学院の正門付近まで戻ってきた。


 30人いた選手は、気づけば11人にまで減っていた。

 朝日の現在の順位は──4位。


 前を走る3人は視界に捉えてはいるものの、このラストスパートで抜くのは至難だろう。


 だが、朝日には“秘策”があった。


 ゴールは正門の真っ直ぐ先、約300メートル先にある。

 つまり道は一直線──ならば、やることは一つ!


 朝日は正門で立ち止まり、門の両端に糸を固定する。

 そのまま糸を握って後方に下がり──狙いを定めて、構える。


 「いける……!」


 糸の伸縮性を自在に調整し、タイミングを見計らって放つ──

 ドンッ!


 人間パチンコ、発射!!


 朝日はとてつもない勢いで空を飛び、前を走る3人を一気にゴボウ抜き。

 そして──そのまま、1位でゴールテープを切った!


 ──ここまでは良かった。


 だが問題は、その先だった。

 朝日は着地を計算していなかった。


 そのままの勢いで、ゴール直後に設置されていたアナウンス席へと一直線。

 まさにミサイルの如く突っ込み、アナウンス席を木っ端微塵に吹き飛ばすという大惨事を引き起こしたのだった──。

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