朝日さんは孤独です
俺たちは第2グラウンドに向かった。
ここからグランドはそこまで離れているわけではないから時間はそこまでかからない。
部室のある第8号館を出てグランドに続く道を3人で歩く。
今日は天気も良いし、程よく吹いている風が気持ちいい。
道の脇に咲いている花がその風に吹かれてそよそよと揺れている。
たまにはこうやって外をぶらぶら歩くのも悪くないかもしれない。
「今日はいい天気ですね! 絶好のお散歩日和です」
伸びをしながら無元がスタスタと歩いていく。
確かにこの天気はその辺に寝転んで昼寝でもしたらさぞ気持ちいいだろう。
「本当だな、こんな日に事件の捜査なんてしたくなくなるな」
俺は空を見上げて頭の後ろで手を組んだ。
「もう、流石に諦めなさいよ」
呆れたような顔で立花が答える。
「そうだな、受けたものはしょうがないしやるしかないな」
本当に面倒だが、こうなったら解決するしかない。
やることもなかったことだしちょうど良かったのかもしれない。
「まあ、部員も増えたし少しは楽になるか」
部員も増えたし、俺一人に負担がかかるようなことは無いだろうとそんな風に考えていた。
「そうだと良かったんですけど僕たち明日からミス研はいけませんよ」
無元が困ったような表情をしながらそんなことを言った。
「え、なんで!」
「実は明日から、極星学院のアビリティアーツ部との合同練習が始まるんです」
「聞いてないんだけど」
「すいません。いきなり今日、決まりまして」
それは要するに俺は明日から一人で捜査するということだ。
このだだっ広い学院を一人で更衣室やシャワールームを捜査しなくてはならなくなったらしい。
「立花・・・、本当か?」
最後の望みをかけて立花に聞いたが、
「ごめん、そもそも私が行かなかったら相手が怒ると思う・・・」
バツの悪そうな顔をしながら手を合わせる。
「マジかよ・・・」
絶望的な状況だ。
そもそも面倒なこの事件が更に面倒になったのだ。
「明日から四日間の合同練習なので。それが終わったら手伝えます」
「四日もあるのかよ」
「まあ、そりゃ。はるばる大阪から来てますからね。なるべく長くやりたいんですよ」
さも当たり前のように言うが俺からしたらいい迷惑だ。
もっと近くの学院と合同練習してほしい。
「なんで大阪なんだよ」
「向こうが申し込んで来たんですよ。せっかくのいい機会だから顧問がOKしちゃったみたいです」
「急すぎるだろ!」
今日申し込まれて明日からってせめて来週とかにすればいいのにどうやらアビリティアーツ部の顧問はせっかちらしい。
「まあ、でも。私はあまりミス研には顔出せないと思っていたからいつも通りなんじゃない」
立花がしれっとそんなことを言う。
確かに考えてみればいつもとあまり変わらないかもしれない。
じゃあ、まあいいかと考えそうになったがそうはいかない。
今回は俺一人でどうにかなる問題ではないからだ。
「なあ、無元。お前、その合同練習サボれないのかよ」
「僕も出来ればサボりたいですけど明日からの合同練習はどんな理由があっても必ず合同練習に来いと極堂先生に言われてまして・・・。行かないとやばいんですよ」
極堂先生、噂には聞いている。
とんでもなく厳しい先生だと。
「もういいよ。俺一人で四日間頑張りますよ」
深いため息をついてうなだれる。
そうこうしているうちに第2グラウンドに着く。
グランドではアビリティアーツ部の練習が行われている。
明日の合同練習に備えてのものだろう、二人一組になり模擬戦をしている。様子を見る限り、かなり気合いが入っているようだ。
「やってるわね、みんな・・・」
「明日から合同練習ですから当たり前ですよね・・・」
無元と立花が少しバツが悪そうに練習を見ながらコソコソとその場を去ろうとする。
しかし
「明日香、無元! 今日は練習しないのか?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
タイミングが悪いにもほどがある。
「翼! いきなり喋りかけないでよ! ビックリするでしょ!」
「そうですよ機龍くん! いきなり喋りかけないでください」
二人が口を揃えて言う。
どうやら機龍がこちらに気がついたらしい。
「私は今日、もともと休みを入れておいたのよ。まさか合同練習なんて入るとは思わなかったし・・・」
「そうだったのか・・・。いつもいるのに今日は居なかったからまた何かあったのかと思って少し心配したよ」
「そんなにたくさんあんな事はないわよ!」
機龍は立花が襲われてから心配性になったらしい。
自分が立花を救えなかったことにかなり負い目を感じていると無元さんが言っていたがどうやらその通りらしい。
「そうか・・・。ならいいんだ」
「もう! そんなに心配しなくていいわよ!」
「ごめん、ごめん」
立花は拗ねたようにしているがおそらく内心嬉しいのだろう。
顔が赤くなっている。
「お兄様、どうされましたか?」
機龍の背後から聞き覚えのない女の子の声が聞こえた。
声のした方を見ると可愛らしい容姿の女の子が機龍の近くに立っている。
「お兄様、そんなところでお話してないで早く私と練習しましょう」
その女の子はかなり機龍に懐いているようだ。
「あの女の子誰だ?」
朝日は無元にこっそりと聞く
「あれは機龍くんの妹の七海さんですよ」
「へ〜、あれが・・・。と言うとお前が前話してた演習室ぶっ壊した奴か」
「ええ、そうです」
「あんな可愛らしい容姿なのに人は見かけによらないな」
朝日の目の前で機龍に甘える可愛らしい女の子は細い腕と足からは想像もつかない破壊力を秘めているらしい。
「にしても機龍にすごい懐いてるな」
「ブラコンと言うやつですね」
機龍妹は機龍の腕にこれでもかというくらいに抱きついている。
あれが俗に言うブラコンなのか。
機龍も困ったようにしているが実の妹にあそこまで甘えられたら無理に引き剥がすこともできないだろう。
「大変そうだな・・・」
「ですね」
無元と二人で機龍に同情の眼差しを送る。
そんなことをしていると、
「どうして七海がこんな所にいるのよ!」
立花が機龍と機龍妹の間に割って入った。
立花からしたらこの状況は面白くないらしい。
「あれ? 居たんですか立花さん。影が薄すぎて全く気が付きませんでした。ごめんなさい」
「さっきから機龍の横にずっと居たでしょ!」
立花と機龍妹が言い争いを始める。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
機龍が止めに入るが収まる様子はない。
「そういえば、立花さん。今日は練習来てなかったみたいですけどサボりですか」
「違うわよ! 無元にはこの前の恩があるから頼みを聞いてただけ」
「無元先輩に?」
「そうよ。この間、私とあなたが暴れた時にいろいろやってもらったでしょ。その恩返しに無元が兼部してる部活に入ったの」
「あ、ああ・・・、あれですか・・・。確かにあの時はいろいろとお世話になりましたね・・・」
機龍妹がバツが悪そうにする。
迷惑をかけた自覚はあるらしい。
「だから今日は練習に行けなかったのよ」
「そうだったのか。ごめん、いろいろ迷惑かけて」
申し訳なさそうに機龍が謝った。
「別に翼のせいじゃないわよ。私達がかってにケンカしただけ」
「そうです! お兄様のせいじゃないです! あの件は私達が悪いんです! あの女が恩返しをしているなら私もします!」
耳を疑うような言葉が聞こえた。
それはつまり。
「無元先輩! 私も迷惑かけたのであの時の恩返しをします! あの人と同じように無元先輩の部に入ればいいんですよね!」
機龍妹が無元に向き直って言う。
やっぱりそうなるよね。
「え、いや、別にいいよ。もう廃部の危機は脱したし七海さんが責任とる必要ないよ」
「いえ、あの女に負けたくないんです! あの女が無元先輩に恩返ししたのに私がしなかったらこれからあの女より優位に立てません! なのでお願いします!」
そう言う魂胆か。
立花に一人だけ恩返しさせるのは機龍妹にとって死活問題らしい。
「分かったから。とりあえず合同練習が終わるまでに考えておくよ」
無元はそう言うと俺の方を見てよろしくお願いしますと口パクで言った。
無元の合同練習中に考えておいてくれと言うことだろう。
とりあえずその場は頷いておいた。
「分かりました。合同練習明けに答えを聞きます」
不満そうだが機龍妹もその意見に納得したらしい。
「それよりも機龍くんに七海さん練習はいいの?」
無元が話を変えた。あの話はめんどくさくなったのだろう。
「ああ、今は休憩中だよ。結構きつくやったからね」
よく見ると機龍はかなりの汗をかいている。
どうやら周りの人たちと同じように模擬戦をしたようだ。
「なあ、無元。お前の傍にいるその人は・・・」
どうやらやっと気づいたらしい。
見えていないんじゃないかと思うくらい蚊帳の外だったので一生気づいてもらえないんじゃないかと思いはじめていた所だ。
「そういえば機龍くんには朝日さんを紹介してませんでしたね。この人が僕たちの部の部長。大空朝日さんです」
無元が俺を紹介する。
「どうもミステリー研究部部長の大空朝日です。よろしく」
「ああ、初めまして。俺は機龍翼だ」
機龍も自己紹介をする。
同じクラスなのだが向こうは俺のことは目に入ってなかったらしい。
「え! 無元先輩が部長じゃないんですか!」
どうやら機龍妹は無元が部長だと思っていたようだ。
「うん、僕は副部長だよ。まあ、ずっと二人しかいなかったから部長も副部長もないけどね」
「私はてっきり無元先輩が部長なのかと・・・。無元先輩はこの学院でもかなり名が通っているので。その無元先輩がついていくと言うことは強い人なんですか?」
機龍妹が俺の方をまじまじと見る。
「どう見てもそんな強そうに見えませんが・・・。名前も聞いたことありませんし」
「そりゃ、聞いたことないはずですよ。朝日さんは学院順位900位台ですから」
無元がさらっとそう言うと明らかに機龍妹の顔が悪くなった。
「ちょっと待って下さい、900位! 下位ランカーじゃないですか! 無元先輩そんな人とつきあってるんですか!」
「まあ、順位なんてあまり関係ないさ」
無元が反論するが、
「ありますよ! 中位ランカーならまだいいですよ。でも下位ランカーなんて何もしていない人じゃないですか! 私達はこうして頑張って努力して強くなってるのに下位ランカーは戦う事から逃げてダラダラ毎日を過ごしてるクズですよ」
ひでい言われようだ。
そんなに言われると朝日のガラスのハートがこなごなになるからやめて欲しい。
確かに何もしていないけれど。
「無元先輩はそんな人と一緒にいるんですか! 悪い影響をうけますよ!」
機龍妹の熱はヒートアップしていく。
よほど下位ランカーが嫌いらしい。
「七海、そんなに言うものじゃないよ」
機龍が止めに入る。
「人なんてそれぞれだよ。それに努力もやめて戦いから逃げた奴のことなんて気にしなくていい」
仲裁に入ってくれたと思ったのだがどうやら機龍は妹の味方らしい。
「朝日とかいったか・・・。下位ランカーの噂や話はよく聞くよ。下位ランカーが悪いとわ言わない。だけど君はそんな状況を変えようと思わないのかい? 努力も戦いも捨て毎日を過ごすのが悔しくないのか?」
機龍は冷たい目でこちらを見つめてくる。
随分と辛辣なことを言う。
「別にどうも思わないよ。戦うことが嫌いな奴もいるさ」
朝日は機龍にそれだけ言った。
どうやら機龍はそれが気に入らなかったらしい。
「無元、明日香。今日はこっちの練習に出ろよ。明日もあることだしさ、合同練習で怪我するぜ」
嫌がらせのつもりだろうか。
そんなことをされると朝日一人で事件を捜査することになる。
「翼、朝日にも何か理由があるのかもしれないし・・・」
「明日香、努力と戦いから逃げるのに理由は関係ない。明日香もそんな部活にいるより明日に備えた方がいい、無元ももっとアビリティアーツ部に力を入れてくれ」
機龍はもう朝日のことを全く認めないらしい。
「朝日さん、どうします?」
無元が機龍にバレないように耳元でヒソヒソと耳打ちして言った。
「練習に言ってこい。機龍と面倒を起こすのは嫌だし明らかに俺の方が味方が少ない」
そう言うと周りを見る。
騒ぎに気づいたやつがこちらを見始めているが朝日に向けられる視線は冷たいものだった。
「別に朝日さんは悪くないのに」
「まあ、捜査のことはなんとかするよ。だからお前は練習頑張ってこい」
「本当にいいんですか?」
「大丈夫だよ。こうなったら意地でも解決してやる」
「分かりました。そっちは頼みましたよ」
無元は諦めたようにそう言って耳打ちをやめる。
「分かったよ、今日は明日のためにも練習に出よう」
「無元、いいの?」
立花が心配そうに聞く。
「朝日さんが大丈夫って言ってますし」
「そう・・・。本当に大丈夫?」
「問題ないよ。なんとかする」
立花は何か言おうとしたが諦めたように機龍の方に向かう。
「分かったわ」
二人がそう言うと機龍の元に歩いて行った。
その二人を見送りながら再び機龍の方を見る。
やはり冷たい視線で朝日を見ていた。
朝日はその視線を感じながら目的の場所に向かって歩き出した。




