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異世界より。愛をこめて。  作者: 孤子
第一章 
3/4

エンカウント

話は再び主人公へ

 「あう~・・」

 「大丈夫よ。何も心配ないからね~。」

 「あうあう。」

 「お腹すいちゃったかしら?ほら、ミルクですよ~」

 (ンクンクンク・・・ぷは!)

 「お~い、○○さ~ん。いるのはわかってるんだからさっさと出てきてくださいよ~。」

 「うぅ・・あう~」

 「大丈夫・・・大丈夫だからね・・・」

 「早く出てこいやコラーー!」

 「・・・あなた。」


 夢を見た。今度は悪夢だった。でも内容は覚えていない。ただ、悲しくて、怖くて、何もできなくて。

 僕はゆっくりと体を起こして頭に手を当てる。

 随分とくらくらする。でもこれもやがて収まってくるのだろう。

 篝火は消えていて、服や体は朝露でぬれているため、少し寒い。それでも日が差し込むためか、またはこの地がそれなりに気温が高い地域であるのか、凍えるということはない。

 軽く体を動かして体の調子を確かめる。

 まだ大丈夫そうだ。けれどこんな状況が続けば必ずどこかを悪くするだろう。やはり今日から動くべきだな。体の調子が良好な今のうちに打てる手は打っておかないと。

 僕は簡易地図を取り出して方向を確かめる。

 一見すると方角なんて全く分からないくらいに周りは同じ風景なのだが、記憶を失う直前か、それ以前に聖地に方角を知らせる目印が作られていた。

 それは簡易地図にも記されており、その目印が正確ならば、どちらの方角に向かえばいいのかがわかる。目印となっているのは周囲を囲んでいるうちの一本の木の根元に置いてある大きめの岩である。大きさはざっと見積もって直径40センチほど。岩の表面にはきちんと目印になるように剣でつけたような切り傷があった。

 ちなみになぜ記憶を失っているのに様々な物や単位に関しての知識があるのかは謎だ。なにせ物や単位の意味は分かるのだが、どうやってその知識を身に着けたのかを思い出せないからだ。何とも不思議なものだ。

 話を戻そう。

 目印となっている方向は地図で見ると上向きである。そこを起点として、最短で森を抜け出せる方向か、川やちょっとした木の実などの食材が記されている方向に行くのかを決めなくてはならない。

 ちなみに持っている葡萄酒は先ほど寝起きに一口含んだのでまたさらに少なくなっており、3分の1近くまで消費されている。パンに関しては半分以上残っているので節制すれば2,3日持つかもしれない。

 そこまで考えてから、やはり飲み水が途中でなくなってしまうのはまずいと思い、川のある方角に向かうことにする。簡易地図が所詮『簡易』であることに加え、森の形も少し大雑把なところがあるということで、森から脱出するのに何日もかかる可能性があるからだ。

 川を下っていれば少し遠回りではあるが確実に森の外に出られるという利点もある。真っ暗な森の中は方向感覚を狂わせる恐れがあるため、この川を発見することができればほぼ確実に外に出られるはずである。頑張って見つけ出さなければ。

 しかしここで問題が一つ。

 それはこの森に潜んでいるはずの生物の存在だ。

 記憶があり、服もまだまともな状態であり、かつ体の調子も今よりは確実に良好であったはずの僕がこの聖地で気が付いたころにはボロボロであったことを考えれば、遠回りをして長い間森の中に入り、危険な生物に襲われるリスクを高くするべきなのだろうか?

 しかしこの考えは即座に破棄される。なぜなら最短でも1、2日かかると思われる森の中をさまようのである。どちらにしても襲われる可能性は十分にある。その上最短距離を進んでいたはずが、道に迷ってより長く森をさまよっていた。なんてこともあるかもしれない。

 そうして考えを巡らせて、結局最初の案通りに川があるであろう方角に歩を進める。

 あと一歩で聖地から抜けるというところに立って深呼吸。落ち着いて前方に何かいないか確認しつつ、ようやく聖地を出る最初の一歩を踏み出した。

 体が聖地から完全に外に出ると、少し肌寒い感覚に襲われた。

 さっきまで聖地の中にいたことで日の光を浴びることができていたのが、日の光をほとんど遮断している森の中に入ったことで体感温度が急激に下がったのだろう。実際森の中の温度は少し低めになっているはずである。しかしあたりが暗闇で覆われていることからそれよりも数度下がった温度を感じ取ったのかもしれない。

 つまり無意識に暗闇への不安や恐怖が生じ、それが寒さとなって体に表れているのだ。

 とりあえずここからは用心のために音を立てない動きを心がける。幸い音を出してしまうような持ち物が少なかったためにあまり大きな音は出ないのだが、どうしても草を踏みしめ、かき分けていく音が出てしまう。緊張からそれがより大きく聞こえてきて周りにいるかもしれない生物に気づかれるかもと冷や冷やした。

 しばらく慎重に歩いていくうちに徐々にこの森の暗さにも目が慣れ始め、視界が開けていく。

 動物などの気配が全くしない。声すらも聞こえず、音は自分が進むことによって生じるもののみ。よって相対的に自分の音がよく回りに聞こえるのだが、しかしまだ何かがこちらに気づいて襲ってくるということはない。

 細心の注意を払いつつ徐々に前へ、前へ。普段の歩くスピードよりも確実に遅い進行速度ではあるが、用心に越したことはないだろう。どう頑張っても僕は一流の盗賊や狩人のようには動けずに音を出してしまうが、だからと開き直って堂々と歩いてしまってはいけないだろう。というか、自分にはそんな図太い神経は存在しない。

 せいぜいゆっくりと動くことによって極力音を小さくするという工夫が精いっぱいだが、それでもしないよりはましだと思う。

 そうしてどれくらい歩いただろうか。感覚としては一日の3分の1ほども歩いた気がするのだが、極度の緊張状態ということでかなり実際の時間とのずれはあるだろう。

 さすがにここからではもう聖地を確認することができないほどには遠くまで来たのだが、かえって自分がどこまで進んでいるのかわからなくなってしまった。

 もうすぐ川が見つかればいいのだが。そうすれば一度落ち着いて休憩もできるだろう。

 そう考えていた自分は木の枝が折れる音を聞いて瞬時に凍り付いた。

 背筋に冷たいものが走る。今自分の顔は真っ青になっていることだろう。

 音がした方向は右斜め前方。継続して何かの足音と木の枝が折れる音がする。さらにそれは最悪なことにこちらに向かってきているようだった。

 まずい!

 そう考えた僕は極力音を出さないように細心の注意を払いながらゆっくりと体を伏せ、近くの木に隠れた。音が早まるようなことはなく、どうやらまだ気づいていない・・・と思う。いや思いたい。

 身を隠した木は幸いにもかなり大きく、十分に僕の身を隠しきっているのだが、それでも何かの拍子に見つかるかもしれない。音の主が過ぎ去るまで気づかれないようにしなくては。

 息が荒い。手で口を覆って聞こえないようにする。鼻息が聞こえないだろうか?しかし息を止めるなんて長時間できない。手が震える。体が震える。それが原因で物音がしないだろうか?

 「いつになるだろうか?」

 音の主がいる方向から急に声が聞こえてきた。その問が聞こえた瞬間にビクッと体が反応する。

 ここは出るべきか?見つかっているのか?そもそも自分に話しかけてきたのか?

 声は人が発するようなものではなく、どこか透き通っており、声もそれほど大きくなく、また森の中だろいうのに妙にあたりに響いていた。 

 「まだ帰れない。」

 独り言のように音の主は声を発し、また歩いていく。のっしのっしという音が身を隠している木のすぐ向こう側から聞こえ、思わず息を止める。

 やがて永遠に続くかと思われた恐怖の時間は終わりを告げ、音の主が発していた音が全く聞こえなくなった。おそらくもう近くにはいないだろう。

 しばらくじっと息を止めて警戒していた僕は少しずつ息を吐き出し、ゆっくりと深呼吸して緊張をほぐす。

 「・・・助かった。」

 思わず口に出さずにはいられなかった。木の枝が折れる位置からして自分の身長の2倍はあるだろう存在が、かなりの重量があるだろう体をまるで引きずりながら歩いていたのだ。それに声を発していたことから自分と同じく思考できる存在であり、その声は人間ではありえない声。恐怖せざるを得ないだろう。

 ましてや今の自分はまともに戦える状態ではない。もしあの時僕が音の主の前に姿を現して戦闘状態に陥ったとしたらほぼ間違いなく悲惨なことになっていただろう。

 深呼吸を続け、体の震えが止まったのを確認してからゆっくりと立ち上がる。周囲を警戒しながら少しずつ前に進むのを再開する。

 それからしばらくしてようやく前方から水が流れる音が聞こえてきた。

 焦る気持ちを抑えて注意深く川が流れる方向に歩を進めていく。そしてようやく見えた川とても綺麗で透き通っており、流れによるゆがみがなければそこに何もないのではと思うほどきれいな水である。

 周りに何もいないことを確認してから恐る恐る少量の水を手ですくい、口に含んでみる。

 おいしい。口当たりもまろやかで、冷たく、何よりほんの少し甘みを感じる。

 それから用心のために体に不調が出ないか確認するために川の近くで野営する準備を整えていく。火をたくことははばかられたので準備といっても寝られるように草をならして、はがれかかっている木の皮を剣を使って音が出ないように少しずつ剥ぎ取り、体にかけられるようにする。これで少し暖をとることができるだろう。それほど効果はないかもしれないが、他にどうすることもできない以上、少しでも効果のある行動を起こしたほうがいいだろう。

 そうして昼なのか夜なのかもわからない森の中で一時の睡眠をとることにした。

 願わくば、明日も何事もなく無事に起きられますように。そう願わずにはいられないほど怖い思いをしたのだが、緊張状態が長く続いたこともあり、横になって目をつむった瞬間に眠りについたのだった。


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