歩いた先
第一章は完結です。
これを続けるかどうかは微妙ですので暇があればとしておきましょうか。
「いいかいルークス。僕はもうすぐ君の前から消えるだろう。」
「師匠!」
「それでも君は前を進まなくてはいけない。光ある限り闇があるように、勇者がいる限り魔王がいるように。」
「なぜ・・なぜ俺なのですか・・・」
「君は僕の弟子だからね。僕がしなければいけなかったことかもしれないけど、役目を終えてしまった僕では果たせそうにないから。」
「だから・・・だから弟子である俺にすべて押し付ける気なのですか?」
「僕にはこの先を照らす力はない。でも君には僕じゃ届かなかったものに手が届くかもしれない。」
「・・・わかりません。師匠の言ってる意味が・・・僕にはわかりません!」
「いいかい。僕は大きな悪意をなくしてしまった。そして今は大きな善意が残りすぎてしまった。世界は常に善と悪が均等になっていないといけない。それは神が定めたルールであり、人間が人間であるために願った代償でもある。けれど今はその均衡が大きく崩れてしまった。だから僕は行かなければならない。」
「師匠・・・」
「君といるのはとても楽しかったし、僕が未来に希望を持てたのも君といたからだ。」
「師匠・・・・・・」
「君が作る未来を、僕は楽しみにしているよ。」
「師匠―――――――――――――――――――――――――!!!!!」
目が覚めた。
頭が重い。
そして、涙があふれている。
なぜか止まらない涙を僕は手でぬぐい続ける。
そのうち嗚咽まで混じりだして、僕はひとしきり泣く。
泣いて、泣いて、泣き続けて。
僕はその意味さえ分からない。
それでも僕は泣いていた。
ようやく収まってきたけれど、立ち上がる気力がわいてこない。
記憶がなくて、何も思い出せないはずなのに、僕は泣いてしまった。その涙の意味は全く分からないけれど。頭で理解できないところで、心で覚えていることで僕は泣いていた。
そして僕はもうすぐ頭でも思い出すだろう。
予感がある。もうすぐ僕は自分を取り戻すと。
夢はほとんど記憶に残っていない。
けれどきっとそこで僕は何かを掴んでいるはずなのだ。でなければここまで心が揺さぶられるはずがない。
落ち着いてきた。気力も戻ってきた。
立ち上がって体の調子を確かめる。
大丈夫だ。水には毒素などもないようで、飲んでも大丈夫だろう。少なくとも少量ずつなら。
僕は川を下り始めた。川の流れは緩やかだけれど、どちらに流れているかぐらいは一目でわかるほどには流れがある。まずこれで方向はほとんど絞れるはずだ。
地図にはどちらが上流でどちらが下流化などは書いていないが、どちらに行ったとしても森からは出られるため、万が一危険な生物が河付近にいて身をひそめるために森にひそめるなどして方向感覚が狂っても、川さえ見つけられれば方向がわかるのだから問題ない。
川のせせらぎに足音を紛らせながら川を下っていく。
下って、下って、下り続ける。
やがて疲れ果てて眠りにつく。
夢を見る。
また記憶はないが、今度はとても楽しかった気がする。
下る。疲れる。眠りにつく。
今度は悔しい夢を見た。
歩いて。精神をすり減らして。食料は尽き。空腹を川の水で紛らわせ。そして俺は歩き続けた。
「やっと・・・」
目の前に光が見えた。周りの暗さに慣れ過ぎていたためかほんの少しの光がとてもまぶしい。
僕は走り出さない。
体力はないし、もう少しのところで見つかることも避けたいし。そんなもろもろのことを考えられること自体が困難になるほどに憔悴していた。けれど体が、本能が、僕の足を忍ばせる。
やがて光が大きくなり、ついに俺は森から抜け出せた。
「・・・まぶしい。」
僕は空を仰ぎ見て、その暖かい陽気に包まれて、意識を手放した。
意識を手放す寸前に誰かが俺の名前を呼んだ気がしたが、僕に聞き取る余裕はなかった。
目が覚めた。
夢を見なかった。
聖地で気を失ってからは散々見た夢を俺は見なくなっていた。
あたりを見渡すが、そこは森ではなかった。
ただ、森を出たときにみた草原でもなかった。家の中にいたのだ。
俺はベッドに寝かされていた。木でできた内装で、暖炉には火がついている。
暖かい。
森の中にいたときとは比べ物にならないほど暖かく、均した草の上とは比べるのもおこがましいほどの柔らかのベッド。危険な生物を心配しなくてもいい屋内。
「やっと起きたのね。」
声がした方に目をやると、そこには軽鎧を着た少女が立っていた。
長い金髪を後ろで一つにまとめ、目つきは少しきつく、凹凸の少ない体は筋肉質ではないけれども適度に締まっている。
「それで・・・勇者様は見つかったの?」
勇者。それは俺の中ではただ一人を指す敬称。そして俺はその人を捜していた。見つけて、助けようとした。しかし彼は俺の助けを振り払って、全てを押し付けて、姿を消した。
途端に涙が流れる。
そうだ。
思い出した。
俺は、また守れなかった。
「ルークス?」
そう。俺はルークス。勇者パーティの一員にして、勇者の右腕にして、勇者の弟子だった。
彼の存在に惹かれ、俺は勇者の弟子になるために頭を下げて申し込み、受け入れられた。
そして彼について周っているうちに魔王を倒し、世界を平和に導いた。
そう思っていた。
けれど彼はその後姿を消し、一人聖地へと向かった。
パーティはどこに消えたかわからない勇者を捜して四方にとんでいったが、そのうち聖地に向かった俺だけが彼に会うことができた。
そして彼は俺にすべてを押し付けて・・・
「ルークス。勇者様はどこに行かれたの?どうしてあなたは・・・泣いているの?」
「ライラ。師匠は消えた。」
「消えた?」
少女、ライラは訝しげな表情で俺を見る。
ライラは勇者パーティの一員で、パーティ唯一の貴族だった。
彼女はたぐいまれなる剣の才能で将来は近衛騎士の地位にまで上り詰めるだろうと期待されていたが、勇者に模擬試合で負けてしまってからは勇者とともに行動して強さを磨くことを目的とし、勇者パーティに加わった。
その際にわずかではあったかもしれないが、勇者に心を寄せていたように思う。
想い人が消えたと聞いて不安になる気持ちと、俺の言動を疑う気持ちで揺れ動いているのだろう。
「それは・・・どういうことなの?」
「言葉のままだ。俺の目の前で、師匠は消えた。」
「ふざけないで!!」
ライラは帯びていた剣を抜いて俺ののど元に突き付けた。
いつも感情を表に出さずに、それでも仲間のことを気遣っていた彼女は、そこにはいなかった。
「勇者様が消えた?あなたの目の前で?こんな時に冗談言わないでよ!!」
ライラの声は少し震えながらも怒気を帯びて放たれる。
「ライラ。師匠は消えたんだ。俺にすべてを押し付けて。あいつは俺たちを見捨てたんだ!」
まっすぐにライラの目を見据えながらそう言い放った。
ライラも黙って見つめ返す。そして、涙があふれだした。
「嘘よ。勇者様が私たちを見捨てるわけない。」
「本当だよ。師匠はもうどこにもいない。彼は、この先の未来を頼むといって、消えていった。」
俺は手を強く握りしめる。怒りが、憎しみが、悲しみが。その手に集約されるかのような気がした。
「未来って。この世界はもう救われているじゃない。私たちが、勇者様が救ったじゃない。」
「師匠は、世界の均等にしないといけないといった。さらに今は善意が大きすぎるとも。」
「どういう意味?善意がが大きいのがなぜダメなの?」
師匠は俺に頼むといった。パーティのみんなでも、他の誰でもなく。俺に頼むと言ってきた。
それは俺だからできると思ったから。俺以外できそうにないから頼んできたのだ。
この世界を客観的に見ることができる俺だからこそ。
「他の奴らを呼んでくれないか?」
「・・・何をするつもりなの?勇者様の真意を理解しているの?」
「そうだ。おそらく師匠は俺にならわかると考えたんだろう。なら、俺にできる最善のことを実行するまでだ。」
「呼んでもいい。でもその前に何をするつもりなのか教えて。」
「俺は」
これは罰なのだろうか。
今までさんざんチャンスがあったというのに、ことごとくそのチャンスをつかむことができなかった俺に対する罰なのだろうか。
けれどこれで少しでも懺悔できるというのなら。俺は前に進もう。
「魔王になる。」
たとえそれが茨の道であったとしても。




