江戸へ帰還
文禄三年、五月。
旭、秀忠と賢子。そして、それに付き従う茶々たちは、江戸へ向けて出立した。
豊臣家では、鶴松の家督相続に向けた準備が着々と進められている。
一方で、唐入りの話はその騒動の中で、有耶無耶になっていた。
(……ひとまずは、安心してええんやろか。)
茶々は胸中で呟く。
京都を発って二週間。一行はようやく江戸城へと到着した。
秀忠は本丸へ、旭と賢子は新設された西の丸奥御殿へ。
茶々もまた、一旦はそこへ入る。
そして直政は子供たちと共に、江戸城下に新設された井伊家上屋敷へと入った。
(だいぶ、形になってきたなぁ……。
まだ田舎やけど……。ここが後の世では“大都会・東京”になるんやもんな……。)
かつて荒れ果てていた江戸城は、今や大坂城や聚楽第にも劣らぬ威容を誇り、城下町もまた、着実に整えられていた。
湿地ばかりの寒村だったこの地に、人が集まり、町が生まれつつある。
その変化の中心にいるのは、紛れもなく家康だった。
「御台様、お帰りなさいませ。」
奥御殿で出迎えたのは、阿茶局と、一足先に戻っていた大蔵こと於孝。
「若御台様も、箕輪様もお疲れでございます。
本日はゆるりとお過ごしくださいませ。」
「阿茶殿、長いこと留守を任せて悪かったわね〜。」
「いえ、それが私の役目にございます。」
旭は頷き、賢子へと向き直る。
「紹介するわね。この子が秀忠殿の正室、賢子よ。」
「お賢。この人が阿茶局。殿の側室で、えっとね……私の女房でもあるんやけど……。とにかく、私の信頼する人よ。
それから於孝は、知ってるわね?」
「はい。於孝殿は、茶々姉様の乳母ですよね。」
「はい。なれど、今は御台様の女房として、お仕えしております。」
「何か困ったことがあったら、この二人を頼りなさい。」
「はい、義母上様。」
——江戸へ帰還して、一月。
秀忠は政務と勉学、武芸に励みながら、時間を見つけては奥御殿を訪れた。
そして、夜は必ず賢子の元で過ごす。
その仲睦まじさを、家臣や奥女中たちは温かく見守っていた。
「来年には、若君か姫君が……。」
そんな声も上がり始めていたが——
(いやいや、まだ十四よ?)
茶々は呆れたように思う。
(中学生やで?現代なら。)
焦る大人たちとは裏腹に、二人はまだ幼さを残したままだった。
ある日。
茶々は旭と共に、本丸奥御殿を訪れていた。
賢子のために、小袖を仕立てるためである。
「お茶々、その柄はこっちと合わせて。」
「はい。」
針を動かしながら、旭が笑う。
「お賢も面白い子やねぇ。こんなツギハギの小袖が欲しいやなんて。」
「でも、綺麗ですよね。旭様の小袖。」
「尾張や長浜におった頃は、よう頼まれてたんよ。
安土の御方様や、織田の御母堂様にも献上したことあるし……。結構、自慢やで?」
「そうなのですか?」
「ええ。気に入って頂いて、何着か作ったこともあるわ。」
針が進み、布が形を成していく。
「あと一息ね……お茶々、今日中に仕上げるわよ。」
「はい、旭様。」
並んで針を動かす二人の姿はまるで、本当の母娘のようであった。




