豊臣家臣団、酒に逃げる
醍醐寺の宿舎。
夜も更け、先程の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
徳川の屋敷に戻った一行は、それぞれの部屋へと散っていく。
家康と旭も、静かに廊下を歩いていた。
「旭殿たちは予定どおり、江戸へ戻られよ。」
家康がぽつりと告げ、旭は少し驚いた顔をした。
「あら、殿は?」
旭が振り返ると、家康は苦笑していた。
「そうしたいのは山々であるが……。」
そして、少し間を置いてから続けた。
「しばらく上方に残る。」
旭はくすっと笑い、家康を見る。
「治兵衛から、話を聞いてたん?」
家康は苦笑しながら、小さく頷く。
「胃の痛い話よ。」
家康は立ち止まり、見事に整えられた庭を眺める。
庭に移植された桜が夜風に揺れ、ヒラヒラと花びらが舞う。
「豊臣家は……難しい春を迎えるものよ。」
旭も庭の桜を眺めながら、小さく笑った。
「ホンマに。」
夜風に桜の花びらが舞った。
一方、豊臣側の宿舎。
庭の縁側に、秀次と三成が並んでいた。
月明かりの下、煙管の煙が静かに夜へ溶けていく。
「……今日の花見は、えらい事になりましたねぇ。」
三成が呟くと、秀次は苦笑した。
「桜より人の方が散りそうでしたよ。」
三成は紫煙を吐く。
「豊臣家は……殿下のお人柄に頼り過ぎてます。」
秀次は紫煙を吐き出しながら頷いた。
「そうだわ。」
静かな声だった。
「叔父上がおらんようになったら……豊臣は崩れる。」
三成は否定しない。
豊臣家は、秀吉のカリスマ性に依存している。
秀吉が居なくなると……それが崩れるのは目に見えている。
『豊臣家の土台』というのは、それほど脆いのだ。
煙管の灰を落としながら、秀次が続ける。
「だから制度を作る。」
三成が顔を上げて、秀次を見つめた。
「制度、ですか?」
「うん、五人の衆や。」
秀次はゆっくり言う。
「前田の叔父貴、徳川殿、宇喜多、上杉、それから毛利。」
三成は小さく息を吐き、秀次はニヤリと笑っていた。
「……大老衆ですね。」
「呼び方は何でもええ。それから……奉行衆も必要や。」
三成は肩を竦め小さく笑うと、秀次も笑った。
「また胃の痛い話ですね。」
「やなぁ。」
秀次は三成の方へ向き直し、姿勢を正した。
「お前の力が必要や。佐吉、力を貸してちょう。」
三成もまた秀次へ姿勢を正す。
「豊臣家の為ならば……。」
三成の言葉を聞き、秀次はふっと柔らかく笑った。
「今日はもう休みぃや。」
「……そうします。」
三成も立ち上がり、廊下を歩く。
「佐吉。」
呼ばれて振り返ると、正則と吉継が立っていた。
「なん?」
「呑み直さへんかって、片桐の兄ぃと脇坂の兄ぃが。」
三成は少し考えて、顔を上げる。
「……うん、もうなんか酔いたい。」
正則は苦笑し、吉継はいつもの笑みを浮かべる。
二人に連れられ部屋に行くと……。
「なんや、いつもの顔ぶれやん。」
主催の且元と脇坂安治。そして、嘉明、黒田長政、長束正家が既に酒を呑んでいた。
「……虎之助は?」
「潰れてお眠や。」
安治が奥の部屋を指差す。
「……珍しいな。」
三成がそっと襖を開け、正則と吉継と一緒に部屋の中を覗く。布団の上に大の字になって、豪快なイビキをかく清正。
(…………熊。)
(熊や。)
(熊……。)
「ほら、お前たち。虎之助は大丈夫や。」
且元に声を掛けられ、そっと襖を閉めて適当に腰を下ろす。
「しっかし……今日は胃が潰れるか思うたわ。」
且元は三成に盃を渡して、直ぐに酒を注いだ。
「ホンマに……。」
三成は一気に酒を飲み干した。
「それにしても……治兵衛様が殿下に隠居迫るとはなぁ……。」
嘉明は肴の焼き味噌を舐めながら、酒を呑む。
「小一郎様が亡くなられてから、どうやって豊臣家を支えるか、ずっと考えてはったんやろうな。」
その隣で、長政も盃を傾けた。
「……はぁ、俺らは……豊臣家はどこに向かって行くんやろうか。」
その答えは、今は誰にも分からない。
廊下の外では、夜風に桜の花びらが静かに舞っていた。
そして、翌日。
豊臣家臣団は見事に二日酔いになっていた。
「佐吉ぃ……五苓散ちょうだい……。」
枕に突っ伏したままの清正が、ゾンビのような呻き声を上げる。
三成は水を飲み干してから、自前の薬箱を開ける。
「……俺は薬屋か?」
「似たようなもんやろ。」
「ちゃう。」
三成は五苓散を清正へ放り投げる。
「兵站奉行や。」
「薬まで備蓄してんのに?」
「…………。」
三成は無言で薬箱を閉じた。
「……ほな、胃薬も煎じてみるか。」
「薬屋始める気やん。」
石田三成、コッチの世界でも胃薬煎じる(笑)
なお、本人は兵站奉行です。
そして、家康公は地獄の長期単身赴任生活がスタート……(笑)




