豊臣家の柱、逝く
秀吉は、仲の葬儀の後、伏見城に籠ってしまった。
その間、政務は秀次と秀勝、奉行衆補佐の元、担い、滞りなく進んでいる。
しかし、大坂城に残っていた秀長の容体が急変し、危篤の報が入る。
秀吉は、自ら早馬を飛ばした。供は、石田三成、大谷吉継ら僅か。
ただ、弟の元へ向かうためだけに——。
「叔父上……もう暫し耐えて下さい。」
秀次と秀勝は、弱々しく動く秀長の手を強く握る。
「太閤殿下も、すぐに参られまする。」
「父上……。」
その傍らで、秀保が声を震わせる。まだ十二の少年だった。
秀次はその手を取り、秀長の手へと重ねさせる。
「治兵衛、小吉……。倅を……秀保のことを、頼んだで。」
「何を仰せか、叔父上!」
「秀保……。治兵衛兄さや、小吉兄さの言うことを……よう聞いて…………立派になれよ。」
「……はい!父上!」
「治兵衛……。文箱に……遺言状がある……。
殿下に……兄さぁに、渡してちょう……。」
「叔父上!お気を確かに!」
「太閤殿下、ご到着!」
「小一郎ぉぉ!!」
襖が開き、秀吉が飛び込んできて、そのまま秀長を抱き起こした。
「おい!しっかりせんか!」
「兄さぁ……来てくれたんか……。」
「当たり前だで!儂はおみゃあの兄だで!」
秀長は、かすかに笑う。
「兄さぁ……遺言だで。」
「何をたわけたことを——」
「兄さぁ!」
振り絞るような声に、秀吉は言葉を止めた。
「……何じゃ。言うてみゃあ。」
「これ以上……欲を見せるんやないで。」
「……分かっとる。」
「あんまり……義姉上や、竜子さんらを……困らせるんやない。」
「うむ……!」
「それから……見境なく、女に手ぇ出すなよ……。」
「……善処する。」
「まったく……兄さぁは……。」
「……ああ、そうや。言い忘れるところやった……。儂の亡骸は……母様の隣に。」
「分かった!」
その言葉を最後に、秀長の力は抜けた。
「……小一郎?おい……しっかりせぇ……。小一郎!!」
秀吉は何度も名を呼び揺さぶるが、返事はなかった。
「……何でや。まだやろ……。
父上……!おっかぁ……!なんでや!なんで、小一郎を連れて逝こうとするんだ!?
まだ来るな言うて、追い返してちょう……!」
秀吉は秀保を側に来させ、秀長に息子の手を握らせる。
「おみゃあ、まだ十五にもなっとらん自分の倅を置いて逝くんかぁ……!おい、小一郎ぉ……!起きやぁ……。
逝くなぁ……!小一郎ぉぉ……!」
秀長は息子の手をしっかりと握ったまま、兄の腕の中で息を引き取った。
大政所・仲の死から、わずか一月後のことだった。
秀長の葬儀は遺言により、大政所の菩提寺・天瑞寺でしめやかに執り行われた。
「母様は、覚悟はしてたけど……。まさか、小一郎兄様まで……。」
旭は、早過ぎる兄の死に涙を流した。
あれほどの人が、これほどの数に見送られる。
その光景が、すべてを物語っていた。
(どうして……。秀忠殿と賢姫の婚儀では、あんなに笑ってたのに……。)
最愛の母に続き、唯一無二の弟まで失った秀吉の悲しみは深く、癒しを求めるように、再び淀城に籠ってしまった。
淀殿を警戒する寧々と竜子は、秀吉の憔悴ぶりを目の当たりにし、何も言えず見守るしかなかった。
その報を聞いた茶々の胸の内は、不安で支配された。
(これから豊臣家は……。この国は、どこへ向かっていくんだろう……。)
答えは、誰にも分からなかった。




