歴史のズレ、九州で大炎上〜島津が島津する〜
聚楽第城下・徳川京屋敷。
甲賀衆や伊賀衆に命じて、豊臣家の動向を探らせていると、とんでもない情報を持って帰って来た。
茶々は思わず頭を抱えた。
「……これ、九州が先に火ぃ吹くんちゃうん……。」
報せにやって来た伊賀衆の茜は、僅かに視線を逸せる。
まず、小西行長を経由して、島津家より伏見城へお伺いがあった。
『漂着した異国船の者どもが、我らに喧嘩を売ってきた。
このままでは武士の名折れ。好きにしてよいか?』
要は『ムカつくから、コイツら締めていい?』という事だ。
(……島津だ。)
書状は奉行衆に届けられ、石田三成が豊臣秀長へ処罰について、審議を行なった。
しかし、秀吉の耳に入ってしまった。
秀吉は『日の本を脅かす輩に遠慮はいらぬ』と島津へ即答しかけた。
だが、秀長と秀次が必死に止めた。
秀長がスペイン総督府へ確認を取ると、返ってきた答えはあまりにもあっさりしていた。
『その船は知らぬ。我らとは無関係だ』
(……まあ、本音は「面倒ごと起こすな」ってとこでしょうね。折角、日本と和睦したばかりなのに。)
つまり、「ウチとは無関係だから、好きに処分して。」ということだった。
秀吉は島津へ返す。
『総督府もこう言っておる。好きにせい』
豊臣家から正式にGoサインが出たので、島津家は即座に動いた。
サン・フェリペ号の船員を全員、長崎へ連行。
見せしめの意味もあったのだろう。
だが当然、これで終わるはずがない。九州のキリシタン勢力が黙っているはずもない。
肥後を治めるキリシタン大名、小西行長が奔走した。
「其方らの言い分も分かる。だが処刑すれば、キリシタンたちが反発する。今は戦をしては、得るものは何もない。
島流しにしてはどうか?」
島津家中は、この提案に一度は考え込む。
——だが、そこに火を投げ込む者が現れた。
豊後の大名、大友氏の家臣たちが捕らえられた船員を救出しようと襲撃。
島津側と衝突し、戦闘へと発展する。
行長からすれば、『ちょっ……アンタら、マジで何してくれんんん!?』である。
戦をどうにか回避しようとしてたところに、襲撃事件だ。
そして、混乱の最中に逃げ出そうとした船員数名を、島津の家臣がその場で斬り捨てた。
これをきっかけに、九州のキリシタン勢力が暴動を起こす。
しかし、島津は島津。暴動を力でねじ伏せた。
だが、当然これで収まるはずもない。
大友家が激怒し、島津家へ事実上の宣戦布告。
『売られた喧嘩は全部買う』
島津は当たり前のように応じる。
『上等じゃ。潰したる』
一触即発、完全に戦の一歩手前。
しかし、小西行長と肥前のキリシタン大名の有馬晴信が間に入り、どうにか全面衝突だけは回避された。
——とはいえ、もともと深かった島津と大友の溝は、さらに取り返しのつかないほど深くなった。
(相変わらず仲が悪いな、この二家は……。)
秀吉の九州平定以前。
両家は「九州の覇者」を巡り、長く争ってきた。
平定後、表向きは和解したものの、火種はずっと燻ったままだった。
そして今回、完全に再燃してしまったのである。
(大友家は……善意でやった事だろうけど。
これ下手したら豊臣家の判断に難癖付けたって思われかねないわよ?)
茶々は額に手を当てて、大きく溜め息を吐く。
(ってか、そもそも元を辿れば、あの船員たちが余計な事を口走ったのが原因なんだけど……。なんでよりにもよって。)
茶々は三度目の人生を思い出す。
薩摩で暮らしていた頃。
『精神を鍛える』という名目で、真剣で稽古をする家臣たち。
『売られた喧嘩は全部買う』と言わんばかりの家訓。
慣れるまで苦労した。しかし、慣れてからも首を傾げる事もあった。
茶々はゆっくりと顔を上げて、薩摩の方角を見つめる。
(この日の本で、一番喧嘩売っちゃいけない家に、一番喧嘩売っちゃいけない言い方で喋っちゃったかなぁ……。)
茶々はそっと目を閉じる。
(……島津だもんなぁ。)




