唐入りより先に、胃が限界
その頃、伏見城・奉行衆の詰所。
文机に突っ伏して、ゾンビのような呻き声を上げる三成は、ポツリと呟く。
「……胃薬、おかわり……。」
九月下旬頃に、薩摩にてイスパニア船が漂着し、取り調べでとんでもないことを暴露した……という報せを受けてから、胃が痛い。
書簡を整理していた吉継は、振り返って苦笑する。
「佐吉ぃ、胃薬はおかわりするもんちゃうでぇ。」
「ぅぅ〜………。」
三成の向かいの文机で煙管をふかす且元の目は完全に死んでいる。
「紀之介……儂にも胃薬……。」
吉継は無言で兄貴分を見つめた。
「……その前に、兄ぃは吸いすぎ。」
吉継が指差すタバコ盆。
灰が積み上がり、小さな山になっている。
「吸わな、やってられん。」
「あ゛あ゛〜……。なんでよりにもよって、薩摩やねん。」
三成はようやく起き上がり、愛用のタバコ盆を手繰り寄せ、煙管にタバコ葉を詰める。
「気掛かりは……大友やな。」
「ああ……。ただでさえ島津と仲悪いのに……。その島津にキリシタンであるイスパニア人らが捕らえられとるからな……。」
「小西様が、今は大友をなだめて下さってるけど。」
はぁぁ………と、三人の重い溜め息が詰所を満たした。
「……殿下はまだ唐入りやって騒いどるん?」
吉継は愛用の煙管を取り出して、三成の前に座る。
「うん。戦できる兵も、金も十分や。やけど……。」
三成はここで一度大きく息を吐く。
「小一郎様が仰ってた通り、今の九州は火種や。
それから、こっちが疲弊しとる隙を狙って攻めて来て、征服するんが、向こうのやり方や。
……島津の取り調べで、イスパニア人の船員が言うてたん。」
「……そっかぁ。今、兵を出すと、内が揺れるなぁ。」
「うん。」
「内を揺らしてまで、する戦やあらへん。」
沈黙。
「「「ああ〜………胃が痛い。」」」
三人の声が綺麗に重なった。
「佐吉、小西様から書状が…………って、え?大丈夫?」
詰所に正則がやって来て、三人の唯ならぬ様子に、目を見開く。
「……胃が痛い。」
煙管を咥えながら、三成がポツリと呟く。
「胃薬飲んだんか?」
「さっき。」
「おかわり要求された〜。」
吉継が告げると、正則は苦笑する。
「薬はおかわりするもんちゃうやろが。………ほら、小西様からや。」
「あんがと……。」
正則から書状を受け取り、煙管を咥えたまま読み進めて………固まる。
「………は?」
三成の様子に、三人の胃がキュッとなる。
「……どうした?」
且元が恐る恐る尋ねると、三成は無言で且元へ書状を差し出す。
且元が受け取り、目を通す。
隣から吉継と正則も覗き込んできて、視線を落とす。
「……おいおいおい。」
「唐入りより前に、九州が火ぃ吹くかもしれんぞ。」
「これは……マズイねぇ。」
且元は血を吐きそうな顔をし、吉継と正則は遠い目になる。
『薩摩にて漂着せしイスパニア船、島津家より
"此奴ら、我らに喧嘩を売り申した。武士の名折れゆえ、処断してよろしいか。"との伺いあり。』
もうこの時点で胃が痛い。
『太閤殿下へお伺いたてまつりたい所ではあるが、唐入りを申し上げておると報を受けた。
某の独断にて、こうして奉行衆に筆を走らせている。
島津家には、上方の御下知なくして事を進めるは、反逆と看做されかねぬ、と申し上げているよし。
島津家、"上方の御下知があってから"と申され候。今のところ、動き無し。』
吉継はゆっくりと顔を上げる。
「……先ずは、小一郎様やね。」
三成はゆっくりと立ちあがる。
「……誰ぞ。」
控えの間に居る小姓を呼び寄せる。
「秀長様へ謁見の願いを。早急にお伺いしたき儀があると。」
「はっ。」
小姓は足早に去っていく。
「……胃薬が足りん。」
今の豊臣家において、早急に必要な物資だった。




