豊臣家のラスボス、太閤殿下を公開説教
秀吉が伏見城に強制移管され、政務がようやく回り始めた頃。
「大政所様が、二の丸様と三の丸様を引き連れて、大坂よりお見えにございまする。」
小姓の知らせに、三成たちは顔を見合わせる。
そして、慌てて大広間へと駆け出した。
「こんのたわけがぁぁぁぁっっ!!女に泣かれたぐりゃあで何やっとるかぁぁぁーー!!」
「ちょっ、母様っ!!痛い痛い!!」
「虎と市松、紀之介を切り離したみたぁだなぁ!!
何やっとるんだっ!!佐吉や助佐らにいらん苦労掛けさせてっ!!」
三成たちがこっそり覗くと、大広間では既に大政所のお仕置きが始まっていた。
大政所の側に控える華姫とお寿はゴミで見るような目で秀吉を見ていた。
上座に座る寧々、そしてその近くに控える智と旭は無表情だ。
「おらぁは……おみゃあが情けなぁでよぉぉ……。
おみゃあが、『織田の御屋形様の元で、人が泣かんで済む世を作りてゃぁ』って言うた時は……ほんまは嬉しかったんだでぇ……。」
「お、おっかぁ……。」
「堺で女の子が人買いから逃げて来た……あの時も言うてたやろ。
儂がやらにゃならん、人が泣かんでええ世の為やって……オラァにそう言うてたやないか……。
やのに……いまのおみゃあはなんだ……。
女一人の為に、全てをほっぽり出してぇ……。」
大政所の両脇から、華姫とお寿がそっと支える。
「…おっかぁ……。泣かんでよぉ……。」
秀吉が大政所の肩に触れようとしたが、パシッと大政所が弾き返す。
「え?……おっかぁ?」
「……決めぇや。」
しわくちゃな手の隙間から、大政所は秀吉をギロリと睨む。
「あの、おっかぁ?」
「どうすんだ!?おみゃあがこれまで通り、てっぺんに立つか……小一郎に任せるか……治兵衛ら若いのに任せるか……。どっちや!?」
秀吉は暫く俯いたままだ。
大広間は水を打ったように静まり返るが、やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「……儂は、まだ退かん。」
大政所の目が細くなる。
「まだや。まだ、人が泣かんでええ世にはなっとらん。
儂の子らに渡すんは、その世を作ってからだでよぉ。」
寧々も、智も、旭も黙って聞いている。
「泣く女一人守るんじゃにぁ……。泣かんで済む世を守んだわ。」
一拍。
「儂は……まだ、てっぺんに立つで。」
外から様子を見ていた三成たち、顔を見合わせる。
そして、清正が小さく呟く。
「……まだ折れとらんで。」
正則が鼻を鳴らす。
「当たり前や。」
吉継は静かに笑っていた。
「なら、俺らも折れとる場合やないな。」
三成、深く息を吐く。
(……まだ、戻せる。)
***
その頃、聚楽第城下の徳川邸。
留守を預かる茶々の元に、旭から文が届いた。
直江状顔負けのその長さに、茶々は思わず苦笑する。
「お茶々様……旭叔母……いや、御台様はなんて?」
向かいに座るのは、最近の激務とストレスのせいで、すっかりやつれた豊臣秀次。
淀城での騒動の真相を確かめるため、現代なら労基案件な仕事の合間をぬって、態々訪ねて来たのだ。
茶々は顔を上げて、困ったように笑う。
「感心して良いのか、笑って良いのか、分かりません。」
そして、直江状顔負けなやたら長い文を秀次へ差し出す。
受け取った秀次は文を読み進める。
そして、読み終えた秀次は顔を上げる。
「確かに……分かりませんね。」
「でしょう?」
二人は顔を合わせて、苦笑するしかなかった。
「それにしても……事細かに書いてますな。」
「ええ。」
秀次は大きな溜め息を吐く。
「ババ様の言う通りだわ。……女一人にメソメソ泣かれたぐらいで、全部ほっぽり出して……。」
眉間を揉みながら、吐き捨てるように言う。
(確かに、秀次様は女に泣かれたぐらいで、全部放り出す方じゃないわね。)
茶々は小さく笑う。
「はぁぁ……これで……少しは休めるかな〜……。」
うっすら涙声である。さすがに、少しだけ同情する。
「主計頭殿と左衛門大夫殿、刑部殿の謹慎は、寧々様が無理やり解いたそうですよ。」
「そうか……良かった。」
秀次は肩の力を抜いた。
「俺がこんな事を言える立場ではないのだが……。父上の女狂いは底なしやからなぁ。」
一拍。
「北政所様……いや、寧々義叔母や虎之助たちには、昔から苦労ばかりかけている……。」
「秀次様も大概ですよね〜。」
茶々はさらっと言い放つ。
「なんで似ちゃいけないとこ、似ちゃうかな〜?」
「…………お茶々様?」
にっこりと微笑む。笑顔なのだが、何故か怖い。
「一の台様が穏やかでお優しい方だから助かってますよね。」
さらに、にっこりと笑みを深くする。
「私のような武家の女なら……無傷では済みませんからね?」
秀次の額に、つーっと冷や汗が流れた。
「こ、これからは……気を付けます。」
「今すぐ気ぃ付けや!」
低い声で怒鳴られた。
「これ以上、一の台様を泣かすんやないで!!」
「はいっ!!」
反射で背筋が伸びた。
「いま、側室が十三人もいらっしゃるんやってね?もう十分でしょ?」
「し、しかし……その……俺好みの女が目の前に現れると、つい手が伸びるというか……男の性というか……」
「あ゛あ゛ん?」
「すみません、何でもありません。」
即座に謝罪した。
(なんでやろ……。)
秀次は内心で首を傾げる。
(茶々様は怒らせたらアカンって思うんは……。)
歳が近いからか。姉のように感じるからか。
(それに……母様と、寧々義叔母になんとなく似とるんよなぁ……。)
『別の人生』では夫婦だったなど、知る由もない。
(ほんまに……程々にしてや。)
茶々は小さく肩をすくめた。
二の丸様=お寿の通称
三の丸様=華姫の通称です。




