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太閤殿下、伏見まで強制移管

淀殿の部屋から離れた場所まで来ると、旭は秀吉をそのまま部屋の中へ放り投げた。


「佐吉、見張り頼むわね。」


「はい、おっか様。」


ぱたん、と寧々が襖を閉める。


よろめきながら起き上がる秀吉の前に、三人が立った。


「お前様。私も義姉上も旭殿も……言いたいことは山ほどあるんよ……。」


鬼神と化した妻と姉、妹。その圧に、秀吉は思わず身震いする。


「ええっと……寧々ちゃん?ちょっ、落ち着いてちょう?折角の別嬪さんが台無しだでぇ?」


「……寧々さ、旭。一旦座ろうか。」


智が静かに言う。


「おい、藤吉郎。いつまで寝転がっとるんだで?座れ。」


「ね、姉やん?」


「す・わ・れ。」


「……はい。」


低い声に逆らえず秀吉は正座し、その正面に、鬼神三名が並んで座った。


「お前様。今更、女狂いを責めるつもりなんてないわ。」


寧々は一拍置く。


「でもね……何事にも限度ってもんがあるだろうがぁぁぁ!!」


――バチンッ!!と、思い切り頬を引っ叩いた。


「ぶっ!?ちょ、寧々、痛い!」


「当たり前だろぉが!痛くしとるんだで!」


「藤吉郎よ。そんなに淀殿が大事か?」


智が腕を組む。


「まぁ、そりゃあそうだよな。おみゃあの子を産んでくれた女だでな。」


しかし、声が一段低くなる。


「でもなぁ……おみゃあ、自分が何者か分かっとるんか?」


「……。」


「天下の太閤様だろうがっ!政(まつりごと)を小一郎や治兵衛に放り投げて!

おみゃあがおらんと進まん政務もあるやろうが!

どあほっ!!豊臣家を割る気かっ!?しっかりせい!」


「兄様。」


今度は旭が口を開く。


「いっそのこと、隠居して全部小一郎兄様や治兵衛、佐吉らに任せて、好きなだけ淀殿と居れば?」


「……え?」


「そうすれば、私らもわざわざ伏見まで来んでよかったんよ。」


「あ、旭?それ本気で言うとるんか?」


「……元はと言えば、兄様の女狂いのせいでこうなっとるんでしょうが!!」


旭の怒声が響く。


「兄様がいつまでもてっぺんにおるから片付かんのやろうがぁぁっ!!」


ぐいっと、耳を掴む。


「ちょっ、やめて!痛いっ!!」


そのまま、ぐりっと捻る。


「わ、儂は太閤で、豊臣家の当主だで?」


「お前様!だったらさっさと治兵衛に譲りなさいよっ!」


「じ、治兵衛はまだ若いし……儂が後ろで見てやらにゃあ……」


「だったら出て来いっ!いつまでここでグータラしとるつもりやっ!!」


「でも……斎が泣くから……。」


「……は?」


三人の空気が一瞬で冷える。


「それだけかいな?兄様。」


旭が呆れた目を向ける。寧々と智も、同じ顔だった。


「だって……斎は頼れる家ももうないし……頼れるのは儂しかおらんって言うから……。」


「「「…………はぁぁぁぁ〜。」」」


三人は同時に溜め息を吐いた。


部屋の外で、ゴンッッッッ!と鈍い音が聞こえた。

間違いなく、三成が廊下の板に頭を打ち付けている。


「そんな理由で……はぁ……アホくさ……。」


しばしの沈黙の後、智が呆れたように口を開いた。


「頼る家がない言うんやったらな、浅井の三姉妹だって同じやでよ。」


「……。」


「まぁ、でもあの子らには、織田という身内がおるから、全部が同じってわけじゃにゃーが……。

それでも、帰れる実家が無いのは、あの子らも同じやでな。

それに、あの子らは嫁ぎ先で立派にやっとるって聞いとる。」


「そうね〜。」


寧々が肩をすくめる。


「お茶々の方がよっぽどしっかりしてたわ。

北ノ庄城が落ちた時、まだ十六やったのに。」


一拍置く。


「浅井家の長として、姉として、親代わりとして……お初とお江を守って。

侍女や乳母、家臣の面倒まで見て……。

はぁ〜……。お茶々と同い年やのに、こうも違うんか……。」


「義姉上様。」


旭が静かに言う。


「お茶々と淀殿では、背負ってきたものが違うんよ。」


「……それにしてもやわ。」


寧々がぼやく。


茶々は妹たちの縁談を進めながら、侍女や家臣の行き先まで整えていた。


ある者は竜子や華姫のもとへ、ある者は織田家へ、残る者は三姉妹のもとへ。

家臣たちもまた、それぞれの道へと送り出されていった。


「そういや、お茶々は元気にやっとるんか?

お市様と備前様によう似とるからええ具合に――

痛い痛い痛い!ちょっ!やめてぇぇ!寧々ちゃんっ!!」


「うるさいっ!!」


寧々の腕が極まる。


「ホンマ懲りんなぁ!お前様っ!!」


「寧々ちゃ!!……寧々様!お願い!腕が折れるぅぅーー!!」


容赦ない締め技だった。


「姉様。」


旭がぽつり。


「兄様、もうダメかもしれんね。」


「……せやな。」


智は腕を組む。


「でもコイツがおらんと回らんのも事実や。」


そして、ふっと顔を上げた。


「――よし。寧々さ。コイツ、伏見まで連れてくで。」


「え?」


「姉やん、なんで?」


「隠居して全部任せるか、それとも今まで通りやるか――」


秀吉を指差す。


「決めさせなあかんやろ。」


「それなら斎に――」


「アカンに決まっとるやろ!!」


ピシャリと遮られた。


「なんでや!?姉やん!勝手に行ってまったら斎が――」


「それで何回延期しとると思っとるんやぁぁぁあああっ!!」


ぐいっと頬を抓る。


「いだだだだ!!姉やん!加減してちょう!」


「煩いっ!!全部おみゃあが原因だで!!」


「こ、今度は言い聞かせるから!」


「信用出来るかっ!!」


智の怒号が響く。


「この――底抜けの女狂いの大たわけがぁぁぁああああ!!!」


「ぎゃああああーーー!!」


秀吉の頬を抓り続ける智。


その横で、寧々はすっと襖を開けた。


「佐吉。」


「はっ。」


「そういう訳やから。私たちは伏見へ帰るわ。後片付け、頼んでもいい?」


「かしこまりました。」


「義姉上、旭殿。そろそろ行きましょうか。」


「せやな!面倒なの来る前にズラかるで!」


智は喚く秀吉を、そのまま米俵のように担いだ。

それを見て三成はギョッとしていたが、智はニヤリと笑う。


「足軽の娘、舐めたらあかんでぇ。」


ギャーギャー騒ぐ秀吉を、いとも簡単に押さえ付けつつ、智は歩き出した。


「あ、そうや。佐吉。」


智が振り返る。


「市松と紀之介、虎之助のこと、頼んだで。」


「はっ!」


こうして、騒ぐ秀吉を引き摺りながら、寧々たちは伏見へと蜻蛉返りしたのだった。


三人(と秀吉)を見送った三成は立ち上がって、シワを正す。

遠くの方で、阿波の乳母殿が三成を探す声が聞こえてきた。


「……さぁてと、俺もズラかろう。」


且元の詰所へと一気に駆け出した。

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