女三人寄れば、太閤殿下が引き摺られる
城奥へ続く渡り廊下を小走りで向かっていると、御城口の戸を慌てて閉めようとする侍女たちが目に入る。
よほど慌てているのか、モタモタしていた。
その時、旭が怒鳴った。
「そこの女たち!!止まりゃっ!!無礼なり!北政所様の御前である!」
侍女たちが驚いて動きを止めたのを三成は見逃さなかった。
自分の後ろを走る小姓たちに命じる。
「行け、捕らえよ。」
「「はっ!!」」
小姓たちは素早く駆け出し、侍女たちをあっという間に拘束した。
寧々たちは侍女たちを見下ろした。
「こ、これより、先は、淀の方様の御殿に、御座いまする。お、お控えくださいまし。」
一人の侍女が、震える声でそう叫んだ。
寧々が口を開く前に、旭が侍女たちに立ち塞がる。
「この城の者たちは随分と勇敢だ事……。
太閤殿下の正妻であらせられる北政所様に盾突くとはその方ら、命知らずか阿呆なのか?」
旭は冷たい目で侍女を見下ろす。
あまりの迫力に侍女たちは気を失ってしまった。
(え?嘘やろ?あの旭姉が……。強なったんやなぁ。)
三成のよく知る『旭』という人は、よく笑う穏やかな女性で、人に向かって怒鳴ることなんて出来ない性分だった。
しかし、いま目の前に立つこの人は、まごうことなく、『徳川家康の正室』の威厳を放っていた。
「……さぁ!今のうちよ!義姉上様、姉様、佐吉、行くで!」
くるって振り返った旭は、いつもの調子で言う。
寧々は若干固まっており、智は感心していた。
「旭よぉ〜……おみゃあ、暫く見ん間に、すっかり御台様になっとるでぇ。」
「ありがとう!……って、いまそんな場合やないのよ。ほら、行くわよ!」
「はい!其方ら、その者たちを見ておけ。」
「「はっ。」」
小姓たちにいまだ気絶している侍女を任せ、三成は寧々たちの後を追う。
廊下を曲がったところで、顔を真っ赤にしてこちらに向かって来る女が。
(……またか、あのおばはん。)
三成は小さく首を横に振る。
「北政所様!無礼に御座いまするぞ!お引き取りを!」
阿波の乳母殿だった。
(やめとけって……殺される。)
そんな三成の心の声なぞ、届くはずがない。
「無礼は何方じゃ。……そこをお退きなさい。」
寧々に睨み付けられ、乳母は一歩退く。
「こ、この淀城の主人は我が姫様に御座いまする!いくら北政所様と申せ――」
言い終わる前に、旭の手が乳母の両頬をしっかりと掴んだ。
「……よう回る舌よのぉ、乳母殿。」
薄く笑っていた旭の表情が、すっと消える。
「其方、誰に物申しておるか分かっておるか?
分かっていながら、そのような不敬を働くか?」
声が一気に冷える。
「ならば、その果敢な姿………妾が直々に褒めてつかわそうぞ。」
乳母の顔が引きつる。
「たかが側女の乳母の分際で、太閤殿下の正妻であらせられる北政所様になんたる物言いよ。
其方……命が惜しくないようじゃの。」
「先程の侍女といい、其方といい……この城の者たちは何と礼儀知らずか。
正室と側室の違いも分からぬとは、武家の女として聞いて呆れるのぉ。」
そこへ、関白秀次の母、智も加わる。
「足利の血が、三好の血がなんぞ?天下を取ったのは……誰じゃ?」
旭の言葉に、乳母殿の顔から色が消えていく。
「ウチは……豊臣家は元は、アンタが目にもくれぬ足軽やでなぁ……。」
旭の言葉に乳母殿は心が折れ掛けている。
「乳母殿。拾丸は可愛い。大事な子や。」
智の声色に優しさが滲んでいた。
乳母殿は、目線だけを智に向ける。
智は優しく笑って直ぐに、また真顔になる。
「やけどな、可愛いだけで家は継げんで。
政を止め、家臣を削り、城を乱し、それで拾丸に何を残すつもりやの?」
智と旭によって、完全に戦意を削ぎ落とされた乳母殿は、その場に座り込んだ。
「乳母殿。太閤殿下と淀殿は何処?」
寧々に問われ、乳母は大人しく道を開ける。
三人に囲まれた時点で、もはや抵抗する気力は残っていなかった。
その様子を見ていた三成は、内心震え上がっていた。
(この三人は……絶対に怒らせたらアカン。
命が幾つあっても足りん……。)
案内された部屋の中で、拾丸を抱いた淀殿と戯れる秀吉の姿があった。
「お?何じゃぁ?寧々、来てたんか。姉やんも旭も久しぶりやのぉ。」
その、あまりにも緊張感のない顔を見た瞬間、寧々たちの中で、何かが切れた。
「……この、たわけぇぇぇぇえええあああああっっっっ!!」
真っ先に動いたのは智だった。
容赦ない飛び蹴りが、秀吉の顔面に叩き込まれる。
「ぐはっ!?」
まともに喰らった秀吉は、そのまま床を転がった。
旭が淀殿の傍にいた女房へ視線を送る。
女房は一瞬固まるがすぐに動き、己の打掛で淀殿と拾丸を隠す。
「久しぶりね、お前様。……相変わらずで、安心したわ。」
背後に般若や閻魔でも従えているかのような気配を纏い、寧々が指をボキボキと鳴らしながら、ゆっくりと歩み寄る。
阿波の乳母殿が口を開いて立ちあがろうとしたが……。
「口を挟むでない。」
旭が冷たい声で、乳母殿を制する。
「今は"家"の話ぞ。側女の乳母如きが、出しゃばるな。」
旭のこの言葉がトドメになったのか、乳母殿は目に見えて分かるほど、消沈していた。
旭はゆっくりと部屋の中へ入り、秀吉を見下ろす。
「太閤殿下。淀の方と拾丸君の御前にござりまする故……場所を変えましょうか?」
旭の声は、他人行儀なほどに冷たかった。
そして、転がる秀吉の首根っこを掴み、そのまま引き摺る。
「さぁ。義姉上様、姉様、佐吉。行きましょう。」
振り返りもせず、言い放つ。
「女房殿、空いてる部屋を借りるわね。」
「は、はいっ!」




