北政所様、御成〜女の戦、開戦〜
且元の詰所に戻った三成は、静かに戸を閉める。そして、静かに且元の前へ腰を下ろす。
且元は、三成がまとう空気から何かあったのか、直ぐに察した。
「……………あんの、クソババァぁぁぁーーっっ!!」
文机をダンっ!と力強く殴り、且元がビクッとする。
「小物のくせに!虎の威を借る狐やないかっ!!」
「……佐吉、落ち着け。」
「落ち着けるかぁぁっっ!兄ぃの言うた通りや!
あの場で斬り殺したろうか思うたわっ!」
且元は小さく息を吐いて、タバコ盆から煙管をスッと三成に差し出す。
「一服やな。」
且元から煙管を受け取り、二人で紫煙を燻らせた。
紫煙を吐き出しながら、三成がボソボソと呟く。
「三好やとか足利やとか……血統がどうのこうの抜かしよったけど……。
兵站のへの字も分からんどあほうが、天下を語るなや。」
且元は紫煙を吐き出しながら、三成を見る。
「あの女、兵站奉行を敵に回しよったか。目ぇ見えてへんのやな。」
且元と三成は顔を見合わせる。そして、三成が静かに切り出す。
「なぁ、兄ぃ。……辻斬り、やるぅ?」
少し沈黙が流れたが、且元は口角をほんの少し上げた。
「……やるかぁ。」
冗談のように聞こえるが、この二人は冗談じゃない。本気だ。
文机に城内図が広がった。
「夜番は?」
「二刻ごと。」
「奥から外へ出る導線は?」
「北の渡り。」
「辻斬りに見せるなら城外が自然や。」
「川沿いか。」
淡々と、しかし合理的に話しは進むが、三成が指が止まった。
「……やったら、豊臣が割れるな。」
且元は煙を吐く。
「分かっとる。」
二人とも、それは十分過ぎるほど、理解している。
だが、もう限界だった。
且元と三成がとんでも密談をはじめて三日。
城内の空気は悪化する一方だ。
政は滞り、乳母殿をはじめとして、足利旧幕臣たちが幅を効かせる。
今日も図面を前に二人は話しをしていると、小姓が慌てて駆け込んできた。
「ご注進!!」
二人の手が止まる。
「北政所様が、お越しになられました!」
三成は且元と顔を見合わせ、そしてニヤリと笑った。
「佐吉……。出迎えや。」
「分かった。兄ぃは?」
「退去の用意や。今直ぐにでも伏見に戻れるよう、準備しとくでな。」
「……分かった。」
三成は城門へ向かって走っていった。
表の淀殿近習たちは混乱していた。
「追い返せ!」
「なれど、北政所様が……。」
「この城の主人は姫様ぞ!」
そんな近習たちを他所に、三成は城番へ静かに告げる。
「開けよ、北政所様の御成じゃ。」
「し、しかし……。」
「早よう、開けぬか。いつまで、北政所様をお待たせするつもりか?
その方……序列を分からぬと申すか?」
三成の圧に震えた城番は、高らかに宣言する。
「開門っ!!北政所様、御入城ぉーー!!」
ゴンっと鈍く大きな音を立てて門が開き、城内が静まり返った。
そこに立っていたのは、秀吉正室の寧々と二人の女。
関白秀次の母の智、秀吉の妹で徳川家康正室の旭だった。
三人はゆっくりと城内へ入り、頭を下げて出迎える三成の前に立ち止まる。
「北政所様、御母堂様、御台様。よくぞ、お越し下さいました。」
「すまんなぁ〜、佐吉。知らせも寄越さんと急に来てもうて。」
寧々の口調はとても穏やかだった。息子を労る、そんな声。
「何を仰られますか、北政所様……いえ、おっか様。当然の事に御座いまする。正直申し上げますと………助かりました。」
寧々たちの顔を見て、三成は安心したのか緊張の糸が切れたのか、涙目になってしまった。
「すまんなぁ、佐吉よ。藤吉郎が女狂いなばっかりにおみゃあや虎之助たちには苦労ばっかさせてよぉ。
……でも、私らが来たからにはもう安心しやぁ。
ふふふ……女の戦ってもんを、馬鹿共に見せつけちゃるわぁ……。」
三成は智の笑みに身震いした。
そんな三成に、旭はそっと声を掛ける。
「佐吉。早速やけど、兄様は城奥か?」
「はい。此方に御座いまする。」
三成の案内で寧々たちは淀城の奥座敷へと向かう。
(寧々様たちが来てくれたって事は……これ、本気やわ。)
淀城に来てから、胸につかえていた何かが、スッと消えたような気がした。




