話し合いの準備をします(物理の方ね)
部屋に通されると、茶と菓子が振る舞われた。
再従弟であり、甥同然の清正を前にして、思わず素に戻りそうになる旭だが、清正は今、謹慎中だ。
秀吉の息のかかった者に見張られている可能性もある。
旭はあくまで『旭の女房・大蔵』として、清正と向き合う。
「主計頭様。此度のこと、御台様はひどく気を揉まれておられます。」
「御台様が……。」
「御台様は、再従弟であらせられる貴方様のことを、甥……いえ、息子同然だと仰せでした。」
「……旭姉にも、申し訳ないわ。」
「何故、淀の方様に……あのようなことを?」
清正は深く息を吐いた。
「……はぁ。淀の方を娶られてから……いや、拾丸様をご懐妊されてから、殿下は変わった。」
その声には、抑えきれない苛立ちと失望が滲んでいた。
「あれほど、世のため、人のためと働いていた御人なのに……。
淀の方の前では女狂いに拍車が掛かったように、周りが見えておらぬ。
まるで……淀城の中だけが全てだと言わんばかりの御姿なのです。」
(今すぐ兄様の息の根止めに行ったろか。)
旭は内心の物騒な思考を押し込みつつ、茶を啜る。
「まだまだやるべきことがあるというのに……。淀の方と拾丸君に現を抜かし……。
天下人ゆえ、多少の息抜きは必要と理解しておりましたが……此度のことは度を越しております。」
(それは……確かに。)
「このままでは、と思うと居ても立ってもいられず……このザマにござる。」
清正は自嘲気味に笑う。
「俺の謹慎に抗議した市松と紀之介……福島正則と大谷吉継も、殿下への謁見を暫し止められたと聞きます。
佐吉……石田三成は、あえて何も言わず今まで通り殿下のお側に居るそうですが……。
あいつ一人に負担を背負わせるわけにはいきませぬ。」
(市松と紀之介もか……。佐吉は昔から我慢強いけど、このままやと潰れるで……。)
清正はさらに言葉を続ける。
「先の室町の御所様……道休様が、かつて申されておりました。
『あれは男を滅ぼす類だ』と。その言葉が、どうにも頭から離れぬのです。」
茶を一気にあおる。
「淀の方に関われば、殿下は殿下でなくなるのではないかと……。
今の殿下は、まさに――」
言葉を切った清正の顔は、ひどく疲れていた。
「主計頭様……。」
旭は静かに口を開く。
「このようなことを申し上げるのは差し出がましいかもしれませぬが……。
ここは、義姉……いえ、北政所様や大政所様にお縋りになるのは如何でしょう?」
「おっか様とババ様に……?」
清正はわずかに目を伏せる。
「……いや。このようなことで、お頼りするわけには……。」
「北政所様にとって、貴方様たちは息子同然。
大政所様にとっても、皆様は孫のような存在……と、御台様は申されておりました。」
旭は柔らかく、しかし確かに言い切る。
「息子や孫に頼られれば、親として何かしてやりたいと思うものです。それは御台様も同じ。
治部様にこれ以上の負担を掛けられぬとお思いなら……なおのこと。」
「……。」
「治部様はきっと、貴方様たちを信じて待っておられます。」
「……うむ。」
清正はそれきり黙り込み、腕を組んで考え込んだ。
旭は難しい顔のまま、伏見城へと戻った。
着替える間もなく、その足で寧々や於孝たちの元へ向かう。
「ただいま戻りまして御座います。」
「旭殿、ご苦労やったわね。」
「御台様、主計頭様のご様子はいかがでしたか?」
「思ったより元気そうやったけど……やっぱり気落ちはしとる。」
旭は、加藤邸で清正から聞いた話を寧々に伝えた。
「そうね……。最近のあの人、どこか可笑しいんよ。
ここは義母上様にお頼みした方がええかしら……でも義母上様、近頃はお身体が優れんようで。」
「そうですね。母様も何やかんや言うてもうええお歳やから……。
……あ!小一郎兄様はどうでしょう?」
「イスパニアとの和睦交渉で、それどころやない。」
「ああ……。治兵衛はどうでしょうか?」
「この間、小吉らと一緒に淀城まで説得に行ったらしいんやけど、門前払い食らったってボヤいとったわ。
城の門に大筒を打ち込んだ方が良かったか?って……。」
「それはまた物騒な……。」
寧々は小さく息を吐く。
「でも、このままではアカンと思うてるんよ。
佐吉や小一郎殿、治兵衛の胃に穴が空くのが先か、暴れるのが先か分からんし……。」
「……。」
「私と竜子さんで、何度か淀城に文を送ってるんやけど……全部無視されとるん。
竜子さんがいつ怒鳴り込みに行くか分からんわ……。」
一拍置いて、寧々は顔を上げた。
「やっぱり、その前に私が直接行った方が良さそうね。」
「兄様も、正妻である義姉上様を流石に蔑ろには出来ないでしょう。
義姉上様、私も一緒に行きます!」
「え?」
「お役に立てるか分からんけど、淀殿の乳母殿や侍女らを押さえ込むくらいは出来ると思うん!」
「北政所様。御台様の仰る通りかと存じます。
徳川正妻、太閤殿下の実妹であらせられる御台様に対して、彼方も軽々しく手出しは出来ますまい。」
一拍。
「……よほどの阿呆か命知らずか、世間知らずでない限りは!!」
「於孝……残念ながら、その全部が彼方には当てはまるんよ……。う〜ん……。」
寧々が腕を組み、考え込んだ。
「安心しやぁ!寧々さ!私も一緒に行くで!」
廊下の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。
「……義姉上様!?」
「姉様!?」
「まぁ……お智様……。」
現れたのは、腕を組んで仁王立ちする長姉・智だった。
「久しぶりやな、旭。元気そうやね!」
「うん、久しぶり……って、ちゃうやろ!?
姉様、なんで伏見におるん!?大坂城におるんやなかったの?」
「小一郎たちが今にも倒れそうでな。
藤吉郎をええ加減引き摺り出そう思うて、淀へ向かっとったんやけどねぇ……。」
智はニヤリと笑う。
「どうせなら、味方は多い方がええやろ?」
「……そうですわね。」
寧々の表情が引き締まる。
「義姉上様と旭殿が居てくれるなら、心強いわ。
――早速、準備をしましょう。」
寧々は声を張る。
「孝蔵主!おるか!」
「はい、北政所様。」
控えの間から、孝蔵主がすぐさま姿を現した。
「私たちは淀城へ向かいます。手配を。
私が城を空ける間は、留守を頼みましたよ。」
「ははっ!」




