主計頭様、それ今言うたらあかんやつ
萩乃の報告を要約すると、こうだ。
まず。拾丸誕生の後、秀吉は淀城に滞在していた。
本来であれば頃合いを見て伏見城へ移る予定だったが、淀殿に泣き付かれ、あっさり延期。
石田三成や福島正則ら家臣の説得により、ようやく移動の日取りが決まる。
しかし、当日になっても、秀吉は一向に動かない。再び、淀殿に泣き付かれたからだ。
さらに、淀殿の乳母や女房たちが結託し、城奥への出入りを制限。
(完全に囲い込んでるわね……。)
ようやく秀吉が動こうとした頃には——『殿下が伏見へ行かれるなら自害する!お願い!一人にしないで!』と、淀殿が騒ぎ出し、またも延期。
ここで遂に、清正がキレた。
槍を持って城奥に乗り込み、言い訳を重ねる秀吉をとっ捕まえ、そのまま伏見へ連れて行こうとしたのだが、『殿下を離してくれないなら、今ここで自害する!』と、淀殿が再び騒ぐ。
これに対し、清正は一喝した。
「死ぬつもりもないくせに、自害などと軽々しく申すな!
貴女は拾丸様の母であろう!もっとしっかりなされよ!」
——正論である。だが当然、火に油である。
「加藤様……酷いわ……。」
淀殿は泣き出し、それを見た秀吉が今度は清正を責める。
「虎!斎に謝らんか!」
しかし清正も引かない。
「ホンマの事じゃあらせんか!!ホンマに死ぬ気があるなら、とっくに死んどるわ!
見てみぃや殿下!これのどこが死ぬ気に見える!?」
言ってることは、間違っていない。
間違ってないのだが、言い方が最悪である。
そのまま売り言葉に買い言葉。
騒ぎを聞きつけた、片桐且元や長束正家らが止めに入るも、事態は収まらない。
ついに秀吉が怒鳴った。
「おみゃあは謹慎じゃ!頭冷やしてこいっ!」
清正も負けじと吐き捨てる。
「上等じゃあ!謹慎でも何でもしたる!」
そのまま淀を去り、伏見まで馬で一気に駆け抜けて、新設された加藤邸へ引き籠もった。
「……はぁ〜……。」
話を聞き終え、旭は額を押さえた。
「元を辿れば兄様が悪いんやけど……。虎之助も、なんちゅうか……。」
(とんだとばっちりね、加藤殿……。)
茶々は内心で、深く同情した。
「虎之助の様子を見に行きたいんやけど……。でも、私が此処を離れる訳にはいかんし……。」
「旭様。留守は茶々が預かりますので。」
「ええの?」
「はい。萩乃、手筈を整えよ。くれぐれも内密にな。」
「はっ!」
萩乃は一礼し、部屋を出て行った。
「伏見には徳川の新しい屋敷があります。まずはそちらに入ることになりましょう。」
「そうやね。伏見には西郡殿が近々入る言うてたけど……。
その前に様子見るくらい、ええわよね。」
西郡殿。徳川家の側室であり、督姫の生母。
浜松城で家康の庶子たちの養育を担っていた女性である。
(ここに来て、ようやく登場か……。)
清正が謹慎処分を受けてから、三週間余り。
旭は『伏見城の義姉上と鶴松のご機嫌伺い』という名目で、伏見へと向かった。
伏見に到着した一行は、まず城下に新設された徳川邸へ入る。
「御台様、お待ちしておりました。」
出迎えたのは、於孝だった。
本来は阿茶局と共に江戸城の留守を預かっているはずの人物である。
「於孝、よう来てくれたわね。
すまんね、わざわざ江戸から。遠かったやろ。」
「何のこれしき。私は御台様の女房にございます。
それから、お茶々様から……ごほん、箕輪様と阿茶様より『御台様を頼む』と仰せつかりました。」
「そうか〜。於孝が居てくれるんなら心強いわ。」
「御台様、お疲れでございましょう。今宵はお早めにお休み下さい。
明日、昼頃には北政所様と鶴松様への謁見にございまする。」
「そやね……そうさせてもらうわ。
自分ではまだまだ若いつもりなんやけど、やっぱり歳やね〜。」
翌日。
於孝と、侍女の八重・お桐を伴い、旭は伏見城へ登城した。
建前の挨拶を済ませると、旭は『影武者』を買って出てくれた於孝と入れ替わる。
於孝と衣を交換し、髪を簡素に結い直し、化粧を落とす。
今の旭は、どこからどう見ても一介の女房。
御台様本人だと見抜ける者はいない。
そのまま、城下の加藤邸へ向かう。
事前に寧々から話が通っていたのか、門前で止められることもなく、すんなりと中へ通された。
「大蔵様、こちらにございまする。」
案内したのは、加藤家の小姓。
“大蔵”。それが、今の於孝の女房名である。
『於孝』になりきっている旭は、そのまま屋敷の奥へと進む。
「殿。江戸の御台様の女房、大蔵様が御挨拶にとお越しになりました。」
清正に小姓が声をかけた。
庭で鍛錬をしていた清正は、首に掛けた手拭いで汗を拭いながら振り返る。
槍を家臣に預けるとそのまま歩み寄り、膝をつき、深く頭を下げた。
「よくぞお越し下さいました。お久しゅうございまする、大蔵様。」
「お久しぶりにございまする、主計頭様。
此度は御台様の名代として参りました。
突然押しかけました御無礼、お許しくださいませ。」
「何の何の。……御台様はいかほどに。」
「……つつがなくお過ごしにございます。
近くに居るのに、あの子に会えないなどと、嘆いておいででした。」
「左様にございますか……。」
一瞬、清正の表情が曇る。
「申し訳ございませぬ。これでも謹慎の身にございまする故……。」
そして、すぐに顔を上げた。
「大蔵様。折角お越し下さいました。
茶の一杯、馳走いたしたく存じまする。」
「では……遠慮なく頂戴いたします。」




