豊臣の命、織田の血
※ここから3話は、豊臣家側の視点から描かれる話です。
聚楽第・本丸御殿の大広間。
尾張で人買いに捕らえられ、南蛮へ売られる寸前だった少女が、堺商人・雷蔵配下の化粧係によって保護された。
雷蔵より報を聞き終えた秀吉は、額に手を当てて深く……とても深く溜め息を吐いた。
それは、側に控える秀次も同じだった。
(よりよもよって……。)
空気は完全に凍り付いている。
長い沈黙の後、ようやく秀吉が顔を上げた。
「……誰ぞ。」
控えの間から、小姓が出てきた。
石田治部少輔三成と、大谷刑部大輔吉継を呼んでくるように命じた。
暫くして、やって来た三成と吉継に秀吉は事のあらましを説明。
そして、告げた。
「三成、三介呼んでこい。抵抗するようなら、引き摺り出せ。
それから取り調べを。尾張で起こっとるんや、知らぬ存ぜぬでは済まんぞ。」
「はっ。」
「吉継、すべて洗い出せ。関わった者一人残らずな……。人を使うても構わん。」
「御意。」
そして、秀次へと目線を向ける。
「秀信は……"保護"しろ。」
秀次は頭を下げる。
「急ぎます。」
秀吉はゆっくりと頷いた。
「織田の御屋形様の血……あのたわけのせいで、絶やす訳にはいかん。」
***
秀次は三成たちと共に、聚楽第城下の織田邸へと向かった。
「俺は秀信様を。」
「はい。」
「あの人、間違いなくお前たちを見下してくるやろ。やけど、気にすんな。自分の御用に専念しろ。」
「はい。」
「承知致しました。」
信雄の元へ向かう三成と吉継の背中を見送り、秀次はそのまま秀信の住居へと向かう。
女房や家臣らは慌てて秀次を止めた。
「関白殿下の命である。それでも邪魔立てすると申すのならば、容赦せぬぞ。」
秀次は冷たくそう言い放った。
「中将様。」
呼ばれて顔を上げると、織田長益が幼い男の子の手を引いて、こちらに向かって歩いてくる。
織田信長の嫡孫・織田秀信だ。
「……源五郎様。」
長益は秀次の前に立ち止まり、そっと秀信の背中を押す。
「この子を、頼みます。」
秀信は不安そうな顔をして、長益と秀次を交互に見る。
「大叔父上……。」
長益はふっと優しく笑い掛ける。
「事が落ち着くまで、秀次様の元に居れ。」
秀信は不安そうに顔を伏せる。
秀次は膝を折り、秀信と目線を合わせる。
「怖がらんでええ。お前は悪くない。」
ハッキリとそう告げた。
秀信はようやく顔を上げて、小さく頷いた。
***
秀信の手を引き、信雄の元へと向かうと、怒声が響いていた。
(やっぱりな……。)
秀次は肩をすくめる。
秀信はぎゅっと秀次の手を握ると、秀次は立ち止まり、秀信を安心させるように笑みを向ける。
「……気にするな。お前には関係ないことや。」
「……はい。」
気を取り直して、秀次は部屋へと向かう。
「貴様、誰に口を聞いておるか!?サルの子飼いの分際で!!」
信雄が三成を殴り、更に蹴り飛ばしている場面に遭遇した。
(……ほんまに、この人は……。)
秀信はビクッと肩を震わせ、秀次の後ろに隠れてしまった。
秀次は秀信を庇うようにして、静かに口を開いた。
「内府様。」
信雄が血走った眼で、秀次を睨みつけた。
しかし、その後ろに秀信が隠れているのを見て、顔の血の気が引く。
「秀信様はこちらでお預かりいたします。
……関白殿下のご意向にござりまする。」
静かに、しかし冷たく告げると、信雄が膝から崩れ落ちた。
三成は何事も無かったかのように起き上がる。
「内府様、参りましょう。関白殿下の命にございます。」
この声に、一切の感情は無かった。




