逃げ出した少女、そして暴かれた闇
※本話には、残虐な行為や描写が含まれております。
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ご自身の判断でお読みください。
「そのバテレンや南蛮商人たちが……人としてやってはならぬ事を?」
五徳は、静かに言った。
「……彼らの言う“神の教え”とは、一体何なのでしょうね。」
その言葉に、誰もすぐには答えられなかった。
――神に仕える者が、裏で人を売る。
その矛盾は、あまりにも醜い。
(……何度聞いても、気分が悪い。)
茶々は胸の内で吐き捨てる。
(信仰が違うだけで“邪教徒”扱い……。
だから何をしてもいい、なんて理屈が通るわけないやろ。)
既に海の向こうへ連れて行かれた女子供たち。
見知らぬ土地で、言葉も通じず、どんな思いでいるのか。
想像するだけで、胸が締め付けられる。
「……阿茶局様。」
茶々は、視線を上げた。
「その件と三介様の改易は、どう関わるのですか?」
阿茶局が視線を伏せる。
それを見て、茶々の背中にヒヤリとしたモノが走った。
「まさか……見て見ぬふりを?」
「……箕輪様。」
阿茶局の声が、わずかに低くなる。
「その“まさか”でございます。」
空気が、凍りついた。
「三介様は……領内で行われていた人買いを、知っておりました。」
「……っ!!」
「にも関わらず、止めなかったのです。」
茶々のこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。
(あんのバカ従兄ぉぉーー!!何やってんだぁぁぁーー!!
織田の名に泥塗るどころが、ズタズタに切り裂いてんじゃねぇかっ!!)
だが、それでも尚、どこかで思う。
「……ですが、それでも改易や遠流は……いくらなんでも重過ぎませんか?」
その考えを、阿茶局が断ち切る。
「徳川配下の伊賀衆から、報告が入りました。」
一拍。
「三介様は……その……"人買いは儲かる”と、知ってしまわれたのです。」
「……は?」
空気が、完全に止まる。
「まさか……。」
五徳の声が震える。
「兄は……関わったのですか?」
阿茶局は、ゆっくりと頷いた。それだけで、十分だった。
「――阿呆じゃ……。」
五徳の拳が震える。
「阿呆じゃとは思うていたが……ここまでとは……。」
歯を食いしばる音が、はっきりと聞こえた。
血が滲みそうなほど、拳を強く握り締めていたが、旭が五徳の手を解き静かに口を開く。
「五徳殿。気持ちは分かります。
ですが、三介様は当然の報いを受けたのです。」
「……はい。」
五徳は、低く吐き捨てる。
「本来なら、打首でも磔でもおかしくない。
それを改易と遠流で済ませたのは……殿下の、最後の情けでしょうね。」
「そうやろね。」
旭が、短く答える。
「兄様にとっては、総見院様のご子息や。……情けをかけたんやろう。」
そして、ふっと笑う。
「私やったら、その場で手打ちにしてるやろうな。」
誰も、それを冗談とは受け取らなかった。
「……ですが。」
茶々は、ふと疑問を口にする。
「その事、どうやって露見したのです?」
阿茶局は、静かに答えた。
「……逃げ出したのです。」
「え?」
「囚われていた、年端もいかぬ女子が一人。命からがら、堺から。」
「……!」
「堺商人の雷蔵殿配下の化粧係が、廓にて保護したそうです。」
すべてが、一本に繋がる。偶然ではない。必然だった。
「そこから……全てが明るみに出た、という訳です。」
奴隷として売られるはずだった少女が、命からがら逃げ出した――。
『様子のおかしな女子を保護した』と廓に遣わしている部下から報が届いた。
雷蔵はすぐさま廓に向かって、少女から話を聞いた。
少女は雷蔵を見て、酷く怯えた。
しかし、時間を掛けてゆっくりと粘り強く警戒を解き、少女は全てを雷蔵に話した。
攫われた経緯、船に乗せられそうになった所で命かながらに逃げ出した事、そして、廓に流れ着くまでの道筋、その全てを話した。
雷蔵は事の重大さを悟るや否や、すぐさま早馬で京都へと駆けた。
聚楽第にて秀吉に謁見し、すべてを報告。
それを聞いた秀吉は、当然激怒。
織田信雄を屋敷から引き摺り出し、石田三成らに命じて厳しく追及させる。
さらに大谷吉継を中心に、徹底した調査が行われた。
当初、信雄は口を割らず、しらばっくれた。
『サルの子飼いの分際で!何を偉そうに!!無礼者がっ!!知らぬものは知らぬ!!』
取り調べを担当した三成にそう吐き捨てた。
そして、痺れを切らした秀吉自らが取り調べに入り、厳しく尋問をした末に、信雄は自白した。
その供述と調査によって、南蛮商人、バテレン、堺や京の商人、さらには廓の女衒に至るまで、関与した者は全て捕らえられた。
「……三介様のご家族は、どうなったのですか?」
茶々の問いに、わずかな沈黙が落ちる。
「北の方様が……」
阿茶局は、静かに口を開いた。
「御嫡男と姫君を伴い……自害なされたと、聞いております。」
「……そう、ですか……。」
空気が、重く沈む。
「側室とその御子息たちは……如何……。」
「……織田源五郎様が、内々に。」
それ以上の言葉は、必要なかった。
(……“処理”した、という事ね。源五郎叔父上も、やはり織田の御方ね。)
茶々は、胸の奥で呟く。
「捕らえられた者たちは……?」
五徳の声は、低かった。旭と阿茶局が、顔を曇らせる。
「……見せしめとして。」
阿茶局は、言葉を選びながら続けた。
「織田家臣の一部は、洛中にて引き回しの後、六条河原にて、斬首となりました。
首は……そのまま晒されたそうです。」
「……。」
「商人や女衒らも、同様に厳罰に処されました。」
阿茶局は一度、息を大きく吐いて続ける。
「鼻と耳を削がれて、そのまま大坂で市中引き回し。
その後は………。」
阿茶局は一瞬、言葉に詰まった。
「小屋に押し込まれて…そのまま焼き殺されたり、野犬に襲わせて喰い殺された者、逆さ磔にされた者も……。」
五徳は目を伏せて、打掛の袖で鼻と口を覆う。
"豊臣秀吉"という男の残忍さを物語っている。
あの男は、徹底的にやる。
世の人々への、見せしめとして……。
「南蛮商人やバテレンについては……」
阿茶局が遂に言葉に詰まり、何も言えなくなった。
代わりに、旭が引き取る。
「堺で、火刑になったそうや。」
一瞬、誰も言葉を発さなかった。
「……信仰を逆手に取った、という事やろうね。
キリシタンは荼毘を忌み嫌っとるからね。」
旭の声は、冷えていた。
「兄様は、その辺りもよう分かっとる。」
焼かれ、晒され、そして跡形もなく消される。
それが、今回の“終わり方”だった。
(……地獄、やな。)
茶々は、静かに目を伏せる。
遠く離れた関東にいながらも、その光景と血の匂いが容易に想像できてしまう。
断末魔、怒号。そして、焼ける匂い。
(……これが、終わりじゃない。)
むしろ、始まりだ。
「……これから、畿内はもっと血が流れるやろな。」
旭の言葉に、誰も否定できなかった。
(寧々様、竜子姉様……。)
上方にいる人々の顔が、脳裏に浮かぶ。
(どうか……巻き込まれませんように。)
茶々は、そっと拳を握りしめた。
(……なるほど。)
ふと、気付く。
(甲賀や伊賀からの報告が遅れている理由……これか。)
近くにいればいるほど、目を背けたくなる光景だったのだろう。




