天下統一、その裏で
時はさらに流れ――天正二十年四月。
……えー、改めまして。
井伊直政の正室、茶々にございまする。
そして――
私が抱っこしている赤子を巡って争っている、長女・政姫。 長男・虎松。 そして、次男・万次郎。 それを必死に宥めている側室・杏。
――はい、状況カオス。
……なんて軽く言ってる場合じゃないのよ。
この二年、ほんまに色々ありすぎて。
情報量多すぎて、思考回路ショート寸前なんだけど?
ちょっと聞いて?ほんまに。
***
まず、旦那様に側室を迎えさせようとした、私の作戦。まぁ、ご覧の通り見事に失敗。
頑なに「側室は要らぬ」と言われて、一旦保留。
で、その後どうなったかというと――私、また妊娠しました。(なんでかな?)
天正十九年の夏に、次男・万次郎を出産。
(この子には、いずれ浅井を……)
その悲願は、ひとまず胸の内に留めておく。
……で、ここからが問題。
あんなに側室拒否してた旦那様が『やっぱり側室、迎えようかな』とか言い出したのよ。
は??ってなるやん。
於軽殿も含めて三人で話し合いした結果、杏を井伊家の側室として迎えることになった。
理由?
たぶん、これ。
私の妊娠が分かった直後。
虎松が風邪こじらせて、しばらく寝込んだのよ。(今は元気だけど。腕白すぎるぐらいにね。)
あの時、中々熱が下がらず気を揉んだ。
その時、何か思うところがあったんでしょうね。
それから、お政と虎松が毎日お腹撫でてくるの見て、「兄弟は多い方が良いか」ってなったっぽい。
杏を側室に迎えた頃は、お政と虎松はよく杏の後ろを並んで歩いた。
ペンギンみたいで可愛かった……。
そして、先月。杏は男の子を出産、弁之助と名付けた。
で、今どうなってるかというと。
・政姫「抱っこしたい!」
・虎松「とらも!」
・万次郎「(赤ちゃんなのに参戦)」
……地獄かな?杏と二人で、毎日てんやわんや。
そんな井伊家のドタバタの裏で、世の中も大きく動いていた。
聚楽第行幸後に九州征伐、更に本能寺の変で中止になっていた四国征伐。
よくよく考えたらさ……。
聚楽第行幸って九州征伐と四国征伐の後じゃなかった?
……って、今更言ったところで、そうなってんだから仕方がない。
聚楽第行幸に私も参加したし、なんなら今は徳川方。
『ズレてる!』『史実と違う!』なんて言うのは、ナンセンスってもんでしょ?
ちょっと脱線しちゃったけど、話を戻すわね。
そして、天正十八年。豊臣秀吉による、小田原征伐が始まる。
ただし、ここで一つ。正史とは違う点があった。
後北条家が、内部分裂していたのだ。
徹底抗戦を主張する北条氏政、和睦を望む嫡男・北条氏直。
親子で意見が割れ、関東勢はまとまりを欠いた。
結果、関東の覇者・後北条氏は、あっけなく滅亡。
氏政は責を負い切腹。氏直は豊臣に降るも、高野山へ送られ謹慎処分となる。
そして、氏直の正室であり我が主人・家康公の次女・督姫様。彼女は三人の子を連れ、夫と共に高野山へ向かった。
離縁の話も出たらしいんだけども、それを強く拒んだそうだ。……強い人やな、と素直に思う。
小田原征伐を経て、奥州の伊達・最上も豊臣へ恭順。
――こうして、天下は一つに収まった。
名実ともに、豊臣秀吉による天下統一である。
その最中――天正十八年六月。
秀吉の側室・香の方が男子を出産した。
名は、幸松丸。
いずれは兄・鶴松を支え、豊臣を担う存在として、大切に育てられるはずだった。
………しかし、翌年の天正十九年二月。
幸松丸は、一歳にも満たぬままこの世を去る。
もともと身体が弱かったとはいえ、あまりにも早すぎる死だった。
子を失った香の方はにわかに正気を失い、四十九日を迎える前に、幼い我が子を追い、自ら命を絶った。
愛する子と、寵愛していた側室。
二つを同時に失った秀吉の悲しみは、計り知れない。
……ただ、この一連の出来事。どうやら、裏があるらしい。
香の方の見舞いに訪れた、阿波の姫君。
その後から、様子がおかしくなったという。
そして――四十九日前。何かが決定打となった。
(……やっぱり、か。)
かつて、足利義昭改め道休様が言っていた。
「人を惑わし、いずれ滅ぼす類」
あの言葉が、頭をよぎる。
(……豊臣を壊すのは、あの人かもしれない。)
正直に言えば。豊臣がどうなろうと、知ったことではない。
けれど――お初、お江。 寧々様。 竜子姉様。そして、ババ様。
大切な人たちが巻き込まれるなら――話は別だ。
その時は、黙っているつもりはない。どんな手を使ってでも、あの人たちに指一本触れさせない。
……ちなみに。なんでこんな内情を知ってるのかって?
簡単な話よ。萩乃を通して、甲賀と伊賀に探らせてるから。
本来の目的は、あの人たちを守るため。……だったんだけど。
(まさか、ここまで持ってくるとはね。)
諜報能力、高すぎでしょ。
さてと……暗い話はこの辺にしとこか。
めでたい話も、ちゃんとある。
天正十八年。
岡崎の三郎様と五徳様の長女、登久姫が信濃の名家・小笠原家へ輿入れ。
さらに翌年。次女・熊姫は、本多家へ嫁いだ。
登久姫の時は――まぁ大変だったらしい。
小笠原家はかつて武田に敗れ、各地を流転。
だが、今川や武田の混乱を突いて信濃を奪還。
一時は徳川と敵対していたが、北条牽制も兼ねての縁組となった。
……が!!三郎様、溺愛する長女の嫁入りに大反対。
出発を遅らせるわ、駄々をこねるわ……。
最終的に、五徳様と安土の義伯母上に叱られたらしい。
(……想像つくわ。)
その反省もあってか。次女・熊姫の時は「せめて目の届くところに」と殿や旭様に泣きつき、本多家との縁談が整えられたのだとか。
……親心、やね。
――そういえば、これも後出しになるけれど。
大坂に残っていた妹・お江と、秀康殿が結婚した。小田原征伐の後のことだ。
長い婚約期間を経た二人は、いわゆる「夫婦」というより、どちらかといえば『同志』のような関係らしい。それでも、仲は悪くないと聞く。
(まぁ、あの二人なら大丈夫やろ。)
だが、その直後。鶴松誕生を境に、状況は一変する。
秀吉の養子たちは、まるで用済みとばかりに次々と他家へ出された。
寧々様や竜子姉様が怒ったというのも、無理はない。(そりゃ、私でも怒るわ。)
そして当然、秀康殿も例外ではなかった。
秀康殿は関東の名門・結城家へ養子入りし、家督を継ぐことになる。
お江も共に移り、二人は“結城家の夫婦”となった。
理由は――血筋。
秀康殿は、遠縁ながら結城の血を引いているらしい。
……とはいえその経緯が……まぁややこしい。
母・於万様の父方のさらに先。高祖母の母が、結城家の庶出の娘。つまり、かなり遠い。
(それで通るんや……。つか、結城秀康が結城家の遠縁って史実とは違うよな?…………分からん。またバグが発生したんかな。)
とはいえ、結城家には跡継ぎとなる男子がいなかった。
苦肉の策、というのは一目瞭然だった。
そしてこの頃、徳川にも大きな転機が訪れる。
関東への転封。石高は一気に百数十万石から、二百四十万石へ。規模が桁違いになった。
広大な関東を治めるため、殿は家臣たちへ領地を分配していく。
当然、岡崎松平家の三郎様も例外ではなく……。
「いつか必ず岡崎に戻る!」と鼻息荒くして、相模・小田原へ二十四万石で入封した。
(ほんま、分かりやすい人やわ……。)
我ら井伊家はというと――奥州の抑えとして、上野国・箕輪に十万石。(正史よりちょっと減ってるけど……まぁ誤差だよ、誤差。)
こうして、徳川家臣団は関東へと散っていった。
その結果、私は箕輪へ。旭様と阿茶局様は江戸へ、離れることになった。
箕輪へ発つ前に、旭様に挨拶へ伺った時のことを、今でも覚えている。
「離れていても、お茶々は私と殿の養女。そして、私の女房や。」
あの言葉に、どれほど救われたか分からない。
……それにしても。旭様は正史では、天正十八年に亡くなるはずではあるが。こっちでは、風邪ひとつ引かずにピンピンしてる。
(やっぱり人間、ストレスフリーが一番よね。)
***
「ああー!!万次郎様っ!危ないですっ!!」
杏の悲鳴に、我に返る。
「どうしたの?」
「も、申し訳ございません……!弁之助が、万次郎様の指を……!」
見れば、弁之助がしっかりと万次郎の指を咥えている。
「あーあ……こらこら、弁之助。兄上の指を食べてはなりませんよ。」
弁之助の頬を指で軽く摘む。その隙に杏が万次郎を引き剥がした。
当の本人は、杏に引き剥がされて不満そうに「ぶーぶー」と腕の中で抗議中。
「……元気やねぇ。」
よしよし、とあやした瞬間。
「ははうえ!政も抱っこしたい!」
「とらも!」
今度はお政と虎松が突撃してくる。
「こらこら、引っ張らないの!弁之助が可哀想でしょ!」
その騒ぎに、万次郎まで身をよじって参戦しようとする。
(……なんでこの子ら、こんな元気なん?)
毎日これ。ほんまに毎日これ。
「姫様方、そろそろお昼寝の刻ですよ。」
杏が、救世主のように割って入る。
「万次郎様も眠そうですし、皆で休みましょう。」
お政と虎松が並び、 万次郎と弁之助も寝かしつけられ。
ようやく、静寂が訪れた。
「御方様、寝かしつけは私が。」
「……お願い。(あぁ〜……助かった……。)」
自室に戻り、帳簿を手に取る。
(あぁーー……疲れた。でも、これでやっと一息出来るわ。)
四人の子育て。乳母や侍女の手があっても、普通に大変。
(これ、ワンオペやったら地獄やで……。)
現代のお母さん達、ほんま尊敬する。
……なんて考えながら、ようやく仕事に取りかかろうと、帳簿を手にしたその時。
「御方様ぁぁぁ!!一大事でございます!!」
廊下から、ものすごい勢いで萩乃が飛び込んできた。
「ちょ、どうしたの?!」
「お、織田の……三介様が……!」
(あ、これアカンやつや。)
直感で分かる。
「関白殿下の勘気に触れ――改易、そして遠流を申し付けられたと!!」
「………………は?」
一瞬、思考が止まる。
「…………はぁぁぁ!?」
誰が?あの?何やらかしたんだよ!!あのバカ従兄ぉぉぉぉおおおお!!




