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人生五度目。浅井茶々は遂に開き直った〜今度こそ、生き残らせてもらいます!〜  作者: 奈羅
第四章 井伊家、毎日が戦場。そして、世の中も戦の予感
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茶々、浅井家再興を目論む

その日の夜。


政姫と虎松を寝かしつけた茶々のもとに、直政が現れた。


「旦那様。」


「お茶々、話がある。」


真剣な声音だった。


茶々は、ちょうど話していた若い女中に目を向ける。


「隣で待っていなさい。」


「はい。」


女中が去るのを見届けてから、直政は茶々の前に腰を下ろした。


「……先ほどの娘は。」


一拍。


「俺の側室候補、ということか?」


「はい。」


茶々は迷いなく答える。


「馬屋預・印具徳右衛門(いんぐとくえもん)の娘、杏(あん)にございます。

十九になったばかりで、今は行儀見習いとして私に仕えさせております。」


少しだけ口元を緩めた。


「中々に器量の良い子でしょう?」


「……ああ。」


直政は頷く。


「確かに、美人だ。」


「でしょう?あの子ならきっと――」


「お茶々よ。」


茶々の言葉を遮り、その肩にそっと手を置く。


「私は、側室は要らぬと申しておる。」


静かな声だったが、揺るがない。


「今も、その考えは変わらぬ。」


茶々は、真っ直ぐに見返す。


「お茶々は、すでに二人の子を産んでくれた。

井伊にとって、何にも代え難い子だ。」


一拍。


「それに……其方はまだ若い。」


「ですが。」


即座に返す。


「私一人で産める子の数には限りがございます。」


茶々は一歩も引く様子がない。

直政は正直、逃げ出したくなったが、昼間の忠勝と康政の言葉を思い出し、踏み止まる。


ここで逃げたら、また同じだ。


「一人でも多く、井伊の血を引く子を――」


「分かっておる。」


直政が言葉を被せた。


「その儀に関しては……小平太様や平八郎様にも言われた。」


苦笑しながら、続けた。


「正室の務め、家の繁栄、存続……すべて承知しておる。……だがな。」


まっすぐに、茶々を見る。


「私の“妻”は、其方だけで十分だ。」


「……。」


茶々は、わずかに息を吐いた。


「側室を置いておらぬ方もおるぞ。

ならば、俺もそう在ればよい。」


茶々は僅かに目を伏せ、静かな声で告げた。


「……旦那様には、男のご兄弟がいらっしゃいませぬ。それに、井伊の一門も……。」


「姉上はおるし、姪もおる。」


「でも、万が一に、お政と虎松に何かあったら……。」


「それでもだ。」


きっぱりと、言い切る。


「俺に側室は不要だ。」


部屋に沈黙が落ちる。


茶々は、じっと直政を見つめる。


「……それでも、お許し頂けませんか?」


「何をだ?」


「側室を迎えることを。」


直政の眉が、わずかに寄る。


「……お茶々。」


「実は。」


茶々は、ゆっくりと息を吸った。


「私には、望みがございます。」


「望み?」


「はい。」


茶々のその目に、迷いが一切ない。


「これから私が産む子、あるいは側室が産んだ子に――」


一拍。


「浅井家を、再興させたいのです。」


「……浅井を。」


直政が息を呑む。


「ずっと、考えておりました。」


茶々の瞳は、静かに燃えていた。


「浅井の血を引く者として。浅井の家を、絶やしたままにはしたくない。

もし、私が子を産めぬなら。側室の子を、正室である私が育てる。」


一拍。


「その子に、浅井を継がせる。――我ら三姉妹の悲願なのです。」


部屋の空気が、変わった。


(……我が妻は、そんなことを考えていたのか。)


直政は、しばし黙り込んだ。

やがて、大きく息を吐き、茶々を見つめる。


「……お茶々の考えは分かった。じゃが、おれは側室を置かぬ、という気持ちは変わらぬ。」


はっきりとした拒絶だった。


「……そうですか。」


茶々もまた、淡々と返す。


「焦らずともよいではないか。」


「後々に、ということですか?」


「まぁ……その時はその時だ。」


直政は肩の力を抜く。


「この先どうなるかなど、誰にも分からぬ。」


(……一旦、保留、ということか。)


茶々は小さく頷いた。


「……分かりました。」


それ以上は食い下がらなかった。

茶々は立ち上がり、隣の部屋へ向かう。


「杏。今日はもう下がりなさい。」


「はい。」


杏は深く頭を下げ、部屋を後にした。


***


部屋に戻ると、同僚たちがまだ起きていた。


「どうだった?」


「杏もダメだったか〜。」


「……お菓子、もらった?」


完全にそこが主目的である。


「うん。」


杏は苦笑する。


「御方様から頂いた。……ごめんね、って。」


「そっか〜……旦那様、律儀よねぇ。」


「うん。」


杏は頷く。


「御方様のこと、すごく大切にされてるの、分かった。」


そう言いながら、包みを開く。


「……え?」


目を見開いた。


「これ……金平糖!?」


「「え!?」」


一斉に食いつく。

砂糖が貴重なこの時代、金平糖は一生でお目にかかれないかもしれない、高級品である。


「本当だ!こんな貴重なお菓子……。」


「でも、綺麗よね。キラキラしてる。」


「どうしよう……私なんかが食べていいの……?」


「いいに決まってるわ。御方様が“杏に”ってくれたんでしょ?」


「……うん。」


少し考えてから、杏は顔を上げた。


「みんなで食べよ?」


「「え、いいの!?」」


「こんなに沢山、一人で食べきれないわ。

それに、こんな高級品、一生目にすることもなかったかもしれないし。」


「じゃあ遠慮なく……!」


一粒、口に入れる。


「……おいしい……!」


「甘っ……!なにこれ……!」


小さな歓声が夜の部屋に広がり、杏はその様子を見て、ようやく笑った。


***


翌日、本丸御殿にて。


「兵部。」


直政を呼び止めたのは長丸だった。


「……若様。」


直政が振り返ると、長丸は一瞬だけ顔を顰めたが、直ぐにいつもの表情に戻す。


「今日は、顔色が良いな。」


じっと観察する。

気のせいではない。今日は特段、肌艶が良い。なんなら、ツヤツヤと輝いている。


「目の下のクマも薄くなっている。茶々姉と、仲直りしたのか?」


「仲直り……?」


直政は首を傾げる。


「いや、喧嘩はしておりませぬが。」


「ふーん……。」


長丸はじっと見つめる。


(……茶々姉、今日はこちらに来ないな。)


何かを察した顔だった。


思わず文句の一つも言いたくなったが、ちらりと横に立つ養母の旭を見る。


(……やめておこう。)


すっと目を逸らす。


(養母上、お綺麗なのに怒ると怖いんだよな……。間違いなく拳骨が落ちる……。)


長丸は何事もなかったかのように背筋を伸ばした。


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