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人生五度目。浅井茶々は遂に開き直った〜今度こそ、生き残らせてもらいます!〜  作者: 奈羅
第四章 井伊家、毎日が戦場。そして、世の中も戦の予感
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井伊の赤鬼、妻に精神と胃を殴られる

本多忠勝は、城内の蔵で槍の整理をしていた。


「はぁぁぁ〜……。」


その隣で、井伊直政が帳簿を付けながら、盛大な溜め息を吐く。


一本数えるごとに、ひとつ。


「はぁ……。」


またひとつ。


流石に気になった忠勝は、手を止めて振り返った。


「兵部。先ほどから溜め息ばかり吐いておるぞ。

武具の管理も、我らの務めだ。」


「そ、それは勿論にございます!」


直政は慌てて背筋を伸ばすのだが、顔色は明らかに悪い。


そこへ、榊原康政が歩み寄った。


「兵部。目の下、ひどいぞ。何かあったのか?」


直政の肩に優しく手を置く。


「…………お茶々が……。」


その一言で、空気が変わり、忠勝も寄ってくる。


「どうした?」


「喧嘩でもしたのか?」


「いえ……喧嘩では……。」


直政は俯いた。


「……最近、お茶々の気心が……分からぬのです……。」


ぽろり、と涙がこぼれた。


「おい、兵部!?」


「無理に話さずともよい!」


兄貴分二人は流石に慌てた。


「茶でも飲むか!落ち着け!」


忠勝が小姓に声をかけ、すぐに茶と菓子が運ばれてきた。


三人はその場で一服する。


「ほれ、饅頭だ。」


「甘いものは効くぞ。」


言われるまま、直政は一口食べて、茶をすする。


「……申し訳ございません。

少し、落ち着きました。」


「で、何があった?」


直政はしばし迷った後、二人を見た。


「……笑いませんか?」


「「はぁ?」」


見事に揃った声だった。


直政は茶を一口飲み、覚悟を決めるように息を吐く。


「お茶々が……。」


一拍。


「私に側室を勧めてくるのです。」


「……ほう。」


「私は要らぬと申しました。

お政も虎松もおりますし、お茶々もまだ若い。」


「うん……それで?」


直政は、静かに続ける。


「……その翌日。」


なんだろう、もう嫌な予感しかしない沈黙。


「私の寝所に、女がおりました。」


沈黙。


「……は?」


「お茶々が、送り込んだのです。」


忠勝は盛大に茶を吹き、康政はむせる。


「丁重に断り、帰しました。」


直政は真顔で言う。


「ですが……その次の日に……。」


嫌な流れ、継続。


「また別の女が、寝所に。」


「おい待て。」


「しかも――」


直政は遠い目をした。


「皆、口を揃えて申すのです。」


そして、再現するように言った。


「『御方様に頼まれました。私のような女にまでお気に掛けて下さる御方様の為に!井伊の御子を必ず!』と……。」


「……。」


「……。」


長い沈黙の後、最初にようやく口を開いたのは、康政だった。


「お前……その……何もせずに帰しているのか?」


「いいえ、ちゃんと菓子を出してますよ?」


「…………そういうことではない。」


真顔で突っ込まれた。


直政は何度目か分からない溜め息を吐く。


「昨日、お茶々に問いただしたのです。どういうつもりだと。

そしたら………。」


直政は遠い目をする。


「"小柄の女の方がようございますか?それとも、胸の大きな女?"……と言われまして。」


忠勝と康政は揃って遠い目をする。


「"旦那様の好みが分からぬ……"と呟いて、子供たちの元へ行ってしまいました。」


思ったより、問題は深刻かもしれない。


長い沈黙の後、考え込んでいた忠勝が口を開く。


「う〜ん……。少輔の方の気持ちも、分からんでもないが……。」


忠勝が腕を組み、ぽつりと呟く。


「お茶々の気心がお分かりなのですか!?平八郎様!?」


直政が勢いよく身を乗り出す。


「落ち着かんか……。」


忠勝は片手で制した。


「兵部。少輔の方は、お前の正室だ。」


「……は。」


「正室の務めとは、何じゃ?」


直政は一瞬考える。


「家の子を成すこと……でしょうか。」


「うむ。」


忠勝は短く頷いた。


「少輔の方は、すでに二人の子を産んでおる。

どちらも健やかで、申し分ない。」


静かに続ける。


「だが――」


空気が、少しだけ重くなる。


「もし、少輔の方に何かあったとしたら?」


直政の表情が固まる。


「子を産めぬようになった時、誰が井伊の子を成す?」


「……あ。」


ようやく理解が追いつく。


「正室にはな、家のために側室を取りまとめる務めもあるのだ。」


康政が言葉を引き継ぐ。


「少輔の方の本心は分からぬ。

だが、井伊のためを思って動いておるのは確かだろう。」


一拍。


「……まぁ、やり方はどうかと思うがな。」


「……。」


「なれど……今更、少輔の方の考えや行動をあれやこれやと申しても……なぁ。」


直政は黙り込む。


「まぁ、結論は一つだ。」


康政が肩を叩いた。


「とにかく、少輔の方と今一度話せ。

側室を迎えるかどうかは、夫婦で……家で決めることだ。」


忠勝も頷く。


「逃げるな、兵部。」


ぽん、と頭を軽く叩かれた。

直政は、何も言えず俯いた。


***


その頃。


「茶々姉、兵部に何をしたのですか?」


長丸の一言で、茶々は筆を止めた。


「え?何故です?」


「兵部の目の下のクマが、日に日に濃くなっております。」


冷静な指摘である。


「茶々姉が何かしたのでは?」


「うーん……。」


茶々は少し考えた。


(何か……したかしら?)


――思い当たらない。


「いいえ、特には。」


平然と答える。

(※毎晩女性を送り込んでいる自覚なし)


「……そうですか。」


長丸は筆を持ち直した。


(茶々姉は当てにならんわ。兵部に直接聞くか。)


再び半紙に向き合う。


(それにしても、不思議なものね……。)


茶々は胸の内で呟く。


(正史では敵対してた私たちが、こうして書を教えているなんて。)


「茶々姉、出来ました。」


「はい……お見事です、若君。

ただ、ここはもう少し力強く。」


朱墨を入れる。


並んで座る二人は、まるで姉弟のようだった。


――誰が、この二人が正史では敵対していると想像するだろうか。


「本日はここまでに致しましょう。」


「はい。ありがとうございました。」


長丸は立ち上がり、ふと振り返った。


「茶々姉。」


「はい?」


「兵部のこと、大事にしてあげてくださいね。」


それだけ言って、去っていく。


「……。」


少しの沈黙。


「……大事に……してるわい。」


ぽつりと、呟いた。

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