茶々、御家のためなら手段を選ばない
季節は巡り、天正十八年四月。
茶々は天正十六年に長女を、翌十七年に長男を産んだ。
初めての子である長女・政姫を、直政は目に入れても痛くないほど溺愛している。
その名は、茶々の父・浅井長政、夫の直政から『政』を取って名付けられた。
そして長男・虎松。
生まれながらにして井伊家の嫡男と定められたその子は、井伊家中はもとより、養家である徳川家でも盛大に祝われた。
夫婦としては、少し申し訳なくなるほどに。
茶々は、旭の女房としての務めを果たしつつ、二人の子を育てる日々を送っている。
慌ただしくも、満ち足りた毎日だった。
茶々が政姫を出産した同じ頃。
旭の一人娘・阿古もまた、万里小路家にて男子を出産していた。
旭にとっては、初めての実の孫である。
さらにその年、関白・豊臣秀吉と京極竜子の間にも、待望の嫡男が誕生した。
名は『鶴松』と名付けられ、聚楽第はひっくり返るほどの大騒ぎになったという。
宇多源氏佐々木流京極家と浅井家の血を引く竜子を母に持ち、 天下人・秀吉を父に持つ、まさに“豊臣の嫡男”に相応しい若君である。
寧々は自分のことのように喜び、その様子は手紙からも手に取るように伝わってきた。
鶴松誕生を機に、秀吉に子ができると確信した寧々は、さらに側室たちとの子作りを後押しした。
その結果、お虎と香の方が懐妊。
お虎は鶴松誕生の翌年に姫を出産。
万寿姫と名付けられたその子は、豊臣の姫として大切に育てられているという。
香の方もまた、出産を間近に控えている。
(……戦国時代の正室って、大変やなぁ。)
「……げぇぇぇっっぶぅ。」
(立派なげっぷやなぁ。)
乳母に抱かれた虎松が、やたらと立派なげっぷをかますのを見ながら、茶々はふと、"一度目の人生”を思い出していた。
正史では、鶴松を産んだのは、茶々自身だった。
だが、その鶴松は、わずか三歳でこの世を去った。
あの時、幼くして亡くしてしまった鶴松の後を追おうと、本気で思った。
だが、寧々が常にそばにいてくれた。
共に泣き、支え、決して茶々を独りにしなかった。
(寧々様も……子を流したことがあるって、言っていたな。)
あの時の記憶が、胸の奥で静かに疼く。
虎松がうとうとと眠り始めたので、乳母に預ける。
庭では、政姫が萩乃と遊んでいた。
その姿を見つめながら、ふと思う。
(……もし、この子たちに何かあったら。)
胸の奥が、ひやりと冷える。
戦国の世では、幼子が無事に育つこと自体が奇跡に近い。
だからこそ、武将たちは側室を迎え、多くの子を残そうとする。
(側室……。)
茶々は、ふと考える。
(……ウチの人にも、探してみようかしら。)
何か思い立ったようで、静かに立ち上がった。(大体、碌でもない……。)
まずは、於軽を探そう。
***
「……え?あの、御方様、今なんと?」
突然現れた茶々の言葉に、於軽は思わず聞き返した。
「旦那様にも側室が必要だと思うの。」
茶々はさらりと言う。(やっぱり、碌でもなかった。)
「だから、器量の良い娘を探したいの。誰か知らない?」
聞き間違いではなかった。
(本気、だわ……。)
於軽は一瞬、言葉を失う。
「恐れながら申し上げますが……若殿は、側室は要らぬと仰るかと。」
「えぇ〜?」
茶々は不満そうに首を傾げる。
「"私にはお茶々が居るし、お政と虎松も元気に育っておる!"と……きっと、そう申されます。」
「う〜ん……。」
腕を組み、考え込む。
実は、この話は初めてではない。
虎松を身籠っていた頃、一度だけそれとなく尋ねたことがあったが、その時は即座に切り捨てられた。
『お茶々がおる。』
それだけだった。
もし腹の子がまた姫なら、と食い下がった時も『その時はその時よ。お茶々もまだ若い。』と、真剣な顔でそう言われ、一旦保留となった。
(……あの時は、引いたけど。)
「政姫様も虎松君も、お健やかにございますし……。
それに御方様も、まだお若うございますから。」
於軽の言葉は、もっともだった。
茶々はまだ二十三歳。
この時代においても、子を成すには十分若い。
しかも二度の出産は、出産に立ち会った産婆が驚くほど、いずれも安産だった。
(……だけど、出産は女の戦って言うじゃない。)
どれほど順調でも、命を落とすことは珍しくない。
「……いいえ。私一人で産める子の数には、限りがあります。」
茶々は静かに首を横に振る。
その声には、迷いがなかった。
「やはり、早いうちから側室を迎えるべきです。」
於軽は、こめかみを押さえた。
(若殿が納得されるはずが……。)
だが、茶々はもう止まらない。
***
翌日。
茶々は政姫と虎松を連れて、奥御殿を訪れた。
旭が、孫同然の二人に会いたがっていたからだ。
旭が子どもたちの相手をしている間に、茶々は阿茶局に声をかけた。
「少し、よろしいですか?」
「はい?」
そして茶々は、さも当然、と言わんばかりに切り出す。
「旦那様に、側室を迎えさせたいのです。」
阿茶局は、目を見開いた。
まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔だった。
「……兵部殿は、側室は要らぬと申されるかと。」
「そうは申されても。」
茶々は即座に返す。
「井伊家当主として、子を成す責務があります。」
一歩も引かない茶々に、阿茶局は眩暈がした。
「私一人では、限りがあるのです。」
「ですが……。」
言葉に詰まる阿茶局に、茶々はふっと微笑んだ。
「大丈夫です。」
その笑みが妙に落ち着いていて……少し怖い。
絶対に碌でもない事を考えている。
茶々のこれまでの言動や行動から、安易に想像が付き、阿茶局の目眩は強くなった。
「茶々に、考えがございます。」
そして……静かに秘策なるものを語り始めた。
(……そんなに上手くいくかしら。)
話を聞き終えた阿茶局は、なんとか頭を横に振る。
茶々を見ると、自信満々の笑みだ。
これは止めても無駄だ……と、これまでのやり取りで思い知らされている。
「……分かりました。何人か、当たってみましょう。」
こうして、井伊家に側室候補を探す話が動き出した。




