天正の女子会
行幸の華やかな名残りがまだ残る聚楽第、城奥。
北御殿の主である北政所・寧々に招かれ、茶々は旭に伴われて訪れていた。傍らには阿茶局の姿もある。
「義姉上の御殿は豪華やね〜。」
「流石は関白殿下のご正室。」
「側室の屋敷も、さぞ立派なんやろうな。」
秀吉の側室たちは、出自や寵愛の度合いによって住まいを分けられている。
側室筆頭である京極竜子は、寧々に準ずる扱いで御殿を与えられていた。
行幸での立ち振る舞いを評価され、“若政所”と呼ばれるようになってからは、その扱いはさらに明確になっている。
他の側室たちは、二人から三人で一つの屋敷を分け合って暮らしている。
織田の五の姫――華姫と姫路の方、そしてお虎の方は、同じ屋敷で暮らしており、親族同士ということもあって比較的穏やかな関係を築いているらしい。
摩阿姫は城奥ではなく、聚楽第内の前田屋敷に住んでいるという。
そして、阿波の姫。
もとは他の側室たちと同じ屋敷に住んでいたが、行幸後すぐに、ひとつの屋敷を丸ごと与えられた。
これは寧々の進言によるものらしい。
(……妥当、よね。)
茶々は心の中でそう結論づける。
通された部屋には、寧々と竜子がすでに待っていた。
「ようこそおいで下さいました。」
挨拶を交わし、茶席につく。
やがて寧々と親交のある夫人たちも集まり、場は一気に華やいだ。
行幸前の出来事が話題に上る。
「駿河御前様、あの場で一歩も引かれなかったとか!」
「徳川正妻の威厳、見事でした。」
「や、やる事やっただけやで……。」
旭は困ったように笑い、助けを求めるように阿茶局を見るが、阿茶局はドヤ顔である。
「ふふふ、流石は御前様。お見事にございました。」
そして、まさかの便乗。
そんなやり取りを横目に、茶々はふと隣に目をやった。
山内一豊の妻・千代の隣に座る幼い姫――与祢が、どこか手持ち無沙汰そうにしている。
「姫、羊羹はお嫌いですか?」
茶々が声を掛けると、与弥は慌てて首を横に振る。
「い、いえ……。」
茶々は微笑み、持参した菓子箱から金平糖を取り出した。
「姫のお年頃なら〜……こちらはいかがでしょう?」
与祢は目を輝かせる。
「……いただいても、よろしいのですか?」
「ええ。」
与弥はチラリと母を見る。
「少輔の方様が貴女にってお出し下さってのよ、頂きなさい。」
千代に促され、与祢は一粒口に運ぶ。
「美味しい……!」
その表情に、茶々は思わず頬を緩めた。
(可愛いな、コンチクショー。)
穏やかな顔とは裏腹に、内心は少々物騒である。
やがて茶々は与祢の話し相手となり、他愛のない会話を交わした。
そんな穏やかな時間が流れる中、侍女の声が場を区切った。
「御免つかまつります。」
侍女は一礼して、茶々を見る。
「少輔の方様。織田の五の姫様より、お茶の席へのお誘いが。」
茶々は一瞬ためらう。
「御前様のお付きとして参っておりますので……」
「行って来なさい、お茶々。」
「こちらは任せて下さい。」
寧々は扇子をそっと閉じる。
「ついでって訳じゃないけど、お与弥も連れてってやって。
大人たちの世間話、お与弥には退屈でしょ。
いいでしょ?お千代。」
千代は寧々から茶々へ視線を移す。
「……少輔の方様、ご迷惑では?」
「そんな事ございませんわ。与弥姫を一緒にお連れしても?」
そして、千代は娘へ視線を向ける。
「お与弥、少輔の方様たちに失礼のないように。」
「はい!」
茶々は与祢と手を繋ぎ、侍女の案内で華姫が住まう屋敷へ赴く。
織田の五の姫――華姫たちの屋敷は、御殿のすぐ近くにあった。
「まあ!少輔の方様!」
「お久しぶりです!」
「あら!お与弥ちゃんも来てくれたの?」
三人に手招きされ、茶々はふっと表情を緩める。
「どうぞ、ここでは"茶々"とお呼び下さい。」
「……はい、茶々姉様。私は、華とお呼びくださいな。」
「では、お茶々様も私の事は、姫路の方ではなく、寿とお呼び下さい。」
姫路の方――寿がそう言って微笑む。
「はい、お寿様。
お虎様、誠にお久しぶりですね。清洲城でお会いして以来でしょうか?」
「まぁ、そんなになりますか?」
「行幸の折は、中々ご挨拶に伺えず……。」
茶々は従姉妹たちと再会出来た事を素直に喜んだ。
その間、与弥がポカンとし出したので、挨拶もそこそこに、茶と菓子を囲む。
与祢もようやく緊張が解けたのか、楽しげに笑っていた。
(……良かった。)
穏やかな時間。女たちだけの、ひとときの安らぎだった。
茶と菓子を楽しんだ後は、双六で遊ぶことになった。
「茶々姉様、相変わらずお強いですね〜。」
「少しは手加減して下さい。」
「手加減しては面白くないでしょ?」
茶々はくすりと笑う。
「それにしても、与祢姫も随分と強いわね。
私の妹たちと良い勝負よ。」
「でも……母様には、まだ勝ったことがないんです。」
「では、お与弥ちゃんの強さは千代様譲りなのね。」
和やかな笑い声が広がる。
暫くすると、遊び疲れたようで、いつの間にか与祢は、茶々の膝の上で眠っていた。
茶々はそっと、頬にかかった髪を払う。
「あらあら……。」
「こうして見ると、本当に姉妹のようですね。」
「与祢姫を見ていると、お初やお江の小さい頃を思い出すわぁ……。」
どこか懐かしむように、茶々は微笑んだ。
「このままでは風邪を引いてしまいますね。」
華姫が侍女を呼び、与祢を客間へ運ばせる。
静けさが戻った部屋で、お寿がそっと頭を下げた。
「お茶々様。行幸の折は、誠にありがとうございました。」
「顔を上げて下さい。私はただ、御前様の後ろに居ただけです。」
「それでも……あの場にお茶々様や阿茶局様が居なければ、私たちだけではどうにもなりませんでした。」
茶々は静かに首を振る。
「もう済んだことです。それに、お寿様が気にすることではありませんよ。」
お寿は困ったように微笑む。
「……それにしても。」
茶々はふと、問いかけた。
「どうして、あの時……阿波の姫の乳母殿は、お寿様のお部屋へ?」
一瞬、空気が変わる。
「実は――」
お寿は言いにくそうに口を開いた。
「前日に、阿波の姫君が“明日の打掛は茜色が良い”と仰られたそうで……。」
「……はぁ。(とんだ我儘姫やな。)」
「殿下より賜った打掛があるので、それを着るべきだと一人の女房殿が諫めたのですが……。」
「……まさか、乳母殿が……?」
「ええ。“主人の望みを叶えるのが務め”と……。」
茶々は、静かに息を吐いた。
「それで……お寿様のところへ?」
「はい。茜色の打掛を私が着ると知って……。」
(行動力バケモンやな、あの人。)
「で、化粧とは……?」
茶々がそう尋ねた瞬間、三人の表情が揃って固まり、スッと色が抜ける。
(……あれ?もしかして、今――)
こめかみに、冷たい汗が伝う。
(地雷、踏んじまった?)




