元将軍、訳あり養女を語る
茶々は南蛮菓子を用意し、道休の前へ差し出した。
道休は嬉しそうに口に運ぶ。
(よかった……。)
その様子に、茶々は内心ほっと息をついた。
「さて……。」
道休は一息つく。
「何処から話そうかの。」
少し考えた後に、ふっと小さく笑った。
「儂が総見院殿に京から追放され、備後におった頃の話からじゃな。」
信長により京を追われた道休は、わずかな幕臣たちと共に備後国へ落ち延びた。
そして、備前国鞆にて幕府を立て、信長に対抗した。
いわゆる“鞆幕府”である。
「確か……天正四年じゃったかなぁ……その頃じゃ。
阿波の三好に嫁いでおった、儂の再従姉がな、まだ十にも満たぬ斎を連れて、訪ねて来たのじゃ。」
三好が滅び、頼る者を失い、阿波、淡路、摂津と――流浪の末に辿り着いた。
「……久方ぶりに会うた時の姿はな。」
道休は目を細める。
「とても“足利の姫”とは思えぬ有様でな。門番が追い払おうとしたほどじゃ。」
付き従う者も、わずかだった。
侍女一人、乳母一人、そして護衛の侍が二人。
それだけだった。
「……哀れに思うてな。再従姉と、斎を引き取った。」
だが、再従姉は長年の心労が祟り、備後へ来て一年で、この世を去る。
「斎には、もう頼れる家がなかった。両親ともに亡くしておったからな。
……儂が養女とし、育てることにしたのじゃ。」
茶々は、思わず息を呑んだ。
(……似てる。)
自分たち三姉妹と。あまりにも、境遇が重なる。
「その後――総見院殿が本能寺で討たれ……。
まぁ、色々あってな。」
道休は苦く笑う。
「今はこうして、関白殿下の御伽衆に収まっておる。」
カステラを一口頬張り、茶を啜る。
そして――静かに続きを語る。
「本来であれば、そのまま儂が斎を見守るつもりであった。
いずれは、比丘尼御所へ入れ、跡を継がせようと考えておったのじゃ。」
しかし、ここで最悪の来訪があった。
「……どこで聞きつけたのか。」
道休は顔をしかめる。
「殿下が、突然やって来てな。
"挨拶に"と言うて、斎を呼び出したのじゃ。」
一拍。
「……一目見て、気に入ったらしい。そのまま――所望された。」
(あちゃー……。)
茶々は内心で頭を抱えた。
(でも……一目惚れって……。どんな美人なんだろ、その姫……。行幸の時は、後ろ姿しか見てないんよなぁ〜。)
「人に会わせぬよう、奥に隠しておったのに……。」
道休は項垂れる。
「……帰京してすぐ、寺に入れておくべきであったわ……。」
目元を押さえ嘆くその姿に、茶々と阿茶局は、思わず顔を見合わせた。
「阿波の姫様のことで……。」
「道休様も、随分と気苦労なさっておられるのですね。」
「……左様で。」
茶々はそっと歩み寄るり、優しくその肩に手を置いた。
「道休様……どうか、泣かないで下さいまし。
私どもは、お話をお聞きすることしか出来ませぬが。それでも、少しでもお気持ちが軽くなるのであれば……。」
「……すまんな。」
道休は苦笑する。
「こんなオッサンの情けない姿を、見せてもうて。」
懐から手拭いを取り出し、目元の涙を拭った。
「道休様。阿波の姫は、道休様が殿下に託された、と従姉から聞いたのですが……。
違うのですか?」
「ああ、その話か。」
道休は静かに頷く。
「表向きは、な。」
(出たな、表向き……。)
道休は、少し目を伏せながら、言葉を繋ぐ。
「いかに儂が元将軍であろうと、今は御伽衆の一人。
殿下の勘気に触れれば、追放もあり得る。」
小さく息を吐いて続ける。
「斎には、確かな後ろ盾がない。
ならば、殿下の側に置いた方が……幼い頃のような苦労はせぬだろうと思うてな。」
そして、大きく息を吐く。
「……それに。北政所様や京極の方、他の側室たちの心も多少は和らぐかもしれぬと考えた。
殿下の手の速さは聞いておったからな。
……だから、“そういう事にしておいた”。」
(……なるほど。)
茶々は小さく息を吐いた。
「――だがな。」
道休の声が、わずかに沈む。
「アレは……人を惑わす。」
少し目線を泳がせ、また伏せる。
「いや……滅ぼす類じゃ。」
一瞬、空気が凍る。
「いずれ……豊臣を破滅へ導くやもしれぬ。
そう思うと……アレを残して死ねぬ。」
茶々と阿茶局は、思わず顔を見合わせた。
「……すまんな。このような話を聞かせてしもうて。」
「いえ。」
「お話を聞くと申したのは、我らにございます。」
その後、道休は茶々の出したカステラをすっかり気に入り、侍女に作り方を教えさせた。
最後まで恐縮するほど腰の低いまま、供の者と共に帰っていった。
道休が去った後。部屋には、重たい静けさが残った。
「……人を滅ぼす類、ですか。」
阿茶局がぽつりと呟く。
茶々の脳裏に、あの言葉が蘇る。
『……豊臣家中をひっくり返すような事を仕出かすやもと……』
(旦那様の……勘?)
あの時は、考え過ぎだと思っていた。
だが――今は、否定できない。
(豊臣がどうなろうと、正直……知ったことじゃない。けれど――お初……お江……)
茶々の頭の中に、大切な人々の顔が浮かぶ。
(寧々様……竜子姉様……ババ様……。
あの人たちが、巻き込まれたら――)
胸の奥が、ざわつく。
「少輔の方様。」
不意に名を呼ばれ、顔を上げる。
「今宵は、早めに休みませんか?殿も御前様もおりませぬし……。」
「……はい。」
少しだけ迷ってから、茶々はそっと口を開いた。
「あの……阿茶局様。
今宵は……ご一緒していただけませんか?
えっと……旦那様もおられませぬし……一人になると、どうも……。」
阿茶局は、きょとんと目を瞬かせたが、すぐに優しく微笑む。
「ええ。実は私も、同じことを考えておりました。
少輔の方様とご一緒できたら、と。」
茶々は思わず笑みをこぼす。
二人は顔を見合わせ――静かに、微笑み合った。




