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行幸が終わったと思ったら、元将軍が来た

五日間に渡って行われた聚楽第の行幸。

最終日、ちょっとトラブルがあったが、全体的に見ると、大成功だろう。


今上帝や国母、女御、招かれた公家衆は皆ご満悦だった。


今上帝が「また参りたい」と仰ったと聞き、秀吉が大層喜んだという。


「終わりましたね〜……。」


「終わりましたね……少輔の方様も、お疲れ様でした……。」


「阿茶局様には随分と助けられましたよ。誠に。」


茶々と阿茶局は、茶を啜りながら互いを労う。


本日、家康と旭は万里小路邸へ出掛けている。

万里小路家へ嫁いだ、旭の娘・阿古に会うためだ。


行幸の間は互いに忙しく、顔を合わせる暇もなかった。

そして、行幸が終わって一週間。ようやく都合がついたのだ。


「阿古殿……ゴホン、御内儀(ごないぎ)様は、殿にとって義理の娘になりますからね〜。」


「そうですね〜。」


主のいない屋敷で、二人はすっかり気を抜いていた。


本来ならばあり得ぬことだが、行幸の準備と本番で張り詰めていた糸が、ようやく切れたのだ。


「行幸以外にも、要らぬ気を使いましたからね〜。」


「誠に……。」


「最後の日に……。」


「殿下がお収めになられましたが……。」


同時に重い溜め息を吐く。


「まさか……私と少輔の方様まで、官位を授かるとは……。」


「思いもよりませんでしたね〜……。」


実は二人は、このたび『従五位下(じゅごいげ)』の官位を授かった。


元々予定にはなかったが、駿河御前に従三位が授けられた際、「側近の女房が無官ではどうなのか」と、いう話が持ち上がった。


秀吉が軽い調子で「なら与えればよい」と言ったことで、あっさり決まってしまったのだ。


(そんな簡単に決めてええもんなん……?)


二人は内心でそう思ったが、口には出さない。


急遽、授位の儀まで組み込まれ、揃って官位を賜ることとなった。


さらに茶々は、『藤原直子(ふじわらのなおこ)』の諱を授かる。


『藤原』は浅井家の本姓。


『御落胤ってホンマかいな……。』と内心ツッコミを入れつつも、受け入れるしかない。


『直子』は、夫・直政から一字を取った偏諱である。


養父・家康から一字を取る『康子』も候補にあったが、それは旭に与えられた。


旭の諱は、『豊臣康子(とよとみのやすこ)』。


夫婦別姓が当たり前のこの時代、旭は実家の姓を名乗ることになる。


なお、阿茶局は『源元子(みなもとのもとこ)』の名を授かった。


阿茶局の実家・飯田氏は甲斐源氏の流れを汲むため、本姓は『源』。


『元子』は家康の旧名『元信』から一字取られている。


もっとも、これらの名が日常で使われることはほとんどない。

公の場でのみ用いられるものだ。


(史実では『浅井菊子(あざいきくこ)』やったんやけどな〜……。)


だが、もはや細かな差異など気にしても仕方がない。


五度のタイムリープを経験した今となっては、正史とのズレなど、些細なことだった。


茶々が官位を賜ったことで、夫である直政の官位も引き上げられた。


もともと直政は『従五位下・兵部少輔』。


しかし、『夫婦で同じ官位はどうなのか」という話が出たところ、


「なら旦那の官位を上げればよいではないか」と、またしても秀吉の一言であっさり決定。


結果、直政は『侍従』を賜った。


大納言や中納言、参議などが兼ねることも多い、格式ある官位である。


茶々の従五位下よりも、格は上だ。


(相変わらず決まり方が軽い……。)


とはいえ、口には出さない。


一方、茶々自身の呼び名は、本来なら変わるはずなのだが、未だに『少輔の方』のままである。

名乗ってまだ一年も経っていない。

何より、少し愛着も湧いている。


(まぁ、しばらくはこのままでええか。)


そう思うことにした。


阿茶局と昼餉を共にしていると、万里小路邸から使者が訪れた。


家康と旭が、そのまま一泊することになったという。帰りは明日になるらしい。


「まぁ……親子水入らずやね。」


「そうですね。」


次はいつ会えるか分からない。

ならば、今はゆっくり過ごさせてやるのが良いだろう。


留守を任された二人は、帰り支度に取り掛かる。


駿河へ戻る前に、大坂城へ立ち寄る予定だった。

大政所と智夫妻へ、挨拶のためである。


(そういや……都に来てから姿見てへん思ってたら、大坂おったんか……。)


どうやら、『オラぁみたいなんが、こんな大層な場所おられん!』と大政所が大坂城へ年明けに逃げた。

智も『礼儀作法とか無理やわ!』と一緒に逃げたらしい。


(自由すぎるやろ……。)


表向きは“療養”と“看病”になっているらしいが、どう考えても建前だ。


さらに大坂城には、家康の次男で秀吉の養子である羽柴秀康もいる。


年明けに元服したばかりだ。


(なんだかんだで、気になるんやろな……。)


そろそろ、おやつの時間。


今日は何しよう〜と、そう考えていたその時、襖が勢いよく開いた。


「む、む、む、室町の御所様がお越しで御座います!」


「「は?」」


茶々と阿茶局は、そのまま固まる。


“室町の御所様”。


そんな呼び名で呼ばれる人物は、この世に一人しかいない。


「御所様……とは。」


「……足利義昭公、ですか?」


「……はい。」


次の瞬間――二人は同時に立ち上がった。


「「御所様は何処に!?」」


「はい!此方に御座います!」


美也に案内され、客間へと急ぐ。


「御免つかまつりまする。

阿茶局、少輔の方をお連れ致しました。」


襖が開かれ、下座に控え、頭を垂れる。


そして、上座には一人の僧。


落ち着いた所作で茶を口にするその姿には、どこか気品が漂っていた。


室町幕府最後の将軍――足利義昭。


「阿茶局、少輔の方。

事前の知らせもなく訪れ、相済まぬな。」


「御尊顔を拝し、恐悦至極に存じたてまつりまする。」


阿茶局が挨拶し、さらに深く頭を下げる。


「そう畏まるでない。面を上げよ。」


「「はっ。」」


ゆるやかな声だった。


「それから、“御所様”などと呼ぶでない。」


一拍。


「もはや将軍職は返上した身。関白殿下の御伽衆の一人に過ぎぬ。」


僧は穏やかに微笑む。


「今は出家し、“道休(どうきゅう)”と名を改めておる。そう呼ばれよ。」


「では……道休様。

我が主人は留守に御座います。お急ぎとあらば使者を――」


「いや。」


道休の穏やかに遮る声。


「徳川殿や駿河御前に会いに来たのではない。」


一拍。


「阿茶局と、少輔の方に会いに来たのだ。」


「……は?」


思わず顔を見合わせる二人。


戸惑う二人をよそに、道休は静かに手を付いて、深々と、頭を下げた。


「此度の行幸にて、我が養女の乳母が無礼を働いたと聞いた。」


一拍。


「養父として、詫びねばならぬ。」


「お止めください!」


「いけませぬ、道休様!」


茶々と阿茶局は慌てて制止し、どうにか頭を上げさせる。


「……誠に、申し訳ござらん。」


静かにそう言う道休。


かつての将軍。今は御伽衆とはいえ、その身分は大大名に等しい。


そんな男が頭を下げるなど、本来あり得ぬ。


「行幸の折、駿河御前にも詫びたのだがな

“気になさることではない”と仰られてな。」


「……それでも、気になってのう。」


苦笑混じりの声。


(……どこで知ったん?)


茶々の中に、疑問が浮かぶ。


「あの、道休様。その話……どこでお聞きになられたのですか?」


「うむ。」


道休は軽く頷く。


「天子様の出迎えが終わってすぐのこと。

斎(いつき)――ああ、阿波の姫の名だが。人目を避けて下がるところを見かけてな。

北政所様に問いただして……無理やり聞き出した。」


「そうでしたか……。」


(話、漏れてる訳じゃなさそうね。だけど……見てた人間はおるやろな……。)


茶々は内心、そっと溜め息を吐く。


(後で萩乃に探らせよ……。)


ふと、空気が変わり、阿茶局が静かに口を開いた。


「……道休様。気分を害されるやもしれませぬが――お聞きしても?」


「構わぬよ。」


「何故、阿波の姫様を養女に?

そして――何故、殿下へ渡されたのです?」


(直球すぎるやろ!?)


茶々は思わず咽せそうになり、必死で堪えた。

道休は、わずかに困ったように笑う。


「……話が、長くなるやもしれぬが。」


一拍。


「聞いてくれるぅ?」


阿茶局は即座に動いた。


「美也、新しい茶を。それから、我らにも。

少輔の方様は、菓子の用意を。」


「はい。」


「かしこまりました。」


準備のため、茶々は美也と共に部屋を出る。


(見逃さなかったわよ……阿茶局様!今、目ぇギラッて光ったやろ……。)


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― 新着の感想 ―
父親の浅井長政からから一文字貰うなら、藤原長子になるのでは?
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