↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/102

朝から何してんの?行幸当日やぞ?

廊下に出ると、言い争う声が響き渡っていた。


(うわぁ……やだぁ……行きたくないよぉ……。)


思わず涙目になる茶々をよそに、旭は声の方へずんずんと歩いて行く。

慌てて茶々と阿茶局がその後を追った。


「お通しを!駿河御前様に御座りまする!」


八重が野次馬している侍女や女中達に声を張り上げる。


すると一斉に道が開けたので、旭は構わず進み、茶々と阿茶局が静かに続く。


姫路の方の部屋の前。


旭と同じくらいの年頃の、気の強そうな女が、姫路の方の女房の襟口を掴んでいた。

女房もまた掴み返し、互いに睨み合っている。


「何事じゃ!朝からかように騒ぎよって!喧しいっ!!」


旭の怒声に、場が一斉に静まり返る。


「支度中に何をやっておる?行幸に間に合わなんだら、如何するつもりか。」


「お騒がせし申し訳御座いませぬ、駿河御前様。」


止めに入っていた侍女の一人が進み出て、深く頭を下げた。


「其方、確か……。」


旭は腕を組んだまま、その侍女を見下ろす。


「織田の安土の方様にお仕えしておりました、留(とめ)に御座りまする。」


「ああ……。」


どこか懐かしむように声を漏らし、旭は問いかける。


「して、於留。何の騒ぎぞ?」


留は一瞬だけ旭を見てから、なお睨み合う二人へ視線を向けた。


旭はそれを見て、小さく溜め息を吐く。


「早う支度せよ。誠に間に合わんようになるぞ?」


(おっとぉ?まさかの無かった事にする?……いや、それが一番か。こういうのは、変に関わらない方がいい。)


旭が促すように手を叩くと、固まっていた侍女達が恐る恐る動き出す。


その様子を確認してから、旭は二人へ歩み寄った。


「これ、聞こえなんだか?早う支度せよ。」


「す、駿河御前様……。」


「其方、姫路の方様の女房であろう?早う戻っておやり。」


「は、はい。」


「待たれよ!我が姫様を侮辱した――」


「黙りゃ!」


被せるように旭が一喝すると、場の空気が一瞬で凍りついた。


「な……。」


「其方、此度何が行われるか分かっておらぬようじゃの。」


旭は一歩、距離を詰める。


「天子様をお迎えせねばならぬのじゃぞ?

もし間に合わなんだら……其方、如何するつもりか。」


乳母殿の手から力が抜ける。


その隙に阿茶局が女房を引き離し、部屋へと戻した。


(これ……怖いだろうな〜。正面に駿河御前、左に私、右に阿茶局……。)


内心ちょっと楽しい茶々である。(さっきまで行きたくなかったくせに……。)


旭はさらに距離を詰めると、乳母殿は後退り、背が柱に当たって動けなくなる。


旭は細い指で、心臓の辺りを突いた。


「豊臣家の面子を潰されたとあらば……。

いくら兄上でも、黙ってはおらぬであろうな。」


乳母殿の身体が震え出す。


「万が一……此度の行幸が其方のせいで潰れた折は、其方一人の命で補えるとは、到底思えぬ。」


冷たい声でさらに一歩、詰める。


「己の乳母一人もまともに見れぬとなれば……阿波の姫君も、ただでは済まされぬであろうのぉ。」


その言葉で――乳母殿は、がくりと膝をついた。


「下がりゃ。

今ここで下がれば、此度の事――妾(わらわ)は何も見ていないし聞いていない、という事にしてやらんでも良いぞ?」


乳母殿はガクガクと震えながら、その場を逃げるように去って行った。


「はぁ〜……。」


旭は盛大に溜め息を吐き、その場に座り込む。


「旭様……。」


茶々はそっと肩に手を添えた。


「私らも早う戻って準備しようか……。

はぁ〜……行幸前に気ぃ使ったわ〜。」


「少輔の方様、後の支度は私と萩乃にお任せを。

御前様に何か甘味をご用意いただけませんか?」


「かしこまりました。八重、お茶の支度を。」


「はい。」


旭と阿茶局が控えの間へ戻るのを見送り、茶々は自室へ向かい、菓子箱を取り出して中を覗き込む。


「ビスケットとボーロか。良かった、作ってて。」


日持ちするようにと作り置きしていた菓子が、こんなところで役に立つとは思わなかった。


箱を大事に抱え、部屋へ戻ると、ちょうど八重がお茶を運んで来たところだった。


その頃には旭の化粧も終わり、ひと段落している。


「紅は最後に差しますね。」


「ありがとう、萩乃。綺麗よ。」


「有り難き御言葉、恐悦至極。」


「ちょっと此処らで一休みしようか。八重がお茶を淹れて来てくれたんやし。」


侍女達に茶が配られる間、茶々は菓子を一つずつ和紙に載せ、旭へ差し出す。


「それにしても……阿波の姫君の乳母殿。想像以上やったね。」


「誠に……。」


「お江が念押ししてくるわけですよ。」


三人の溜め息が、ぴたりと重なる。


「アレは関わらん方がええね。」


「はい。」


「寧々様や竜子姉様にも無礼な態度を取るそうなので……。」


再び、重い溜め息。


「……旭様、どうぞ。甘い物でも召し上がれば、少しは落ち着かれるかと。」


「ええ、そうね。お茶々、侍女達にも分けてやって。」


「はい。」


阿茶局へも渡し、茶々は菓子箱を侍女達へ差し出す。


「御前様、先ほどの件――北政所様のお耳にも入れておいた方がよろしいのでは?」


「うん……でも、そこまでせんでもって思うんやけど。」


「天子様や国母様らの御前(おんまえ)で、騒ぎを起こされては……。」


「それは無いとは思うんやけど〜……。

……いや、有り得そうね。」


阿茶局と顔を見合わせて、頷く。

旭はお茶を一口啜り、茶々を見た。


「お茶々。義姉上様のところへ行って、先ほどの騒ぎを報告して来て。」


「はい。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。