↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/102

何も起きない………わけがない!

天正十五年四月。

いよいよ、今上帝の聚楽第行幸の日が迫っていた。


式典に宴、能の鑑賞、茶会、そしてコスメ発表会、その他諸々――。

数々の催しが控え、城内はかつてないほどの慌ただしさに包まれている。


そしてこの度、家康は官位を賜り、正室である旭にも位が授けられることとなった。


そのため、北政所に仕える側近である孝蔵主が派遣され、旭に礼儀作法を徹底して叩き込んでいた。


だが旭は飲み込みが早く、あっという間に「徳川家正室」に相応しい所作を身に付けてしまった。


「ほんま、私みたいなんが従三位を頂くなんてなぁ……。」


明日の行幸に備え、この日は聚楽第での前泊となる。


「何を仰いますか。関白殿下の妹君であり、徳川内府殿の御正室であらせられるのですから。」


「それは兄様と殿が凄いだけやろ。私はオマケみたいなもんやわ。」


明日は夜明け前から支度が始まる。

そのため、旭には早めに床に就いてもらうことになった。


阿茶局が髪を梳き、茶々が肌の手入れを施す。


この手入れは、雷蔵の妻・萌に教わったものだ。


「肌の下拵えで、化粧の乗りが変わるのですよ!」


そう熱弁していたのを思い出す。


(まさかこの時代に化粧水や乳液があるなんてね……。本当に、何が起きてんだ?)


茶々はそっと手を離す。


「はい、終わりましたよ。旭様。」


「ありがとう。……うん、ええ気分やわ。」


「では、夜明け前にお起こしに参ります。」


「ええ。二人とも、明日は頼んだわよ。」


「「はい。」」


寝所を辞した後、茶々は阿茶局と最終確認を済ませ、それぞれの部屋へと戻った。


――寅の刻。


まだ夜は明けきらぬ庭に松明が灯り、廊下や部屋は行燈と蝋燭の光で照らされている。


冷たい水で顔を洗い、眠気を追い払う。


「……よし。」


茶々は寝巻きから動きやすい小袖へと着替えた。


「参りましょう。」


「はい。」


萩乃を伴い、旭の控えの間へ向かう。


途中、慌ただしく行き交う侍女や女中たちとすれ違う。

本来なら一礼すべきところだが、今日は互いに会釈だけで済ませた。


控えの間に入り、茶々と萩乃は先に準備に取り掛かる。


「まず、この白檀を焚いて。部屋全体に香りを行き渡らせて。」


「かしこまりました。」


「打掛に焚き込む香も同じものを。ただし少量でいいわ。今日は人が多いから。」


「はい。これくらいでよろしいでしょうか。」


「ええ、それで。」


次々と指示を出していく。


「御前様が間もなくお越しになるわ。桶の用意を。ぬるめの湯と水を。」


「承知しました。」


侍女たちが素早く動く。


その中で、茶々は一瞬だけ深く息を吸った。


(……いよいよ、本番。)


やがて、眠気を残した旭と阿茶局が姿を現した。


(……今日の旭様、やけに色っぽいな。)


そんなことを思いながら、茶々は用意していた座布団へと旭を導いた。


旭に顔を洗わせた後、茶々が肌の手入れを施し、萩乃が髪を梳く。

その間に、阿茶局が本日着る打掛や小袖の準備を進めていた。


クリームを塗り、手のひらで優しく押さえ、団扇でそっと風を送る。

そうすることで浸透が良くなる、と萌が言っていたのを思い出す。


「旭様、お加減はいかがですか?」


「はぁ……心地ええわ。」


「下拵えが整いましたら、化粧に入ります。」


「少輔の方様、こちらはこれくらいで宜しいでしょうか?」


「……ええ。それで。通り過ぎた時に、仄かに香るくらいが丁度いいわ。」


「萩乃、任せてもよろしいですか?」


「かしこまりました。」


萩乃は櫛を置き、旭の正面へ回る。


「では、始めます。」


「ええ。綺麗にしてね。」


「お任せを。」


萩乃が下地と白粉(ファンデーション)を手に取ろうとした、その時――。


廊下の方が、妙に騒がしい。


「……何事でしょう。」


「八重、様子を見て来て。」


「はい、阿茶局様。」


襖が開き、八重が廊下へ出る。


その間にも準備は止めない。

萩乃は化粧を進め、茶々と阿茶局は打掛に香を焚き込む。


やがて、旭の化粧が一段落した頃、バタバタと足音を立てて、八重が戻って来た。


「……揉めております。」


「揉めてる?」


「はい。姫路の方様の控えの間の前で。」


その一言で、空気が変わる。


茶々は、嫌な予感を覚えた。

阿茶局も同じらしく、表情がわずかに険しくなる。


「何があったの?」


「近くの女中の話では……阿波の姫様の乳母殿が、姫路の方様の部屋へ押し掛けたと。」


「「はぁ?」」


声が揃った。


「詳細は分かりませぬが……“打掛”と……それから"化粧”という言葉が聞こえたと。」


(……ああ、もうそれ確定やん。なに?バ◯リ◯クタイム?プレミアムの方?朝から何してんの?)


茶々は思わず額に手を当てた。


(また“綺麗ね”から始まって、“譲れ”に発展したんやろ……。)


だが今回は、場所もタイミングも最悪だ。


「このままでは、行幸に間に合いませぬ……。」


阿茶局の声が低くなる。確かにその通りだ。


(寧々様か竜子姉様を呼ぶ?――いや、間に合わん。

そもそも、あの連中、寧々様たちにも噛み付く言うてたし……。)


茶々が判断に迷っていると、旭がスッと立ち上がった。


「……仕方ないわね。止めに行きましょう。」


「「……え?」」


「阿茶局、お茶々。行くわよ。このまま行幸に遅れたらどうするの。」


あまりにも自然に言い放つ。


「そ、それは……!」


「参りましょう、少輔の方様!」


「は、はい……!(えぇ〜……いや、でも……行かないと、『行幸遅れました〜!テヘペロ⭐︎』で済まないもん!間違いなく何人か首が飛ぶ!)」


旭はそのまま、小袖姿で外へ出ようとする。


「あ!旭様、お待ちを!」


茶々は慌てて蒼の打掛を肩へ掛けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。