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愚痴を聞くどころか、危険人物共有会になってる

「まずは、殿下が新たに迎えた側室たちの話からね。」


竜子が静かに口を開く。


「織田の五の姫……織田の御屋形様の五女、お茶々たちの従妹に当たるわね。

姫は姉婿の蒲生飛騨守(がもうひだのかみ)様の養女よ。」


茶々は小さく頷く。


「それから姫路の方。織田三十郎様の御息女。この方もお茶々たちの従姉妹ね。

お虎の方は蒲生飛騨守様の妹君。」


一度、言葉を区切る。


「三人とも、人質としての意味合いが強いけれど……自分の立場はよく理解している方々よ。」


「なるほど……。」


茶々は納得したように息をついた。


「では、お初が先ほど言っていた、香の方と阿波の姫君は?」


「香の方は、もとは雑仕女だったの。

……湯殿で殿下の手が付いたのよ……。」


(………ちっ。)


茶々は心の中で舌打ちし、竜子は湯呑みに指を添えながら続ける。


「摂津の地侍の娘だけど、母方は清華家に連なる血筋。

見目麗しいだけじゃなく、気も利く方よ。

……少し、お茶々に似ているかもしれないわね。」


「私に?」


茶々が首を傾げる。


「ええ。立ち回り方が、ね。で………問題は、阿波の姫君。」


竜子の言葉が、ふっと途切れた。

何かを飲み込むように、口を閉ざす。


茶々は思わず身を乗り出した。


「姉様……?」


竜子は、ぬるくなった茶を一気に飲み干す。


そして、ぽつりと告げた。


「阿波の姫は――足利義昭(あしかがよしあき)公の養女よ。」


「――っ!?」


思わず茶を吹き出しかけ、茶々は盛大に咳き込んだ。


お江と摩阿姫が慌てて背をさする。


(足利義昭って……最後の将軍やん!?

その人の養女……?そんな話、あったっけ……?つか、誰!?)


混乱する茶々に、竜子は淡々と説明を続ける。


「阿波の三好家の出でね。母君が足利家の遠縁なの。

その縁で養女になったのよ。」


「なるほど……。」


「義昭公は今、殿下の御側で御伽衆として仕えているわ。

その際、後見のない姫を案じて、殿下に託されたの。」


「そういう経緯でしたか……。」


茶々は小さく頷く。


「かつての“源氏の棟梁”の血を引く姫、ということですね。」


「ええ。けれど……。」


竜子の声が、わずかに低くなる。


「序列としては、織田の五の姫が上よ。

織田の御屋形様の御息女だもの。殿下にとっても特別でしょう?」


「……では。」


茶々は、ゆっくりと問う。


「その阿波の姫君は……どのようなお方なのですか?」


「本人は……大人しい方です。」


お江が答える。


「というか、影が薄い……。」


「問題は、周りです。」


摩阿姫が静かに言葉を継ぐ。


「侍女や女房たちが、少々……厄介で。」


「そうね。」


竜子が苦笑する。


「う〜ん……何て言えばええやろ……。」


少しだけ言葉を探すようにしてから、


「何を考えているのか、分からないのよ。

……気性が、少しおかしいというか……。」


「姉様、それは……。」


茶々が戸惑っていると、お初がそっと口を挟んだ。


「最近の奥の騒ぎは、阿波の姫様が何気なく呟いたことを、周りが勝手に大きくしているようなものですわ。」


「で、ご本人は“そんなつもりではなかったのに”と仰るとか。」


お江が肩をすくめる。


「……タチが悪いですわよね。」


茶々は、言葉を失った。


(……余計、分からない。どんな人なんやねん……その阿波の姫って……。)


「例えば……どのような事が?」


茶々の問いに、竜子たちは揃って考え込んだ。


(……心当たりが多すぎるのかしら。)


妙な沈黙に、茶々は得体の知れない違和感を覚える。


やがて竜子が口を開いた。


「そうね……。例えば、今回の行幸の衣装合わせの件かしら。」


「衣装合わせ?」


「殿下が“奥の女たちには、これまでにない上等なものを”と仰ってね。新たに打掛を誂えたの。それが昨日届いたのよ。」


竜子は軽く息を吐く。


「大広間に並べて、それぞれ見ていたのだけれど……。

その時、阿波の姫がこう言ったの。“綺麗ね、素敵な打掛”って。」


「……え?それは、よくある世辞では?」


茶々が首を傾げる。


「だったら良かったのですが……。」


摩阿姫が静かに言葉を挟んだ。


(……嫌な予感しかしない。)


「その言葉を受けて、阿波の姫様の乳母が――」


摩阿姫は少し言い淀んでから続ける。


「“我が姫様がお気に召された。お譲りなさい”と、華姫様と香の方に迫ったのです。」


「……やっぱり。」


茶々は思わず呟いた。


竜子が肩を落とす。


「騒ぎを聞いて、私と北政所様が止めに入ったわ。」


その時のことを思い出したのか、竜子の目はどこか虚ろだった。


「それでも収まらなくてね……。五の姫と香の方が気の毒だったわ。

香の方は譲ろうとしていたのだけれど、五の姫が香の方の口を塞いでたわ……。」


「そうでしたか……。では結局、その打掛は?」


茶々の問いに、竜子と摩阿姫は同時に首を横に振る。


「義昭公がいらして、一喝なさってようやく収まりました。」


摩阿姫の声がわずかに低くなる。


「……ですが、阿波の姫様は――何も仰らなかったのです。」


「…………は?」


「止めることもなく。ただ、ずっと見ているだけで……。」


一瞬、空気が冷える。


「……不気味でした。」


(見てるだけ……?)


茶々は言葉を失う。


(自分の侍女が、他の側室に無礼を働いてるのに?)


竜子が苦々しく続ける。


「義昭公が“謝罪せよ”と強く仰って、ようやく泣いて謝ったわ。それでも叱られてねぇ……。

"侍女を纏められぬのは主人の責だ”と。」


竜子は、ふっと息を吐いた。


「……その時の言葉よ。」


「“こんなに騒ぎになるとは思わなかった。ただ綺麗だったから言っただけなのに”……ですって。」


「……は?」


思わず、茶々の口から素の声が漏れた。


(何それ……。え?ちょっと待って?武家の姫君……よね?)


侍女を束ねるどころか、状況すら理解していない。


(放置してるのか……それとも、本当に分かってないのか。)


どちらにせよ、厄介極まりない。


「私、あの方の侍女たち苦手なんですよね。」


お江が肩をすくめる。


「“うちの姫様の仰ることは絶対”って、寧々様や竜子姉様にまで平気で言うんですもの。」


「はぁ!?」


茶々は思わず竜子を見ると、竜子はさらに深い“死んだ目”をしていた。


「世間知らずにも程がありますよ……。

養女と申せど、“足利の姫”に仕える者として、序列を知らぬ存ぜぬ、では済まされぬでしょう。」


「……ええ、そうね。」


竜子は大きく溜め息を吐く。


「それに、自分たちの行いが足利の名を落とすやも知れぬ、と考えられぬのか……。」


その言葉に、お初は小さく首を横に振る。


「そこまで考えられるのであれば、毎度あのような騒ぎは起こりませんよ。」


「……それも、そうね。」


お江は茶々へ一歩近づき、身を乗り出す。


「姉上。此度の行幸では、なるべく……いえ、絶対に関わってはなりません。旭様も、姉上も。」


「ええ。出会さぬよう気を配るわ。

……屋敷に戻ったら、徳川家中の者にも伝えておいた方が良さそうね。」


竜子と摩阿姫が同時に肩をすくめた。


「そうね……。殿下の妹君であり、徳川様の正妻たる駿河御前様に喧嘩を売るような真似は…………ないと信じたいけれど。」


「……あり得そうで怖いですね。用心に越したことはありませぬ。」


竜子と摩阿姫の言葉に、茶々は肩を落とす。


(マジで勘弁してよ……。旭様も阿茶局様も、怒らせたら本気で怖いんだから。)


やがて刻限となり、名残を惜しみつつ、茶々は京極邸を後にした。


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