姉妹の再会、竜子様の愚痴大会
三月下旬。
雁金屋に注文していた打掛も仕立て上がり、急ぎの仕上げとは思えぬほど見事な出来だった。
何着か試着してもらい、打掛の色に合わせて化粧品を決めた。
「こちらの萌葱色には、やはり真紅でしょうか?」
「藤色と真紅を混ぜてみるのは?」
「あら良いわね、私この色、好きよ。」
口紅を合わせ整えていく。
行幸まで、残された時間はわずか。
聚楽第もまた、帝を迎える準備のため、人の出入りが激しさを増していた。
そんなある日のこと。春の日差しの中で一服していると、旭がふと思い出したように口を開いた。
「お茶々、せっかく都まで来たんや。お初やお江に会って来たら?」
「そうですわね。少輔の方様、折角でございますし、顔を見せて差し上げては?」
「……そうですね。」
少し考えたのち、茶々は控えの間に向かって声を張る。
「誰ぞ!」
現れた侍女に向かい、指示を出す。
「京極屋敷へ――お初のもとへ使いを。
それから、聚楽第奥御殿のお江にも。」
「あ、それから――京極の方様の御殿にも使いを頼みます。」
「承りました。」
昼前に三人のもとへ使いを出すと、ほどなくして返事が届いた。
「明日、京極邸にてお待ちしております。」
三人とも暇ではないはずだ。
特に竜子は「豊臣家側室筆頭」という立場にある。
寧々の補佐に加え、自身の支度にも追われているだろう。
それでも時間を作ってくれたのだ。
久しぶりに従姉と妹たちに会える。
そう思うだけで、胸が弾んだ。
***
そして翌日。
少し寝坊した茶々は、慌ただしく支度を整える。
「それでは、行って参ります。」
「ええ、気を付けてね。」
旭に挨拶を済ませ、今は旭付きの侍女となっている於孝を伴い、京極邸へ向かった。
於孝もまた、かつて浅井家に仕えた須磨や善と再会できる。
旭の計らいに、茶々は心の中で感謝した。
京極邸に到着すると、妹のお初が出迎えてくれた。
「姉上!」
「お初、元気だった?」
「はい!」
嫁いだ当初はまだ少女の面影が残っていたが、今はすっかり武家の妻の顔になっている。
その立ち姿は亡き母、お市の方を思わせた。
「出迎えに来た時、母上かと思ったわ。
お初が一番似ているのかもしれないわね。」
「そうでしょうか……ふふ。」
「それより、姫はどこに?」
「はい、こちらです。」
お初に案内され奥へ進み、一室へ入ると、お初の乳母の須磨が赤子をあやしていた。
「まぁ!茶々姫様、於孝様!」
「久しぶりね、須磨。」
「出迎えに行けず、申し訳御座いませぬ。」
「いいのよ。その子が……。」
「はい、藤姫様にございます。」
須磨に抱かれていたのは、お初と高次の間に生まれた娘・藤姫だった。
生後半年ほどだろうか。まだあどけない顔をしている。
茶々はそっと抱き上げる。
「藤姫、伯母上ですよ。」
きょとんとした顔で見上げていた藤姫は、やがて声を上げて笑い出した。
「……お江の赤子の頃を思い出すわ。」
「確かに、よう似ておいでです。」
於孝も顔を綻ばせ、丁寧に頭を下げる。
「藤姫様、初めてお目にかかります。孝と申します。」
和やかな空気の中、少し遅れて竜子が姿を現した。
その傍らには、十歳前後ほどの男児と女児がいる。
「久しぶりね、お茶々、於孝。元気そうで何よりです。」
「お懐かしや、竜子姉様。その……こちらの御子は?」
「武田で儲けた子たちよ。
殿下の側室に上がる際、京極家に預けておったの。」
竜子は子どもたちに目を向ける。
「孫八郎、於竜。母の従妹のお茶々です。ご挨拶なさい。」
「御尊顔拝し恐悦至極。孫八郎にございます。」
「お茶々様におかれましてはご機嫌宜しゅう。竜でございます。」
きちんとした挨拶に、茶々は思わず微笑んだ。
そこへ、さらに人の気配がする。
振り返ると、お江が一人の少女を伴って現れた。
前田利家の娘で、豊臣秀吉の側室・摩阿姫である。
「姉上に会いに行くのですが、ご一緒しませんかとお誘いしたら、快く了承してくださいました。」
「姉妹水入らずのところをお邪魔します。」
「何を仰いますか。お会いできて嬉しいです、摩阿姫。お元気そうで。」
藤姫を一通りあやした後、茶々が持参した菓子を囲みながら、近況や世間話に花を咲かせる。
やがて藤姫が舟を漕ぎ始め、孫八郎と於竜がそれに付き添って昼寝のために席を外した。
於孝と須磨、善も乳母同士で積もる話があるのか、別室へ移っていく。
残されたのは、茶々、初、竜子、江、そして摩阿姫の五人だけだった。
「お茶々様。遅ればせながら……。
此度の婚儀、おめでとうございます。」
そう言って摩阿姫は、静かに贈り物を差し出す。
「まぁ、これは?」
「伽羅にございます。」
「良い香り……。ありがとうございます。
戻りましたら、早速試してみます。」
和やかな空気の中、お初がふと竜子を見た。
「義姉上様、お疲れではありませんか?」
「え?そうかしら。そんなことないと思うのだけれど……。」
「また、殿下の側室同士の揉め事でしょう?」
「……え?また?」
ぴたり、と空気が止まる。
「これ、お江。」
竜子はお江の頬を指で摘み、軽く引き伸ばした。
「姉様、何かあったのですか?」
茶々がそっと問いかけると、竜子は一度視線を逸らし、何でもないように笑った。
「お茶々が気にするほどではないわ。
女が集まれば、些細なことで言い争いくらい起きるものよ。」
「そうですか……。(そうなんだよな。徳川がトラブルなさ過ぎるからな〜……。)」
かつて、自分もその闘争の中に身を置いていたのだが、すっかり忘れていた。
女同士、集まると面倒毎が起こるのだと。
「ですが、昨日のは度が過ぎておりました。
北政所様や竜子様に、あのような物言い……。」
摩阿姫の言葉に、今度は竜子がその頬を軽く摘む。
「摩阿姫、貴女まで。」
「もしかして……香の方と、阿波の姫君ですか?」
お初の言葉に、竜子はあからさまに顔をしかめた。
その様子を見て、茶々はそっと距離を詰める。
「姉様。私は話を聞くことしかできませんが……どうか、お聞かせください。」
竜子はしばらく茶々を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……駿河御前様とお茶々たちが徳川へ入った後、殿下が新たに側室を迎えたことは知っているわね?」
「はい。北政所様のお手紙で。摩阿姫様のほかに、二人ほど……でしたでしょうか。」
「――さらに三人、増えました。」
「三人!?」
思わず声が上がる。
「ということは……新たに五人の側室が?」
「そうよ。もう次から次へと……。」
江が呆れたように言うと、竜子が横目で睨む。
江は慌てて摩阿姫の影に隠れた。
「お江。貴女が殿下を好んでいないのは知っているわ。
けれど――あの方は、私が惚れた御人よ?」
「……ごめんなさい。」
「いいのよ。私も少し意地悪だったわ。」
竜子は江の頭を優しく撫でる。
そして、再び茶々へと視線を向けた。
「……お茶々。愚痴を聞いてくれるかしら?」
「はい。何なりと。」
その一言を合図に、竜子の長い長い愚痴が始まった。




