戦国の奥方たち、コスメ沼へようこそ
天正十五年三月。
家康は重臣たちに加え、正室の旭、側室の阿茶局、そして直政の正室であり旭の女房でもある茶々を伴い、京都へ入った。
一行が滞在するのは、聚楽第近くに新たに建てられた徳川家の京屋敷。
まだ木の香りが残る廊下を、茶々は旭の後ろについて歩く。
「あれが……聚楽第。」
「屋敷、というより……城やね。」
廊下から見える天守閣に、思わず足を止める。
金箔瓦の大坂城も見事だったが、聚楽第はまるで別物だった。
白い瓦は光を受けて白銀に輝き、どこか真珠のようにも見える。
「誠に、美しゅう御座いますね。」
「陽の光で輝いて見えます。」
「綺麗やね……。せやけど、どんだけ金掛けたんやろ。」
旭の一言に、茶々と阿茶局は思わず頷いた。
現代の感覚で言えば、軽く数十億は飛んでいそうな規模である。
考えるだけで目眩がした。
やがて旭の自室へと通される。
新しい畳の香りがふわりと広がった。
「新しい畳の匂いがするわ。」
「落ち着く香りで御座いますな。
さて……行幸まで刻がございませぬ。
すぐに御前様の衣装合わせをせねば。」
「そんな歳でもないわよ。」
「何を仰います。
この日の本で最も高貴な御仁の前に出られるのですよ。」
「阿茶局様の申す通りですよ、旭様。さ、支度を。」
まだ文句を言う旭をよそに、茶々と阿茶局は準備に取り掛かる。
生地選びに始まり、雁金屋への発注、化粧品や香の手配――
思っていた以上にやることは多い。
化粧品と香は茶々が担当し、打掛の手配は阿茶局が受け持つことになった。
なお、雁金屋には茶々の妹・お江の乳母である善の実家という縁があり、その伝手も活用する。
阿茶局が旭に生地を見せている間に、商人の到着を知らせる声が入る。
茶々はそちらへ向かった。
(戦国の化粧って、赤と白と黒のイメージだったけど……。)
廊下を歩きながら、ふと考える。
(最近は違うのよね。)
南蛮商人が持ち込んだ品の影響で、化粧にも「個性」という考え方が入り始めていた。
白粉に口紅、頬紅――色の幅も広がっている。
(ファンデーションもあるし、口紅も色が豊富……。
でも、マスカラやアイシャドウはまだ無いのよね。)
そして思い出す。
(鉛入りの白粉はダメ、って言ってたわね……。)
ふと首を傾げる。
(……こんな話、前にあったっけ?
……もしかして、これもタイムリープの影響?
それとも、向こうで私みたいに異世界転生しちゃった現代人がいる?)
考え込んでいるうちに、目的の部屋に着いていた。
部屋に入ると、そこには南蛮人の渋い男と、日本人の女性が一人ずついた。
南蛮人の男は肩衣袴を着ており、どこか不思議な風格がある。
隣に座る女性は、茶々より年上――従姉の竜子と同じくらいの年頃の美人だった。
「少輔の方様に御尊顔拝し、恐悦至極に存じ奉ります。
私は堺で商いをしております、オルジェ・ロビンスと申します。」
(日本語、めっちゃ上手い……。)
茶々が内心で驚いていると、男は続けた。
「呼びにくいと思いますので、私のことは雷蔵とお呼びください。」
「雷蔵?」
「はい。堺での師が名付けてくれました。」
「そうでしたか。では、雷蔵殿とお呼びいたします。
して、そちらの御仁は?」
「私の妻で、化粧係の萌で御座います。」
「御尊顔拝し恐悦至極。雷蔵の妻、萌と申します。」
「雷蔵殿、萌殿。早速ですが、品を見せてください。」
「「はい。」」
それから二人より化粧品の説明を受け、旭の好みについて問われる。
「駿河御前様がよくお召しになる打掛のお色は?」
「そうね……蒼……ああ、丁度この色です。」
茶々は自分の打掛の柄を指し示す。
「ほかには、茜色や萌葱、深みのある紫を好んでお召しになることが多いですね。」
「でしたら……頬紅は深みのある色より、桃色や桜色、藤色のような明るい色の方がよろしいかと。
駿河御前様は肌が白いと伺っておりますので、こちらなど如何でしょう。」
「うん……とても素敵。だったら紅は――。」
気付けば茶々は夢中になっていた。
雷蔵と萌にあれこれと問い、実際に試しながら選んでいく。
一通りの品を見終える頃には、旭の装いに合わせて実際に化粧を施す段取りまで決まっていた。
(阿茶局様と日取りを合わせないと……。)
二人が帰った後、今度は香が届いたと侍女が知らせに来る。
茶々はそのまま部屋に運ばせ、一つ一つ香りを確かめた。
準備で慌ただしく過ごしている、ある日。
萌が徳川邸に訪ねてきた。
「明日、聚楽第にて新作の化粧品のお披露目を催しまする。是非とも、お越しくださいませ。」
茶々と阿茶局は顔を見合わせる。
上座に座る旭は花が咲いたように笑う。
「面白そうね〜!いいじゃない!」
「……そうですわね。南蛮の流行り物を手に取れるなんて、中々ありませんし。」
意外にも阿茶局も乗り気である。
「明日一日ぐらい、どうってことないでしょ?」
茶々は考える。
(コスメイベントってことだよな?……まぁ、確かに楽しそうだし。)
茶々はゆっくり顔を上げる。
「はい、では明日参りましょ。」




