狸の腹の中
上阪中の家康は、大坂城の一室に静かに座っていた。
月明かりが部屋を照らす中、静かに白湯を口に含む。
――浅井の姫が付いて来た。
最初に聞いた時、正直、耳を疑った。
(……何を考えておる、秀吉。)
お市の娘、浅井の血。そして、織田の血筋。
そんな女を、わざわざこちらへ寄越すとは。
(間者か。見張りか。)
一拍。
(……それとも、予備の人質か。)
ふ、と鼻で笑う。
「……いや。」
首を横に振る。
(北政所の差し金、という線もあるか。)
あの女ならやりかねん。
(まぁよい。様子を見れば分かる。)
しかし、茶々に対する最初の印象はというと……。
(うるさい。)
これに尽きた。
城のどこに居ても、声が聞こえる。
侍女と笑い、家臣を振り回し、庭を耕し、台所に入って菓子を作り出したり……。
(……いや、本当に何をしに来た?)
呆れ半分で見守っていたが。
(妙に、大人しい。)
野心がない。権を欲する気配もない。
(……ただ、誠に……旭殿のために来たのか?)
さらに観察を続けた。
(やはり、うるさい。)
しかし、うるさいだけではない。
(……賢い。)
言葉の選び方、間の取り方、相手の出方を見てから動く癖。
(そして、度胸がある。)
普通の姫なら引く場面でも、笑いながら踏み込む。
(血か……浅井と織田の。)
納得したように、目を細める。
(このまま、城に埋もれさせるには惜しいのぉ……。)
ポツリと思う。
(……取り込むか。)
ちょうどその頃だった、彼が直談判に来たのは。
『姫様に一目惚れしまして。
殿と姫様が良きと申されれば、是非とも――』
家康は思い出して、くつりと笑う。
(物好きな。じゃが……悪くない。)
あの男なら、任せられる。
(一の姫も、アレとなら、上手くやるだろう。
……まぁ、間違いなく、あの娘が尻に敷くだろうが……。)
そっと湯呑みを置く。
(ちょうど良い。)
目が細くなる。
「……彼奴の元へ、嫁がせるか。」
あの娘は、このまま城の中に置いておくには惜しい。
ならば――徳川の中枢に繋げてしまえばよい。
クツクツと喉を鳴らす。
「彼奴も一の姫も、どんな顔を見せてくれるかのぉ……。」
楽しみだ。




