其方が姫で良かったわ
家康は、旭たちを伴い本丸の大広間へ戻った。
先ほどの騒ぎについて簡潔に説明がなされる。
その後、茶々は重臣たちの前へ進み出た。
「……先ほどは。」
深く、深く、額が畳に触れるほど頭を下げる。
「お見苦しいものをお見せいたしました。」
静まり返る場に、重臣たちは顔を見合わせる。
「……まぁ……。」
「一の姫様だからな……。」
どこか、諦め混じりの空気が流れる。
(完全にキャラ認識されとるやん……。)
茶々は心の中で項垂れた。
やがて、家康の声がかかる。
「一の姫、もうよろしい。頭を上げよ。」
「……はい。」
茶々はようやく顔を上げた。
全員が姿勢を正すのを見渡してから、家康はゆっくりと口を開く。
「儂は。」
一拍。
「大政所様が到着された暁に――大坂へ上阪しようと思う。」
部屋の空気が凍った。
「……!」
家康の隣に座る旭が、はっと顔を上げる。
「殿……それは……なりませぬ。」
「……?」
思いがけぬ反応に、重臣たちがざわめく。
「上阪など……!それでは、豊臣に下ることになります……!」
旭の声は震え、顔色がみるみるうちに青ざめていく。
阿茶局が肩を抱き、お久がその手を握る。
「御前様……。」
「落ち着いてください。」
「あかん……!」
旭は首を振る。
「殺される……!」
空気が一気に張り詰めた。
「兄様は……そういう御人や!」
「旭様っ!!」
茶々が駆け寄り、そのまま、そっと手を重ねる。
「……あ。」
茶々と目が合い、旭の呼吸がわずかに落ち着いた。
「御前様。」
阿茶局が静かに声をかける。
「まずは、殿のお話を。」
「……ええ。」
旭は小さく頷いた。
「殿……申し訳ございません。取り乱しました。」
「いや。」
家康は穏やかに笑う。
「そのように心配してくれるのが、嬉しくてな。」
「当然です。」
旭はきっぱりと言い切る。
「貴方は徳川の当主です。もしものことがあれば――」
「その心配は、いらぬ。」
家康は静かに遮る。
「殿下は、儂を殺すつもりはあるまい。」
「……。」
「やるなら、とっくにやっておる。」
(……確かに。)
茶々は内心で頷いた。忍びを使えば、機会はいくらでもあったはずだ。
「……では。」
旭が問う。
「豊臣に、臣従なさると?」
「そうなるな。」
重臣たちにざわめきが広がり、旭たちは言葉を失う。
しかし、家康は冷静に続けた。
「戦を避けるためじゃ。今、戦をしても得るものは何もない。」
ゆっくりと目を細めながら、続ける。
「……それに。儂は、諦めてはおらぬ。」
家康のハッキリとした口調に、空気が変わった。
「豊臣の――懐に入る口実が出来た。」
静かながらも鋭い言葉に、重臣たちが顔を上げる。
その視線は、もはや迷っていない。
「……利用出来るものは。」
茶々が、ぽつりと呟く。
「利用すればよろしいのです。」
家康の視線が、茶々へ向く。
「関白殿下は、“徳川を従えた”と示したいのでしょう。」
淡々と続ける。
「小田原の北条、奥州の伊達や最上、そして九州――。」
「天下へ向けた布石です。」
一拍。
「でしたら……徳川もまた、豊臣を利用すればよろしいかと。」
長い沈黙が続く。
「……確かに。」
やがて、重臣たちの口から同意の声が漏れる。
家康は、茶々を見つめたまま言った。
「誠に……。一の姫よ。其方が男であったなら……我が宿敵となっていたやもしれぬな。」
「……岡崎の三郎様も、同じことを仰っておりました。」
茶々は苦笑する。
「皆様、大袈裟にございます。」




