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人生五度目。浅井茶々は遂に開き直った〜今度こそ、生き残らせてもらいます!〜  作者: 奈羅
第二章 生き残りを賭けて〜徳川家で戦国サバイバル〜
27/54

大政所様、駿河に来るってよ

年が明け、天正十四年。


於義丸とお江の婚約は、寧々と竜子からの文で知らされた。


竜子の文には、初夫妻やお江の近況が細やかに綴られていたが…………寧々の文は、ほぼ愚痴である。


秀吉が新たな側室を迎えただの、湯殿の女にまで手を出しただの。 それはもう、延々と。


(……まぁ、気が晴れるならいくらでも書いてくれって感じやけど。)


茶々は軽く肩をすくめた。


「これだけ女に手を出しておいて、誰も懐妊せんって……。兄様、種無しなんやろか?」


旭がポツリと呟いた。

阿茶局はそっと視線を逸らし、茶々は苦笑する。


「そればかりは、神仏のみぞ知る……ではないでしょうか。」


於孝はなんとも言えぬ顔で笑っていた。


戦国の正室に求められるものは、ただ一つ。


――跡目。


自分が産めねば、側室に産ませる。 家の存続のために。


(夫の世話だけでも大変やのに、愛人の面倒まで見るとか……。寧々様も、織田の義伯母上様も……ほんま大変やな。)


茶々は、どこか他人事のように思った。


***


雪の降る二月になっても、家康は上洛しなかった。


「雪降ってんじゃ、しょうがないよね〜。」


「そうですね〜。」


旭と阿茶局は、のんびりと言い合っていた。


だが、桜が咲き始めた四月になっても、家康は動かない。


「大坂は遠いからね〜。」


「すぐに向かえる距離ではありませんし。」


裏庭の畑で薬草の種を撒きながら、そんな話をする。


最近では、家康の側室・お久も手伝いに来るようになっていた。


「御前様、これぐらいでよろしいでしょうか?」


「ありがとう、お久。少し休みましょうか。」


裏庭の小さな屋敷で、三人は軽く昼餉を取ると、誰かがこちらに走ってくるのが分かった。


「御前様……!」


息を切らしながら、阿茶局が真っ青な顔をして飛び込んできた。


「どうされたのです?そんな顔をして……。」


「お茶々……白湯を。」


「はい。」


茶々は手早く白湯を淹れて、阿茶局に差し出した。

阿茶局はそれを受け取り一口含んで、ようやく息をついた。


「……御前様。」


一拍。


「あの、御母堂様が……大政所様が――」


言葉を選ぶように、ゆっくりと告げる。


「御前様のご機嫌伺いと称して、駿河へ参られると……。」


「「「………………はぁ?」」」


三人の声が、綺麗に重なった。


「すでに大坂をご出立されたとの知らせが……。」


その言葉を聞いた瞬間、茶々が弾丸のように走り出した。


「お茶々!?」


旭たちが慌てて追いかける。


「だ、誰かーーー!!」


旭の叫びが廊下に響く。


「お茶々を止めてちょぉーーー!!」


その頃、本丸では、家康のもとに重臣たちが集められていた。


「サルめ……!」


「御前様だけでなく、母まで差し出してくるとは!」


「やはり成り上がりは違うな!」


怒号が飛び交う。


名目は“御機嫌伺い”。


だが実態は――人質。誰の目にも明らかだった。


家康は、上座で腕を組み、目を閉じたまま動かない。


「……ん?」


ふと、顔を上げる。


「何か聞こえんか?」


重臣たちが耳を澄ますと、遠くから、悲鳴、怒鳴り声。そして何かが壊れるような音。


「……何の騒ぎだ?」


「某が見て参ります。」


井伊直政が一礼し、部屋を出る。


だが、中々戻ってこない。

代わりに、言い争う声が聞こえてきた。


「……万千代、何をしておる。」


本多忠勝も立ち上がり、加勢に向かったが、彼もまた戻らない。

代わりに言い争う声が大きくなる。


沈黙。


そして、家康はゆっくりと立ち上がった。


「……見に行くか。」


小姓だけを伴い部屋を出て、騒ぎの元へと向かった。


「姫様っ!おやめ下さいっ!」


「お茶々!なんもアンタが兄様のせいで手ぇ汚さんでええんよ!」


「一の姫っ!何卒!」


「落ち着かれよっ!」


「うっさいなっ!!」


茶々が怒鳴る。


「早よう馬引け言うてるやろっ!!」


「なりませぬ!」


「大坂まで何日掛かると思っているのですか!」


「黙れぇぇぇ!!」


ついに完全にキレた。


「あのサルーーー!!禿げ鼠がぁぁぁ!!」


足でダンダンっ!と廊下の板を打ち付ける。


「あんの阿呆はぁぁぁあああっっ!!!旭様だけやのうて、ババ様まで何や思うとるんや!!」


そして、顔を真っ赤にして絶叫。


「私があの阿呆の息の根止めたるーーー!!!」


もはや、収拾不能である。


「……何じゃ、これは。」


家康の視界に飛び込んできたのは、怒り狂って近江訛りで絶叫する茶々。(顔が可愛い分、余計に怖い)

その茶々を羽交い締めにする萩乃とお久。

必死に宥める旭と於孝。そして、止めに入る直政と忠勝。


完全なる修羅場である。


「旭殿、これは……。」


旭が家康に気付いて振り返る。

その顔は戸惑いと疲労感が漂っていた。


「殿、その……申し訳ございません。」


旭が額に手を当てる。


「あの子が、大坂へ行って兄様の首を取ってくると……。」


「はぁ?」


一瞬の沈黙。


「あ、は……あははははは!」


家康は素で大笑いした。


「一の姫、何とも勇ましいな!」


「笑ってる場合ですか!!」


「いやぁ、すまんすまん。」


まったく悪びれず、家康は茶々へ歩み寄る。


「一の姫。」


両肩に、そっと手を置く。


「落ち着け。今から大坂へ向かったところで、殿下の気が変わるとは思えぬ。」


一拍。


「それに、大政所様はすでにこちらへ向かっておる。其方が居らねば……心配されるであろう?」  


幼い娘に言い聞かせるように、家康は優しく告げる。


すると、ぴたりと茶々の動きが止まった。


「……ごめんなさい。」


ぽつりと、消え入りそうな声で呟く。


「旭殿は果報者であるな。」


家康はふっと笑う。


「ここまで主のために怒れる女房がおるとは。」


「ただの向こう見ずで、先走りなだけです。」


旭が即答する。


「ははは!確かに!」


家康は楽しそうに笑った。


「だが……先ほどの姿。……浅井備前守に似ておられたわ。」


茶々は、少しだけ顔を伏せる。


「さて。旭殿……。」


家康は振り返る。


「此度の件、話さねばならぬことがある故。本丸へ参ろう。」


「はい。殿、お茶々と阿茶局、お久も――」


「構わぬ。」


「ありがとうございます。」


「於孝と萩乃は戻りなさい。」


「「はい。」」


「……その前に。」


旭が茶々を見る。


「きちんと謝りなさい。」


「……。」


茶々は一歩前へ出る。


「殿。」


深く頭を下げる。


「お見苦しいところをお見せ致しました。

井伊様、本多様も……申し訳ございません。」


今になって、恥ずかしさが押し寄せる。


(……やらかした。ああー!!……穴があったら入りたい。)


「一の姫はお優しい。」


直政が微笑む。


「某でも、同じことをしていたと思います。」


「うぅ……。」


「お気になさらず。」


「お前もすぐ突っ走るからな〜。」


忠勝が横から茶々を見る。


「いま言わなくても良くないですか!?」


直政が即ツッコミ。


「いやいや、褒めてんだよ!」


忠勝はわしゃわしゃと直政の頭を撫で回す。


「やめて下さい!」


騒がしい二人を横目に、忠勝が茶々に向き直る。


「流石は浅井家長!」


「もし貴女様が男なら、我が宿敵でしたな!」


「……岡崎の三郎様も、同じことを仰っていました。」


「ほう?」


忠勝がニヤリと笑った。


「三郎様も、やはり三河武士よ!」


「アイツも喧嘩っ早いからなぁ……。

五徳や安土の御方様が苦労しておらねば良いが。」


家康のボヤキが廊下に静かに消えた。

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