旭、阿茶局を頼る
部屋に戻ってから、旭は阿茶局から婚礼の儀についての説明を受けていた。
「婚儀は、三日後でございます。」
「分かり、ました。」
「婚儀の後――」
阿茶局は淡々と続ける。
「御前様は、そのまま殿の寝所へお入りいただきます。」
「……はい。」
わずかに声が固くなる。
「そして、晴れて徳川家の正室となられます。」
「あの……阿茶局。」
旭が、小さく息を吐く。
「お願いがあるのですが。」
「はい。何なりと。」
一拍。
「いま、城奥を取り仕切っているのは阿茶局ですよね?」
「……はい。」
「引き続き、お願いしたいのです。」
「……え?」
阿茶局の目が見開かれる。
「ご存じの通り、私は……元は足軽の娘で、一万石にも満たぬ家の妻でした。
大名の正室としての教養も、経験も……十分とは言えません。」
視線を落とす。
「そんな私が、急に城奥を取り仕切れば……混乱を招きます。」
「ですが。」
阿茶局が口を開く。
「殿の正室は、御前様でございます。」
「……建前です。正直に申せば、私は人質のようなもの。」
「御前様……。」
旭が余りにもキッパリと言い切ったので、阿茶局は言葉に詰まる。
「岡崎の三郎殿も、五徳殿も。織田の御方様も。」
少し間を開けて。
「阿茶局は信頼できる、と仰っていました。
阿茶局にしか、頼めません。」
沈黙。
やがて、阿茶局は静かに息を吐いた。
「……承知いたしました。」
「これまで通り、私が取り仕切ります。」
一拍。
「ただし。」
阿茶局は背筋を伸ばして、続ける。
「事を決める前には、必ず御前様にお伺いを立てます。
……それで、よろしいでしょうか。」
「はい。」
旭が微笑む。
「ありがとうございます。」
それから、三日後。
家康と旭の婚儀は、滞りなく執り行われた。
四十を過ぎた花嫁だが、その美貌は場を沈黙させるに十分だった。
(どうよ。)
茶々は内心で鼻を鳴らす。
(ウチの御前様、綺麗でしょうが。)
婚儀の後、旭は阿茶局に伴われ、家康の寝所へ向かった。
(……大丈夫かな。)
茶々は落ち着かない。
(まぁ、生娘ではないし。向こうも慣れてるやろうけど……。)
それでも、その夜。茶々はほとんど眠れなかった。
翌朝に旭が戻ってきたのは、朝餉の後だった。
「殿、面白いお人やね。」
珍しく上機嫌であり、嬉しそうに茶々に昨日の事を伝えた。
「昨日は、よう喋ったわ〜。」
(え、そっち?)
茶々は思わず拍子抜けする。
「裏庭のことも聞いたの。好きにしてええって。」
「では――」
茶々はすぐに乗る。
「まずは草むしりからですね。」
「そうやね……って言いたいところやけど。」
旭は苦笑する。
「昨日、話しすぎてあんまり寝てへんのよ。」
「では、寝間の支度を。」
「ええ。」
一歩近づき、旭は茶々の目元に指を伸ばした。
「お茶々も、少しは寝なさい。」
「……え?」
「クマ、出てるわよ。」
「……。」
図星である。
「昨日、眠れなかったの?」
「……考え事をしていたら。」
茶々は、少しだけ視線を逸らした。




