信康やっぱり豪快、五徳はだいぶ辛辣
「浅井の一の姫は、誠に頼もしいお方じゃな。」
信康は豪快に笑った。
「俺から一つ。
父上の側室の阿茶局は、信頼出来る方です。」
その言葉に、茶々はわずかに目を細める。
「何度か五徳に、継母上の好みや趣味などを尋ねておられた。
関白殿下のなさりように憤慨しておられた。
そして、継母上に同情しておられた。」
一拍。
「“城奥の女主をお迎えせねば”と、張り切っておられるそうです。」
「まぁ……それは心強いこと。
お気遣い、何と御礼申し上げましょう。」
「他の側室方も同様です。
殿下のなさりように、皆怒っておられた。」
「義父上の側におられる女衆については、案ずる必要はなさそうですね。」
五徳が静かに言う。
「問題は………駿河の家臣たち、かしら?」
「ああ……あの石頭どもか。」
(……あ、そっち!?)
茶々は内心で舌打ちした。
(敵は奥じゃなくて表やったか……!)
「堂々となされよ、御前様。」
安土殿がゆるりと微笑む。
「男は……強い女には弱いものよ。」
(義伯母上様、顔が怖いです……)
――その後、五徳と安土殿の案内で、奥御殿へと通された。
そこで、信康の子供たちと対面する。
長女・登久姫は、母に似た美少女。
次女・熊姫は、父似ながらも悪戯っぽい笑みが印象的だった。
(……あ、これ織田の血だわ)
長男・萬千代は側室の子でありながら、嫡男・竹千代と共に五徳の元で育てられているという。
その短い時間で、子供たちはすっかり旭に懐いていた。
「不思議ね。まさか従妹の貴女に会えるなんて。」
「私もです、御新造様。」
「ここでは“五徳”と呼んで。」
「……はい。五徳様。」
庭では、旭と安土殿が子供たちと遊んでいる。
その様子を眺めながら、茶々は五徳と向き合った。
「あの……五徳様。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なぁに?」
茶々は一瞬だけ迷い、口を開く。
「……何故、義伯母上様を引き取られたのですか?」
静かな問いだった。
「三介様に任せるのが不安、というのは分かりますが……」
五徳は、ふっと笑う。
「――気に食わないのよ。」
「……はい?」
「三介の兄上が気に食わないの。」
その声音は、冷えていた。
「アレが織田家当主だなんて……虫唾が走るわ」
(うわ、めっちゃ嫌ってる……)
茶々は内心で引く。
「本能寺の変で、勘九郎兄上が自決されて……
清洲会議で三法師が跡目と決まって……。」
五徳は淡々と語る。
「まぁ、色々あったわ。
今は豊臣の天下――それはいいの。時と運の問題よ。」
一拍。
「でもね……。」
視線が鋭くなる。
「混乱に乗じて家督を奪うなど……見ていられないわ。
三法師を人質のように扱って、関白殿下に差し出して――。」
(……なるほどね。)
茶々は静かに茶を啜る。
(三法師様は丁重に扱われてるって聞いてるけど……
“人質”って見方もあるわけか。)
「三介様は……世渡り上手、なのですね」
茶々は慎重に言葉を選ぶ。
「それは認めるわ」
五徳は意外にもあっさり言った。
「でも、それだけ」
静かに言い切る。
「知っているでしょう?
先の戦で、織田の名は地に落ちたも同然。」
「徳川様に相談もなく、勝手に和睦を進めたとか……。」
「織田・徳川が優勢だったにも関わらず、ね。
……兵を減らしたくない、というのは分かるわ。でも――」
五徳は目を細める。
「やり方があるでしょう?」
(……そりゃそうだ)
茶々は心の中で頷く。
(もし勘九郎様が生きてたら……こんなことにはなってない。)
「アレに任せていたら、碌なことにならない――そう思って、母上を引き取ったの。」
五徳は静かに言った。
「これ以上、任せていられなかった。……結果は案の定だったけど。」
少しだけ、目を伏せる。
「母上はね、“あの子を見放すわけにはいかない”って。
織田家正室としての責務がある、と仰っていたわ。」
一拍。
「きっと、迷われたと思う。」
声が、少しだけ柔らぐ。
「九つで手放した、一人娘。その娘が呼んでいるのだから。」
茶々は、何も言わずに聞いていた。
「それでも――」
五徳は、ふっと笑う。
「母上は、私を選んだ」
その笑みは、どこか誇らしげだった。
「……それが、とても嬉しかったの。」
そして、ふと我に返ったように。
「ごめんなさいね。こんな話を……。」
「いえ……」
さぁ、と風が吹き抜ける。どこか、秋の匂いがした。
「さてと……。」
五徳はすっと立ち上がる。
「暗い話はここまでにしましょう。」
控えていた女中たちへ指示を出しながら、振り返る。
「駿河への出立は三日後だったわね?精一杯もてなすから、覚悟なさい。」
「程々にお願いします……。」
「うふふ……。」
その笑みに、茶々は亡き母・お市の面影を見た。
(義伯母上様に似ていると思っていたけれど……
やっぱり、織田の娘ね。
血の繋がった叔母と姪なら――似ていて当然か。)
岡崎滞在、四日目。
いよいよ、駿河へ向けて出立の日を迎えた。
見送りに来たのは、信康一家と安土殿。
子供たちはすっかり旭に懐いており――
「うわぁぁぁん……!」
出立の時には、四人揃って大泣きだった。
(登久姫と熊姫、ガチ号泣やん……。)
「ああ、こらこら。そんなに泣かないで。」
「ババ様……茶々様……行かないで……。」
「皆、このまま岡崎に居ればよいのです……。」
(それ、私も賛成)
「それは叶いません。」
旭は優しく微笑む。
「私は、あなたたちの“ジジ様”の元へ嫁ぐために来たのですから。」
「でも――」
「きっと、また会えます。」
穏やかな声で続ける。
「それまで、姉上として、萬千代と竹千代の面倒を見るのよ?」
「「はい……!」」
「萬千代も竹千代も、父上たちを困らせては駄目よ?」
「「はい、ババ様!」」
旭はゆっくりと顔を上げる。
「三郎殿、五徳殿、御方様。お世話になりました。」
「継母上も、どうか道中お気をつけて。」
「耐えられぬと思うたら、いつでも岡崎に戻られよ。」
「彼方の家臣に何かされたら、すぐにいらっしゃいな。」
「御新造様、義伯母上様。」
茶々は一歩前へ出る。
「そうなる前に、茶々が仕留めますので〜。」
「まぁ、頼もしいこと!」
「お任せください。堀に吊るして差し上げます。鯉の餌にでも!」
「ちょっと怖いわ。せめて庭先にしなさい。」
「それもそうですね。百姓たちが腰を抜かしては大変ですし。」
(何を言ってる?この人たち……。)
於孝と萩乃は遠い目をしていた。
乳母たちは、慌てて子供たちの耳を塞ぐ。
その光景に信康たちは、思わず吹き出した。
「浅井の一の姫は、なんとも逞しい!」
信康は楽しそうに笑う。
「其方が男であれば、我が宿敵となっていたかもしれぬな!」
「それは大袈裟です、岡崎様……」
「お茶々。」
五徳が優しく言う。
「無理をせず、いつでも頼りなさい」
「一の姫!」
信康が続ける。
「必要とあらば、この岡崎三郎!いつでも兵を差し出そう!」
(この殿様、だいぶ脳筋やな……さすが三河武士)
茶々は内心で呟いた。
「岡崎様、御新造様のお手を煩わせることのないよう、務めを果たします。」
静かに、そう答えた。
こうして、岡崎を後にし、一行は駿河へと向かう。
(……いよいよ、本番ね。)
茶々はそっと目を細めた。




