末妹の婚活、豊臣家がうるさい
天正十三年四月。
桜が、満開だった。
その中を、お初は京極高次の元へ嫁いでいった。
茶々とお江、そして竜子に見送られながら。
「……行ってきます、姉上。」
「ええ。幸せになるのよ。」
笑って送り出した。ちゃんと、笑えたと思う。
高次が与えられた近江・大溝城は、先の地震で被害を受けていた。
そのため、しばらくは大坂城下の京極邸での暮らしになるらしい。
(……まぁ、あの子なら大丈夫でしょう。)
今度もそう思った。
そして、お初が嫁いでほどなく、秀吉は朝廷より関白宣下を受ける。
豊臣秀吉。
その名が、正式に世へ示された。
同時に、寧々もまた――関白の正室、“北政所”と呼ばれるようになる。
(……なんか、ズレてるのよね。)
茶々は、ぼんやりと空を見上げた。
(まぁ、いつものことだけど。)
一度目、二度目、三度目、四度目……そして、五度目。
そのすべてで、歴史は微妙に違っていた。
(今さら気にしても、どうにもならん。)
小さく肩をすくめる。
蝉の声が、遠くで鳴き始めた頃。
「珍しいお菓子があるのよ〜。お茶しにいらっしゃい。」
寧々に呼ばれ、茶々はその部屋を訪れていた。
他愛もない会話。穏やかな時間――の、はずだったのだが。
「於義丸の正室に、お江はどうかしら。」
「……はい?」
茶々は、思わず手を止めた。
「ウチの人がね、於義丸を一国の主にしたいって。」
寧々はさらりと言う。
「そのためにも、お江を娶らせたいらしいの。」
「於義丸殿と……お江を……。」
急すぎる話に、思考が追いつかない。
(……ちょっと待って。)
茶々は、お茶を口に運びながら、記憶を辿る。
(『結城秀康』……。一度目は……史実ベース。
でも、ズレてた。)
(二度目は……家康の手元。三度目は――あ!)
思い出す。
(お江と結婚してたわ、確か。で……どうなったっけ?)
そこが、思い出せない。
(四度目どうしてたっけ?……三成と仲良しだったのは覚えてる。……記憶が摩耗してるわ。
そりゃそうだ、もう五度目だもん。)
「お茶々?」
寧々が覗き込む。
「そこまで悩まなくてもいいのよ?」
「……え?あ、いいえ。あのですね……。」
茶々はゆっくりと顔を上げた。
「もし、於義丸殿とお江が夫婦になれば――」
慎重に言葉を選ぶ。
「徳川様との関係は、より強固になるかと。」
「徳川殿と……?」
「はい。」
静かに頷く。
「於義丸殿は、殿下の養子でありながら、徳川様のご子息。和睦の証として来られた方です。
その方と、お江が結ばれれば……。」
一拍。
「徳川と豊臣を繋ぐ橋になり得ます。」
沈黙。
「……まぁ。」
寧々が、目を細めた。
「そこまで考えていたのね、お茶々。」
「……いえ、考えすぎかと。」
「いいえ。」
寧々は、はっきりと言う。
「嬉しいわ。」
「流石でございます、一の姫様!」
「お若いのに……!」
周囲の侍女たちが、一斉に褒め始める。
「ちょ、ちょっと……。」
茶々は思わず顔を背けた。
(やめて、そういうの……。)
――その時。
ドタドタドタドタッ!!と、廊下の向こうから、ものすごい勢いで走る音が響く。
「……何事?」
寧々が眉をひそめる。
次の瞬間、バンッ!!と障子が勢いよく開いた。
「おっか様ぁぁーー!!」
「おっか様ぁーー!!ババ様と智様を止めてちょぉーー!!」
「ごるぁ!!虎!市!北政所様と呼べぇっ!!」
「佐吉!今そんなこと言ってる場合じゃないわぃっ!!」
――雪崩れ込んできたのは、加藤清正、福島正則、石田三成、大谷吉継。
秀吉子飼いの若武者たちだった。
(……久しぶりだな、この面子。)
茶々は、静かに目を閉じた。
(嵐の時間かな?)




