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人生五度目。浅井茶々は遂に開き直った〜今度こそ、生き残らせてもらいます!〜  作者: 奈羅
第七章 戦場は再び上方へ〜茶々、江戸帰還の僅か一年で再出荷される〜
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歯止めが消えた

茶々が秀吉にセクハラされた、次の日


徳川邸には、前日の騒動が嘘のような穏やかな空気が流れていた。


「わっははははは!!御台様も中々に豪気であられる!」


豪快に笑うのは、今川氏真である。


「……あの時は、頭に血が上ってしまって。

お恥ずかしいわ。」


旭は苦笑しながら答えた。


昨日の一件を聞きつけ、氏真は二人を案じて徳川邸を訪れていたのだ。


ひと通り事情を聞き終えた氏真は、なおも楽しそうに笑う。


「いやはや……。大政所様と大納言様が亡き今、あの太閤殿下を諌められるのは、北政所様と若政所様、秀次様の御母堂……それに御台様ぐらいのものじゃろうて。」


一拍置き、ため息混じりに続ける。


「しかし……殿下の女狂いには困ったものよ。衰えるどころか、拍車が掛かっておる。」


「やはり……そうなのですか?」


茶々が眉をひそめる。


「うむ。甲斐姫だけではないぞ。儂の従妹……上杉の菊姫や、伊達の愛姫……それに、この伏見に来ておる諸大名の奥方にまで、ちょっかいを出しておると聞く。」


「あんの、たわけぇぇぇー!!」


旭、即ブチ切れ。


「昨日のうちに黄泉の国に送っておけば良かったわ!!」


「……あの、御屋形様。」


ふと、茶々が首を傾げる。


「殿下は何故、伏見におられるのでしょう?

てっきり淀城に居られるとばかり……。」


「ああ……。」


氏真が、わずかに言い淀む。


「……聞いておらんのか?」


「?……何かあったのですか?」


氏真は軽く咳払いをし、二人へと身を乗り出す。

そして、扇子で口元を隠しながら小声で告げた。

旭と茶々も、自然と顔を寄せる。


「淀殿と喧嘩したんじゃと。」


「「……は?」」


「殿下が他の女に目を向けるものだから、淀殿がヤキモチを焼いての。」


さらに続ける。


「殿下はそれが嬉しゅうなってな……調子に乗って、淀城の侍女を口説いたそうじゃ。」


一拍。


「それを淀殿に見られてな。ほんで、大喧嘩。」


「「………」」


「……それで、淀城を出て伏見へ。」


沈黙。


「「………しょうもなっ!!」」


完全に一致した感想だった。


「うむ。誠にしょうもない理由じゃ。」


氏真も深く頷く。


「弥助殿から聞いた時、儂も二、三度聞き返したわ。」


「あら、弥助義兄さんから?」


「うむ。」


氏真は肩をすくめる。


「太閤殿下が突然淀から伏見へ移られたゆえ、左大臣様に伺ったところ……弥助殿がこっそり訪ねてきてな。その時に聞いたのじゃ。」


「弥助殿……吉房様がですか?」


「そうそう。」


旭がくすりと笑う。


「義兄さん、元は馬借やったからね。

人の懐に入るのが上手いのよ。聞き上手でもあるし……。」


(……なるほど。)


茶々は内心で頷く。


(戦国の馬借って、情報の集まる場所でもあったっていうしね。)


吉房は秀次の家老として政務にも関わっているが、どこか頼りなさが残る。

だが、情報収集となると話は別だ。

その手腕は、忍び顔負けとも言われている。


(……意外と有能なのよね、あの人。"秀吉=忍者説”……もしかして、こういうとこから派生したんじゃないの?)


そんなことをぼんやり考えていると、廊下の向こうから、慌ただしい足音が近づいてきた。


「……萩乃か?」


「いえ、萩乃は此度、江戸にて留守を任せておりまする。」


今回、茶々は杏を気遣い、萩乃を江戸に残してきている。


「失礼いたしますっ!」


バンッ、と勢いよく障子が開いた。


現れたのは旭付きの高級侍女、八重であった。


「お八重、どうしたん?そんなに慌てて……。」


「い、急ぎ……御台様と御屋形様のお耳に、入れたきことが!」


その様子に、場の空気が一変する。


氏真が、一呼吸置いて八重へと向き直った。


「……申せ。」


「ご静養中の道休様が、ご危篤との知らせにございます。先ほど、急使が……。」


「道休様が!?」


旭の声が上ずる。


「ひと月前にお会いした時は……まだまだお元気そうであられたのに……。」


足利幕府最後の将軍、足利義昭こと道休。


年明けより体調を崩し療養中とは聞いていたが、

つい先日まで「大事ない」との報せが届いていたばかりだった。


それが、危篤。


氏真の表情も、明らかに変わる。


「……道休様は、今は淀城下におられたな。」


短く言い、立ち上がる。


「儂が淀へ参る。御台様とお茶々は伏見に残られよ。」


「「はっ!」」


氏真は控えの侍従たちを引き連れ、足早に去っていった。


それから一週間後、伏見に訃報が届く。


道休、逝去。


秀吉自らが屋敷へ駆けつけ、名医を集めさせたが回復は叶わなかった。

最期は、豊臣一門、そして足利の縁者に見守られてのものだったという。


その臨終の時まで、道休は養女である淀殿のことを案じていたと伝えられた。


葬儀は秀次の主導により、「最後の将軍」に相応しい盛儀として執り行われることとなる。


「……道休様、確か五十八であられたか。」


旭がぽつりと呟く。


「ですが……あまりにも急でございます……。」


西郡殿の声も重い。無理をしていた、という話もない。それでも、この急変。

誰もが違和感を覚えていた。


「……なれど。」


茶々が小さく口を開く。


「道休様が身罷られたということは……。」


「淀殿を窘める者が、いなくなったということか……。」


その言葉に、誰も返せない。


(……この先、どうなるんだろ。)


胸の奥に、言いようのない不安が広がる。


お品の静かな声が廊下から聞こえた。


「失礼いたします。御台様、三好様がお見えにございまする。」


「三好様……ああ、弥助義兄さんか。お通しして。」


やがて部屋へ入ってきた吉房は、どこか張り詰めた表情をしていた。


「御台様……いや、旭よ。」


一同を見渡し、低く言う。


「西郡殿も、お茶々も……よう聞いてちょう。」


「はい。」


「弥助義兄さん、どうしたん?」


吉房は、懐から一つの薬袋を取り出した。

それを、静かに畳の上へ置く。


「……もしかしたら、道休様は。」


一拍。


「毒を盛られたかもしれん。」


「「……は?」」


空気が凍る。


「道休様が倒れる前、儂にこれを渡してきたんや。」


薬袋を指で押さえながら、続ける。


「この薬を煎じて飲み始めてから、調子が悪くなった、と。」


さらに低く。


「もし自分に何かあったら、これを治兵衛か徳川様、前田様へ渡せ、と。」


「……なんと。」


誰も、軽々しく言葉を挟めない。


「儂は、その時言うたんや。」


吉房は奥歯を噛み締める。


「今日からは飲んだふりして、捨てるように、と。」


拳が、わずかに震える。


「儂が訪ねてからは……飲んでおらんはずやった。」


だが、その先は言葉にならなかった。


(……まさか。)


茶々の背筋に、冷たいものが走る。


(道休様は、病ではなく……。)


一瞬、呼吸が止まる。


(毒で……殺された?)

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