天下人、妻二人と妹に締め上げられる
茶々が家康の私室(という名の研究室)に押し掛けた翌日。
茶々は嬉しそうに昨日の出来事を、旭に話していた。
「大殿の薬部屋、とても面白うございました〜。」
「あらそう〜。私も顔出してみようかねぇ。」
側に控える西郡殿は、ふと思う。
(伏見、大丈夫かな?)
「失礼いたします。」
伏見屋敷の侍女がすっと入って来た。
「太閤殿下より。」
旭の表情は途端に固まる。
侍女から文を受け取り、開く。
「挨拶に来い……やって。」
茶々はキョトンとした。
(……アンタ淀城におるんちゃうんかい。)
どうにか日程を調整し、伏見城へ登城する。
通された部屋の上座。
そこにいたのは、秀吉は寧々に膝枕をされ、さらに竜子の手を握っていた。
(……は?……何してんだぁ!?あのセクハラ親父っ!!)
思わず蹴り飛ばしに行きかけるが、旭のこめかみに浮かぶ青筋と、寧々と竜子の“死んだ目”を見て、どうにか踏みとどまる。
旭が一歩前へ出た。
「太閤殿下、北政所様、若政所様におかれましてはご機嫌麗しゅう。」
完全に棒読みだった。茶々もそれに倣い、頭を垂れる。
「なんじゃあ旭〜。そんな他人行儀に〜。」
能天気な声に、茶々はイラッとした。
「おみゃあは儂の妹だでな〜。もっと気楽にせぃ。」
旭の中で、何かが確実に切れた。
「いかに兄妹と申せど、殿下は太閤。わたくしは徳川内府の妻にございます。
豊臣五人の衆の妻として、当然の振る舞いにございます。」
感情は、一切乗っていなかった。
隣で頭を下げる茶々は、内心冷や汗である。
「まぁまぁ、固いこと言わずによぉ。面を上げぇや。」
「「はっ。」」
旭に続いて顔を上げるが、茶々は視線を畳に落としたまま。
(顔見たら蹴る。)
完全に臨戦態勢である。
「お茶々は良え女になったのぉ〜。」
突然そう声を掛けられ、空気が止まる。
「備前守様とお市様に似て、良え具合になっとるわ〜。」
一拍。
「「…………あ゛あ゛ん??」」
旭と茶々の声が重なった。
「お茶々〜、こっち来て顔見せてくれんか〜?」
手招きされたその瞬間、二人の中で何かが完全に切れた。
「……御台様。」
茶々が静かに言う。
「太閤殿下は、もうおボケになられたのでしょうかぁ?」
「そうやもしれぬなぁ。」
旭も笑顔で応じる。
「訳の分からぬことばかり申されておるわ。
箕輪にも聞こえておるということは……。
妾の耳が可笑しゅうなったわけではないな。」
笑顔のままだったが、一瞬で二人とも真顔になる。
「旭様。」
「ん?」
「サルの息の根、止めてきていいですか?」
「……ちょっと待ちぃ。」
旭は立ち上がり、廊下に向かって叫んだ。
「お品ぁぁぁぁ!!お元ぉぉぉ!!」
廊下の向こうから即答が返る。
「「はいっ!」」
「今すぐ徳川邸戻って、私とお茶々の薙刀、持って来てぇぇぇ!!」
——場の空気が、凍り付いた。
「な、なんじゃあ?旭よぉ、いきなり……」
「娘が手籠めにされようとしてんのに!!
黙っとる母親がおるかぁぁぁぁあああーーーっっ!!!」
旭の怒声が、部屋を叩き割った。
そして、旭の飛び蹴りが容赦なく秀吉の顔面に炸裂、綺麗に入った。
それもそのはず。左右から、がっちりと寧々と竜子が秀吉を固定していたからだ。
「む、むすめて——」
「お茶々に決まっとるやないのっ!!」
旭は一歩も引かない。
「お茶々は、私とウチの人の養女や!!
私にとっては、阿古とおんなじだでぇ!!私の娘だでっっ!!」
その言葉に、茶々は一瞬だけ息を呑んだ。
(……。やば、今のはちょっと……。いや、かなり嬉しい。)
だが、顔には出さない。
「自分の娘が!!こんな女狂いの毒牙にかかるのを!!」
旭の拳が振り下ろされる。
「黙って見てられるかぁぁぁっ!!」
——ゴッ!!と、再び鈍い音が響く。
それでも寧々と竜子は、びくともしない。むしろ、逃がさないように締め上げている。
「淀殿だけじゃ飽き足らず!!」
さらに一発。
「ウチのお茶々に!!他の女にまで手ェ出そうとするなんて!!」
もう一発。
「この女狂いがぁぁぁっっ!!」
完全にサンドバッグである。
「ちょっ……旭っ……!!痛い痛い痛いっ!!」
秀吉、完全に被害者ポジション。
「寧々ぇぇ!!竜子ぉ!!離さんかぁぁっ!!」
「離すわけなかろうが!!」
寧々、即答。
「旭殿がここまで怒るのも当然だでなぁ!」
「私も……。」
竜子が静かに続ける。
「目の前で"妹"を口説かれては、良い気はいたしませぬ。」
——逃げ場、ゼロ。
茶々はその様子を見ながら、行き場を失っていた怒りが、すーっと消えていくのを感じた。
(……あ、もういいや。これ、私が出る幕ないわ。)
「箕輪様、薙刀をお持ちしました。」
「早ぁっ!!」
思わず素で突っ込む。お品とお元は、仕事が早すぎる。
「……あ〜、これは私が預かっとくわ。」
茶々は薙刀を受け取り、軽く構え直す。
「二人とも、下がってなさい。」
「「はっ!」」
音もなく下がる二人。完全に“戦場の補給係”である。
一方、旭は一通り殴り終えたのか、大きく息を吐いた。
「……はぁーーーっ。」
そして、何事もなかったかのように茶々の元へ戻ってくる。
その横には、しっかりと薙刀。完全に“次も行けます”の構えである。
上座を見れば、ボロボロの秀吉。
そして……。それを、ゴミを見る目で見下ろす寧々と竜子。
(……ふふん。)
茶々は小さく笑った。
(いい気味だわ。)




