その日、世界は穏やかだった〜平穏な茶会と、最強の姫〜
道休が逝去してから、一週間後。
葬儀は、足利氏の菩提寺である等持院にて、厳かに執り行われた。
その亡骸は遺言に従い、歴代の将軍たちの傍らへと、手厚く葬られる。
葬列の中には、淀殿の姿もあった。
終始、呆然としたまま。
その様子を見た者たちは、皆一様に「養父の死を受け入れられぬのだろう」と哀れんだ。
(……違う。)
茶々は、そうは思えなかった。
確かに、悲しんではいる。だがそれだけではない、何かが引っかかる。
言葉にできない、妙な違和感が淀殿から離れなかった。
四十九日が過ぎた頃。
道休を偲ぶ茶会が、同じく等持院にて盛大に開かれた。
徳川夫妻に付き従い、茶々もまたその席に列する。
その場で、思いがけぬ再会があった。
「ご無沙汰しております、お茶々様。」
「まぁ、与祢姫?……見違えましたね。」
山内家の長女、与祢姫。
およそ七年ぶりに見るその姿は、母・千代によく似た、見目麗しい姫君へと成長していた。
——が!中身はというと……。
「長宗我部と縁を結ばれたとか。」
「はい!土佐は良き所と聞いておりますし、楽しみです!」
きらきらと目を輝かせる。
「盛親様はとてもお優しくて!それだけでなくお強くて、見目も麗しくて——」
(……ああ。これはもう、完全に惚気ね。)
茶々は思わず微笑む。
「良いご縁に恵まれましたね。」
「はい!ですが!」
急に声が強くなる。
「一部の家臣が、この縁談を快く思っておらぬようで……!」
「父上が申しておりました!」
びしっ、と拳を握る。
「『長宗我部家正妻はお与祢である!反発するなら殴ってでも従わせよ!』と!」
(……あらま。そっちを継いじゃったか。)
「ゆえに、今は日々鍛錬を——」
ぶん!ぶん!と、与祢姫がシャドーボクシングを始めた。
(すっかり脳筋になっちゃって……。)
茶々は、笑って誤魔化した。
「与祢姫様はお勇ましいですね。」
柔らかな声と共に、もう一人の女性が近づいてくる。
振り返ると、そこにいたのは武田信玄の娘にして、上杉景勝の正室、菊姫であった。
その腕の中には、生まれて間もない幼子。
大きな瞳で、じっと茶々を見上げている。
「ご無沙汰しております、甲斐御前様。……こちらの姫は?」
「娘の晴にございます。」
菊姫は、穏やかに微笑んだ。
「昨年の秋に生まれまして……ようやく授かった子でございます。」
腕に抱く娘を穏やかに見つめるその顔は、"母"であった。
結婚から十七年。ようやく巡り会えた、上杉夫妻待望の第一子である。
菊姫は現在三十八歳。
医療が発達していないこの時代においては超高齢出産ではあるが、比較的安産だったそうだ。
菊姫が妊娠したというのは江戸に帰った後に知ったが、二人とも元気そうで何よりだ。
嫡女の誕生に上杉家中は勿論だが、領民たちも大喜びで、一カ月に渡ってお祝いがなさたそうな………。
「まあ……。」
茶々も自然と表情を緩める。
「晴姫様でございますか。御前様によく似ておいでですね。」
(秋生まれで“晴”。……ふむ、なるほど。
お父上の出家前の名、“晴信”から取ったのね。)
「まさかこの歳で子宝に恵まれるとは思いませんでした。」
菊姫は苦笑する。
「殿はもう、この子の嫁入りを心配しておられますのよ。」
「まあ……気が早い。」
茶々もくすりと笑う。
「どこの男親も同じですね。」
そっと手を差し出す。
「晴姫、はじめまして。茶々と申します。」
「晴姫、大きくなったね〜。覚えてる?与祢だよ。」
「お晴〜、お茶々様と与祢お姉様ですよ〜。」
声をかけると、晴姫は一瞬きょとんとしたが、直ぐにきゃっきゃ、と声を上げて笑い出した。
その無邪気な笑顔に、場の空気がふっと和らぐ。
(……しかし。)
茶々の内心は、別の意味でざわついていた。
(この子、とんでもない血筋よね……。)
父方の大叔父は上杉謙信で、母方の祖父は武田信玄。
(強くないわけがない。)
戦国マニアとしての血が騒ぐ。
内心、密かにテンションが上がっていた。




